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第三章 十字路のミストストーム ‐mist storm in the crossroad‐ ・2

前回よりだいぶ更新が開いてしまい本当に申し訳ありません。

今年はコンスタントに更新できるように頑張ります。


※誤字脱字など教えていただけると嬉しいです。

※感想、評価などしていただくとモチベーションアップしますw

 2


 椿と姫は何事もなく五分程で体育館まで辿り着いていた。

 鉄製の引き戸の前で二人はやや緊張した面持ちで顔を見合わせた後で、鉄の扉を静かに同時に左右へ引っ張った。


 金切り声のような甲高い音を立てて扉が五十センチほど開くと、椿が懐中電灯で体育館の中を照らす。

 既に日が沈んでいるだけでなく全ての窓はカーテンで閉じられているので、墨汁でできた海の底へと沈んでしまったように黒くて暗い闇が静寂の中に横たわっている。


「だ、誰も居ないみたいね……」


 姫が少し安堵したように言う。

 確かにLEDの白色光に次々と浮かび上がるのは散乱した毛布やスリッパ、誰かの上着にペットボトルやダンボールばかりで人の気配はまったくない。


 それにずっと扉が閉じられていた為か生温かく濁った空気の中に微かなカビ臭さと腐臭が漂っていて、姫は躊躇した顔で入り口に立ち尽くしていたが、椿は平然と懐中電灯を掲げたまま闇に向かって歩いていく。


「ち、ちょっと――!」と、姫は弾かれたようにその後をついていった。


「べ、別に怖いってわけじゃないけど、こういう時は団体行動が基本なんだからね!」


 そう一生懸命に姫は取り繕っていたものの、幸か不幸か椿は一切我関せずで、暗闇を引き裂く白色光の先を注視しているだけだ。


「一足遅かったみたい……」


 椿がようやくぼそりと口を開く。その目の前の床には非常食と書かれたダンボールが散乱していた。


「ええーっ、もしかして一つも残ってないの!?」


 姫が悲痛な声を上げて散乱するダンボール箱を一つ一つ確認していくが、すぐにがっくりと肩を落として床に座り込んでしまう。


「ここになかったらどうすんのよ食料……」


「他を探してみるしかない。どちらにせよ、今回の最大の目標は不動あざみの救出だからショッピングモールについてから考えればいい」


 そう言うと椿は踵を返して出口に向かってすたすたと歩いていく。突如暗闇の中に取り残された姫はまた慌てて椿を追いかけると、懐中電灯を持つ彼女の左腕にしがみついた。


「それだと懐中電灯が持ちにくい……」


「だって椿は落ち着きがないのよ! もっと怖くならないような照らし方をしなさいよ!」


「そんな無茶な……」


「と、とにかく懐中電灯を向ける方向は私が指示するから!」 


 結局姫は体育館の黒くて暗い暗闇の中から渡り廊下に出てくるまでの間、ずっと椿の左腕にしがみついていた。

 そして体育館を一歩出ると振り返ってこう言った。


「結局ここに避難した人たちはどこへ行ったと思う……?」


「死体も無くゾンビも居ないと言う事はどこか別の場所へ避難したんだと思う」


「そうだよね。無事だといいな」


 そう呟くと、姫はふと後ろを振り返った。体育館の暗がりが奈落の底のように口を開けていて、思わず背筋がぶるりと震えると、姫は小走りに入り口に駆け寄って鉄の扉を閉めた。

 そして扉を閉めた後ではっと思いついたように、


「……もしかしたら皆がどこかへ避難した後で、私たちと同じように誰かがここへ辿り着いたのかもね。きっとその人もこうやって扉を閉めたんだと思う。だってこの暗闇は何かが這いずり出てきそうでとても気持ち悪いもの」


「うん。でも今の私たちならそう簡単にやられたりはしないから大丈夫」


「ふふ。頼もしいのね。じゃあ私のことも守ってねナイト様」


 そう言うと姫はまた椿の左腕に絡み付いて満面の笑みを浮かべた。


「あなたは本当に――!」

 

 椿は呆れた顔を浮かべつつも、姫の腕を振り払おうともせずに職員室に向かって歩き始める。渡り廊下を渡り、校舎の廊下を歩いて階段の前を通り過ぎようとしてふと足が止まった。怪訝な顔を浮かべて懐中電灯の光を階段へと向ける。


