プロローグ
前作「終末ヒロイン 乙とZ」のエピローグと一部重複している箇所がありますが、構成上必要だっためにあらかじめご了承ください。
※前作でやっていた視点変更ごとのキャラ専用背景色は今回は行いません。
また前作も完結に伴い背景色を統一させていただきました。予めご了承を。
プロローグ
6月1日 月曜日 記入者 花城まどか
世界がこんなふうになってしまってから、今日で一ヶ月が経つ。
今のところあれから平穏な日々が続いている。
不良少年たちに乗り込まれて寮は大荒れになってしまい、そのせいでここ最近はずっと大掃除&大改修に追われて忙しい日々を送っていた。
まず寮内には少年たちとキョンシーの死体が何体か残っていて、その処理にはこまったけれど、結局中庭で火葬にして裏山へ埋葬してあげることにした。
その後で床や壁に飛び散った血液を洗い落とすのにも一苦労だった。
こんなこと初めての経験だったし、精神的にもかなりきつかったが、みんな黙々と作業をこなしていた。
いまここで命の尊さや人のあり方について思いを巡らせても仕方が無い。
毎日は無常に流れていき、私たちはどこかへ行く当てもなくここで暮らして行かなければならないのだから。
そして今回の事件をきっかけに、外へ物資の調達へ行くのにはなるべく四人揃って行動をするか、或いは留守番は必ず二人で行うことにした。
最近は寮の前の坂道をゾンビが上がってきて徘徊していることもあるので、念には念を入れておいたほうがいい。
そう言えば外出時に着用するヘルメットには、いつの間にかイヌ耳ネコ耳ウサ耳一角獣の細工が施されていた。暇を見つけて姫ちゃんと乙葉ちゃんの二人でフェルトと綿を使って作ったそうだ。
それを初めて見た時の椿ちゃんが無表情のままお茶を噴出していたけど、一角獣はまんざらでもなさそうだった。
そして私と椿ちゃん、姫ちゃんが手に入れた妹の力と名付けた不思議な力。
なぜ乙葉ちゃんには兆候が現れていないのかなど、この力についてはまだよくわからない事のほうが多いけれど、少しでも生存確率を高めるために力の探求に怠りはなかった。
私のパイロキネシスと言う妹の力は、どうやら自分が念じた対象だけを燃やし尽くす力のようで、他にも自分で点けた火については離れていても火の様子が手に取るように感じられることもわかった。
なので今は寮の周囲にかがり火をたいている。五十メートル位の距離内であれば火が消えたことも、誰かがかがり火に近づいたこともわかる。
我ながら便利な能力を手に入れたと思うと同時に、寮生活の安全度が増したような気がして嬉しい。
おや、そんなことを書いているうちに南東のかがり火に誰かが近づく反応があったみたいだ。
ちょっと様子を見てこよう。
いま見てきたけれど誰も居なかった。
おかしいなぁ、確かに反応はあったのに。
そういえば昨日
まどかがそこまで日記を書いていると突然階下から悲鳴が聞こえてきたので、思わず体がビクンと弾けてボールペーンを持つ右手が紙の上を走った。
「なに……!? 今の声……!?」
まどかはベッドの上でストレッチをしていた椿を見た。聞こえた声は恐らく乙葉の声のはずで、椿も屈伸運動の途中で固まったまま怪訝そうな顔を浮かべている。
そして一瞬の間を置いてから、二人は同時に弾かれたように廊下へと飛び出した。廊下へ出ると隣の部屋から姫が血相を変えて顔を出すところだった。
「ねえ、今の声は――!?」
「たぶん乙葉ちゃんだと思う! いま部屋に居ないんでしょ!?」
「食堂で洗い物をするって、さっき……」
「食堂ね!」
姫も加わって三人で階段を駆け下りて食堂へと向かう。そして玄関前のホールを横切ろうとすると、食堂から慌てて飛び出してきた乙葉と鉢合わせになった。
「せんぱーーーーーーーーーーーーーい!」
「一体どうしたの!? 今の悲鳴はなに!?」
まどかの問いかけに、乙葉が今にも泣きそうな顔をしながらまどかにしがみつく。小さな体はまるで冷凍庫にでも入っていたいみたいにガタガタと震えている。
「お、女の人が……!」
と、乙葉はすっかり血の気を失った顔で食堂を指差した。
「女の人?」
「ち、調理場の片付けをしていたら、いつの間にか知らない女の人が食堂に立ってこちらを見てて……」
「え!? どういうことそれ!?」
「私にもわかんないですぅ! とにかく知らない間に高校生ぐらいの女の人が立っていたんですぅ! 絶対にあれっておば……おば……!」
と、乙葉はまるで海で溺れているみたいにまどかに力いっぱいしがみつく。腰を抜かしているのか、立っているのもやっとのようでまどかは懸命に彼女の体を支えた。
「わかった! つまりは食堂にお化けが出たってことね!? ならばこの麗しき霊能者であり死人使いのプリンセスプリセンス咲山姫さまの出番ね!」
