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第一章 五人目の少女と野良犬の少年・1

※誤字二箇所訂正しました

 1


 次の日は朝から食堂で緊急会議だった。

 と言っても昨晩はみんなが興奮していて、なかでも乙葉があの少女が幽霊ではないらしいとわかっても、また一人になった時にあの少女と出くわすことは絶対に嫌だと恐れ――かと言ってDQN軍団に荒らされた調理場や非常食の在庫確認もまだ終わっていないために早く終わらせてしまいたいという要望もあって、結局みんなで食堂に残って乙葉の手伝いをしつつ、お茶を飲んであの不思議な少女について各々の推論を交わしているうちに誰からともなく寝てしまい、まどかが目覚めた時には乙葉がいつもの割烹着を着て、皆の分のモーニングコーヒーと乾パンを用意してくれているところだった。


「乙葉ちゃん、おはよう。ごめんね、いつもいろいろとしてくれて」


「あ、まどか先輩、おはようございますぅ! 私こそ昨日は私の我侭でみんなに手伝ってもらっちゃってほんとに助かりましたぁ」


 と、いつものように語尾が伸びているので大分落ち着きは取り戻したようだ。まどかがそんなことを思いながらコーヒーを口に運んでいると、床の上に敷いた毛布の上で二人仲良く横になっていた椿と姫の二人が同時に目を覚ました。


「うーん、よく寝たわー!」


 と、姫が思い切り伸びをしている横で、椿が憮然とした顔で姫を見ている。


「な、なぜあなたが隣に……?」


「だって椿があまりにも気持ちよさそうな顔で寝てるからさー、別に同年代だし女の子同士なんだからなにも問題なんかないでしょ!?」


「いや、あなたはデリカシーがないから……」


 と、椿が珍しく恥ずかしそうな表情を浮かべて口篭る。そんな彼女を見て姫は満足そうに「確かに私はデリカシーないけどねえ!」と謎の自慢をしながらケラケラと笑っている。

 そんな二人のケンカなのかじゃれ合っているだけなのかよくわからない会話を聞いて、まどかと乙葉がやれやれと苦笑を浮かべている。


「はいはい、そこの中二コンビさーん。乙葉ちゃんが朝食を用意してくれてるわよ。冷めないうちに早くねえ」


 と、まどかがあきれ気味に声をかけると、姫がケロッとした笑顔で席につき、椿が「パーソナルスペースが……」云々とブツブツと言いながら着席する。

 第一さくら寮の朝は今日も賑やかな始まりだった。




 みんなで乾パンを齧りながらの話題は当然昨夜に引き続いてあの不思議な少女についてだった。しかし余りにも情報が少なすぎて、結局わかっていることと言えば、


・少女の名前は不動あざみ

・桜道女子高等部の一年生

・幽霊ではなく恐らく生霊のようなもので、どこかで生存している

・上記の不可思議な現象については妹のいものちからが関係していると思われる

・なにかを伝えたいらしい

・しかしコミュニケーションは筆記に限られる


 というくらいで、確実にはっきりしているのは名前と高等部に在籍しているという二点であとはただの推論にすぎない。ちなみに名前と第三さくら寮所属ということは昨夜のうちに生徒名簿で確認済みであり、それを裏付けるまどかの記憶もある。


 あと不動あざみが出現する前に、塀に設置してあるかがり火に何者かが接近する気配を感じて、まどかは外へ確認しにいったものの誰も見つからなかったという点においても、まどかは恐らくかがり火に接近した人物は不動あざみで間違いないと思っていたが、そのことはとりあえず椿と姫の二人にしか打ち明けていなかった。


 それも最年少の乙葉が「一パーセントでも幽霊の可能性がある限り落ち着くことはできません」と、非常に怖がっているためであり、姫と口裏を合わせてより強力なドーマンセーマンを塀に貼り付けることで、一切の霊的な存在は寮に近付くことができなくなったと嘘をついてようやく落ち着かせることに成功していたからだ。


 そんなこんなで不動あざみのことをそれ以上話し合っても何も進展がないことはわかりきっていたので、彼女のことについては一旦棚上げとし、会話は自然と次の話題へと移ることになり、その口火を切ったのは乙葉だった。


「あの、実は不良軍団に寮を荒らされてから初めて非常食の在庫をチェックしてみたんですけれど……一日二食を四人分とするとぎりぎり一月分くらいしか残っていないです……」


 と乙葉がまるで自分の責任でもあるかのように恐縮した顔で呟く。


「ええ、確か非常食だけで三か月分くらいはあったよね!? あいつらそんなに食い散らかしてたの!?」


 と、まどか。


「はい。とりあえず手っ取り早く食べられるものは片っ端から大きな鍋にぶち込んで一度に大量に温めたみたいで……」


「あんにゃろーども、好き勝手やりやがって!」


 と、今度は姫が小鼻を膨らませて悪態をつく。


「とりあえずお米の方は手をつけられていないのが不幸中の幸いでしたけれど、それでもこちらも一月くらいで底をついてしまうと思います……」


 その乙葉の言葉にまどかは暗い表情を浮かべて黙り込んだ。確かに今の自分たちは妹のいものちからという特殊な力を授かり進化した高レベルのソンビも撃退することができたが、能力の全貌やゾンビの成長度合いの全てを把握したわけではない。なにもわからない状態で街へ食料の調達へ出掛けるには相変わらず危険と背中合わせの状態であることに変わりはない。