「どうしたの?」


「いま上の階から何か物音が……」


「嘘。何も聞こえ――」


 そう答えかけた姫だったが、ふと耳に飛び込んできた微かな音に思わず階段を見上げていた。


「え……子供の声……?」


 二人は顔を見合わせると、どちらからともなく階段を駆け上がっていた。


「もしかしたら生存者がいるのかもしれない!」


「ど、どうしよう。一旦まどか先輩を呼びに言った方が良かったかな!?」


 姫の問いに椿はしばしの逡巡のあとで「もう遅い。もしかしたら一刻の猶予を争う事態かもしれないし」と、自分自身に言い聞かせるように呟いた。


 二人は二階へ上がると、息を殺して廊下を見渡した。LEDの白色光が廊下と各教室のドアを次々と照らし出していく。しかし人影は見当たらない。


「どうする? 教室を一つ一つ回ってみるか、それとも先に三階の方へ行ってみる?」


 姫がそう提案するが、椿は廊下の奥に向かって駆け出した。


「こっち。微かに物音と子供の声が聞こえる」


「ほんとに!?」


 姫は半信半疑のまま椿の後を追いかけ始めたが、廊下の半ばまでやって来ると確かに鉄を叩くような音と子供の声が聞こえてきた。何を喋っているのかまではわからないが、時々笑っているようだ。

 そして椿は音が聞こえる部屋の前までやって来ると、躊躇することなくドアを開け放って懐中電灯を向けた。


 白色光に浮かび上がったのは異様な光景だった。教室の窓際にスチール製のロッカーが倒れていて、そのロッカーの前に居るのはうさぎを模したピンク色のベビー服を着た一、二歳の乳児だったのだ。


 しかも倒れているロッカーの扉がガタンガタンと開こうとしている。何かが中に閉じ込められていて外に出ようとしているのだ。そしてロッカーの前に座っている乳児はその扉が開け閉めする度に、頭のウサ耳を揺らしながら無邪気に笑って「まんま、まんま」と口ずさんでいる。


 椿と姫は静かにロッカーと乳児に近づいていく。


「椿、これって……!」

 

 姫がロッカーの扉に巻きつけてある針金を見て愕然としている。


「うん。恐らくこの子のママだ。ケガか病気かわからないけれど、自分の死を察してこの中に自ら閉じ篭ったんだ。この赤ちゃんを残して……」


 椿はロッカーの前にしゃがみ込んでドアに細工してある針金を観察した。針金は通気口に何十にも巻きつけてあり端の部分は中へと伸びている。恐らくロッカーの内部のどこかに巻きつけてあるのだろう。


「そんなこの子が可愛そう……」


 姫がウサ耳の赤ん坊を抱き上げて頬をすり寄せる。乳児は特に愚図るわけでもなく「まんま、まんま」とはしゃいでいるだけだ。


「とにかく早くこの子を職員室へ連れて行こう」


 と、姫は傍らに置いてあったこの母子の荷物らしきカバンに気付いて、そのカバンを手にして教室を出て行こうとするが、椿が立ち尽くしていることに気がついて足を止めた。


「――どうしたの?」


 椿は無言のままロッカーを見下ろしている。そして我に返ったように、


「――ごめん。ちょっと待って」


 と、言うと慣れた手付きでサバイバルナイフでカーテンを切り裂いてひも状にすると、それでロッカーを何重にも縛り上げた。


「せめてこの手で母親ゾンビを殺すことがないようにと思って」


「そうね。確かに……」


 姫は腕の中の赤ん坊を見た。たぶん女の子だろう。何もわからないまま、ただ無邪気に姫の金髪に興味を示してじゃれている。

 二人は言葉では言い表しにくい後味の悪い気持ちのまま教室を後にした。


 すると階下から窓ガラスが激しく割れる音と共に悲鳴が聞こえてきたので慌てて階段に向かって走った。



 まとがと乙葉の二人は職員室の教員机に各々座って椿と姫の帰りを待っていた。


「遅いですねえ。姫先輩と椿さんはまだ戻ってこないのかなぁ」


 乙葉は机の中で見つけた非常用の懐中電灯を点けたり消したりしながら、更に床を蹴ってぐるぐるとイスを回して暇を潰していた。その様はまるでメリーゴーランドに乗り込んでしまったリスのようで微笑ましい。