と、姫は持っていた筆を大きく振り回しながら「悪霊退散!」と勇敢に食堂に向かって突き進んでいく。しかし食堂の間口の陰からひょっこりと顔を出した少女を見た瞬間に「ぎょええええええええええええええ!!!」と絶叫して腰を抜かした。
その叫び声と少女の姿に驚いたまどかと乙葉が、さらに大きな悲鳴を上げて抱き合ったまましゃがみ込む。一気に玄関前ホールは阿鼻叫喚のパニックと化したように見えたが、そんな中で唯一冷静だった椿はいつの間にか左手にサバイバルナイフを持ち、どんな状況にも対応できるようにファイティングポーズを構えていた。
その椿の黒目勝ちな瞳が動揺に激しく揺れている。
「先輩! まどか先輩……!」
椿は足元で乙葉と抱き合って震えているまどかの肩を叩いた。
「……うちの学園の生徒のようですけれど……?」
「え……?」
椿のその言葉にまどかは恐る恐る顔を上げると、椿の視線の先を追いかけて、そして息をのんだ。
食堂の入り口に立っていたのはここに居るはずのない一人の少女だったからだ。しかもその少女は桜道女子学園高等部のブレザーとスカートを着ていて、緩やかなウェーブのかかったセミロングの髪を両手でいじりながら不安そうに周囲を見回していた。そしてまさに借りてきた猫のようにおどおどと警戒しながらもまどか達の方へと歩み寄ってくる。
しかし明らかにおかしいのはその少女の姿は全体的に色素が薄く、全身が透けて見えているということだった。
更にまどかはその少女に見覚えがあった。
「あ、あなたは……確かC組の……? もしかしてさっきの外のかがり火の反応も……?」
名前はうろ覚えだったが隣のクラスにいた女生徒で間違いない。その女生徒もまどかを見知っていたのか、まどかの顔を見るとすがる様な顔つきを浮かべて口をパクパクとしたり、自分の耳を指差したりしている。
「なにかを伝えたいけれど声は届かないし、こちらの声も聞こえないってこと……?」
「たぶんそうみたい。この先輩はどうやら幽霊とかの類いではないようね」
まどかの疑問に姫が答える。もう落ち着きを取り戻したようでまどかの横に立って、目の前に居る半透明の不思議な少女を興味深そうに見つめている。
「お、お化けじゃないんですか……?」
と、乙葉がそろりそろりと顔を上げて姫に尋ねた。
「たぶんね。私にもよくわからないけれど生霊みたいなものなのかも……」
「生霊!? で、でもこの人はなぜ第一さくら寮に……?」
乙葉のその疑問に一同黙り込んだ。肝心の目の前の半透明の少女が相変わらずなにかを伝えようと身振り手振りのジェスチャーをしているだけで、意思の疎通ができないのだから仕方がない。半透明の少女の顔にも諦めの色が浮かび、今にも泣き出しそうに唇を噛み締めている。
すると椿がふと思いついたように管理人室へ駆け寄った。そのドアの横の壁には連絡掲示板として黒板が設置されている。
「そうか。その手があった!」
椿の意図に気付いたまどかたちは黒板へ駆け寄って、半透明の少女を手招きする。
――この黒板は見えますか?
と、椿が黒板に書く。すると半透明の少女の顔にぱあっと笑顔が広がった。少し垂れ気味の両目のせいで笑っているのにどこか泣いてるようにも見え、それが無性にまどかの保護欲を掻き立てて何か力になってあげたいと強く思わされる。
そして少女は制服のポケットから生徒手帳とボールペンを取り出して、何やら走り書きすると手帳を広げて見せた。
――こっちの文字は見えますか?
まどかたちが笑顔で「うんうん!」と一斉に頷いて返すと、少女の顔に更に笑顔が広がる。するとまどかがもう居ても立てもいられないように余っているチョークを掴んで、
――名前は?
と書くと、少女は「不動あざみ」と書いた生徒手帳を広げて見せた。その名前を見てまどかたちは「おおっ!」と訳もなく歓声を上げて拍手をした。幽霊だと思ったこの不思議な半透明な少女と奇妙なコミュニケーションが成立し、更に名前がわかったことで彼女という存在に現実味が増して一気に親近感が湧いてきたのだ。
――あなたはユーレイ?
まどかがそう書くと、少女は首をブンブンと振って生徒手帳に書いた文字を見せる。
――ちゃんと生きているよ。でもこの状況が自分でもよくわからないの。説明できない。
そしてさらに文字を書き加える。
――お願い、私を助けてください!
「助ける……? それってどういう意味!?」
まどかは口にした疑問と同じ文面を黒板に書き込む。しかし半透明の少女は手帳に返答を書き込んでいる途中でふと顔を上げると、周囲を気にするような仕草を見せたあとで切羽詰った表情でまどか達を見た。その瞳が薄らと涙ぐんでいる。そしてそのまま少女の姿はすうっと薄くなっていき、まどかたちの目前から完全に姿を消してしまった。
「な、なんだったの……今の女の子は……?」
まどかは激しく揺れる瞳で少女が消えた廊下の暗がりを見ていた。
誤字脱字などお知らせしていただけると助かります。