 しかし第一さくら寮でのサバイバル生活を維持するためにはどうしても外へ食料の調達へ行かなければならないわけで、その煩わしさと危険を考えるとどうしても気分が落ち込んでしまう。それはまどか以外の三人も同じ思いのようで、食堂は会話が消えてしんと静まり返った。


 するとまどかが「ん!?」と顔を上げた。

 言葉では上手く説明ができなかったが、まどかの妹のいものちからは五十メートル圏内であれば自分で点けた火の様子や、その火に近づいた人の気配も手に取るようにわかる。

 そしていままどかの脳裏には塀に沿って設置してあるかがり火に何者かの影が近付くという、ぼんやりとして不鮮明な映像が流れていた。


「誰か来た……」


 そのまどかの呟きに椿と姫が顔を見合わせて、乙葉の顔が凍り付いていく。

 まどかは両目を閉じて全神経を脳裏の映像に集中した。何者かの影は塀に沿って歩き正門の前で立ち止まったところだった。そしてまどかが怪訝な表情を浮かべて首を傾げているのは、直感が昨夜と同じ気配だと告げていたからだ。


「いま正門前で止まった。そしてたぶん昨日と同じ気配だわ……」


「不動あざみですか!?」


「恐らく」


 姫の問いにまどかは曖昧に頷く。そして、


「とりあえず乙葉ちゃんは食堂で待機。二人は私と一緒に来て!」


 と、てきぱきと指示を出すと、玄関に常備している金属バットやバールのようなものを手に取ってまどかと椿と姫の三人は正門のスクールバスへと向かった。

 霧の中では誰かが正門を激しく叩く音が響き渡っていて、三人は忍び足でバリケード代わりのスクールバスに乗り込むと正門側の席の窓からこっそりと外を覗いた。

 霧の中に薄らと見える人影はどうやら男で少年らしい。


「不動あざみじゃないですね」


 椿が淡々と呟く。


「で、でも確かにこの感覚は昨日も感じたの。ちょうど不動あざみが出現する前に。それと一昨日に感じた人影も同じはずなんだけど……」


 と、まどかは自信が無さそうに答えた。妹のいものちから自体を使いこなせている実感がないので、どこかで自信が持てず発言に確証を持てないでいたのだ。


「とにかくどうします? 彼が避難者で助けを求めているとしたら寮に入れますか?」


 その姫の質問にまどかは返答に詰まった。今までは自分たちのことで頭がいっぱいで考えが及ばなかったが、食うところにも寝るところにも困った善良な避難者が助けを求めて第一さくら寮へ辿り着くことも十分に考えられる。その時に自分は寮長として、一人の人間としてどう行動すべきなのか。

 後輩たち寮生の安全を最優先とするか、人道上の観点から助け合うべきなのか。


「とりあえず無視をしておきましょう。ほかに仲間が居るかもしれないし、何よりもここに女子しか居ないと知られたら厄介なことになります」


 と、椿。


「なんなら今すぐゾンビを捕まえてきて私がキョンシーにするってのは? そうすればすぐに驚いて逃げ出すと思うけど」


 と、姫。


 それでもまどかが答えに困っていると、正門前に居る人影は今度は大きな声を上げ始めた。


「すみませーん、誰か居ませんかー!」


 と、少年と思われる若い声が霧の中にこだまする。


「あれではゾンビがここに集まってしまう」


 椿が小さく舌打ちをすると、姫が半分キレ気味に「今すぐキョンシーを作って撃退してやる!」とバスの外へ飛び出していこうとする。

 まどかが慌ててその腕を掴むと、搾り出すような声でこう言った。


「ごめん姫ちゃん、食堂から三日分の缶パンと飲料水を貰ってきて……」


「でも先輩それじゃあ――!」


 と、姫がそこまで言いかけて、まどかの真剣な眼差しに気付いて言葉に詰まる。そして椿がどこかあきらめたように微笑みを浮かべて頷いているのを見て渋々と納得する。


「わ、わかりましたけど、もうほんと先輩はお人好しすぎますよっ!」


 と、ぶつぶつと文句を言いながらバスを降りていこうとする。すると少年の声がまた聞こえてきた。


「誰かいませんかー! ぼくは相川ヤマコの身内の者です! 相川ヤマコはここには居ませんか! 誰か所在を知る人はいませんかー!」


「え……ヤマコ先生の家族……?」


 三人は顔を見合わせた後で、慌ててバスを飛び降りた。

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