「まだ十分しか経ってないのよ。もうちょっと待とうよ」


 まどかは苦笑してそう答える。確かに何かをしでかしそうなコンビではあるが、流石に出て行って十分足らずで何かトラブルに遭遇しているとは思えない。いや、思いたくない。

 まどかは気を紛らわすつもりで机の上に散乱している出勤簿やらテストの解答用紙などを適当に掴んでは目を通していく。


 すると――


 ふとまどかの脳裏に不鮮明な映像が流れ込んできた。

 いま職員室の中には窓際と廊下側に等間隔でろうそくを設置して簡易的な索敵結界が張ってある。ろうそくの灯りから約五十メートル圏内に近づくものならば余すことなく捉えることが出来る。


 いままどかの脳裏に流れてきたのは窓際――つまり校庭にいる何者かの姿だ。

 映像(ヴィジョン)はとても不鮮明で例えるならば影絵のように白と黒の二色だけで構成されている感じで、背景が白色とするならば接近する何かの影は黒色で輪郭もぼやけていて曖昧だ。


 その数が最初は三つ。そしてすぐに五つ、七つと増えて最終的に十個の影が一列に並ぶ。

 当然この影が生きている人間なのかゾンビなのかまではわからないが、どこか統率が取れているような動きは生きた人間で間違いないだろう。ゾンビならば動きはもっと乱雑で不規律だ。


「乙葉ちゃん――!」


 まどかは目を瞑って脳裏の映像(ヴィジョン)に集中しながら乙葉を呼んだ。乙葉はまどかの様子を見て即座に事態を察知したらしく、青ざめた顔でまどかの横まで駆け寄ってくる。


「ゾ、ゾンビですか!?」


「ううん。たぶん人間で間違いない――ちょっと待って。これは……?」


 まどかは思わず眉根を寄せて更に映像(ヴィジョン)に集中した。一列に並んだ人間の影と思われる背後から二つの影が飛び出してきて校舎に急接近してきたからだ。

 その二つの影の一個辺りの大きさは人間の影の半分から三分の一ほどで、移動スピードがとてつもなく早い。


 まどかは思わず目を見開いて立ち上がると、乙葉の腕を引っ張って廊下側の壁まで後退りした。

 と、同時に窓の外から二頭の犬が激しく吠え立てる鳴き声が聞こえてくる。


「犬!?」


「野犬でしょうかぁ!?」


「どうやら違うみたいね……!」


 と、まどかは即座に首を振った。そして乙葉の頭を抱え込むようにして机の陰へと身を隠す。

 何故ならば二頭の犬が吠えたのと同時に一列に待機していた人影が校舎に接近してきたからだ。

 この統率の取れた行動はまるで猟犬とハンターの関係性を連想させる。

 

「人狩り……!」


 そんな言葉がついまどかの脳裏に浮かび自然と唇から零れ落ちていた。

 そして一斉に窓ガラスが激しい音を立てて割れ始めたので、乙葉が金切り声を上げた。

 しかも窓ガラスを叩き割った何かはカーテンを切り裂き、空気を引き裂いて、まどかたちの背後の壁や戸棚に次々と突き刺さっていく。


「弓矢……!?」


 それは正確にはボウガンの矢であったが、まどかにその判別は難しかった。

 確かなことは十数本のボウガンの矢が一斉に窓ガラスを突き破って職員室に射ち込まれ、それは今も延々と続いているということだ。


 まどかと乙葉は折り重なるようにして床に寝そべりながら、頭上で鳴り響く矢が空気を切り裂く耳障りな音を聞いていた。

 そしてそれがぴたりと止むと今度は物音が窓際から聞こえてくる。

 まどかが机の陰からそっと顔を出して確認すると、そこには数人の人影が窓の桟を乗り越えて今まさに職員室の中へ侵入しようとしている姿が見えた。


 まどかは躊躇することなく、弾かれたように精神を一点へと集中する。

 そして次の瞬間には窓際の幾つかのろうそくの炎が一斉に二メートル近く立ち上がって、窓枠に添って燃え上がった。


「うわっ!」


 侵入者たちは一斉に驚きの声を上げて窓の外へと転げ落ちていく。

 その隙を見計らってまどかは「行くよっ」と乙葉の腕を掴んで職員室を飛び出して行った。

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