07
暖かくなったと思ったまた寒くなったり風邪引きそうで困る
白の雪
流れていく季節
毎年来る季節を何故か同じものだと思っていた
本当は全く同じ季節なんて無いのに
「どうしようか」
とある休日の朝になんとも言えない不景気そうなその声が室内に響く。
などと考えている僕は、その思考ほど余裕があるわけでもない。勿論この部屋に居るのは僕だけだ。そして僕はまた一人溜息をついて考える。どうしようかと……。
あの2/15日から数日……ある日が近づいていた。
その日は明日だ。一年に一回だけの当人や誰かにとって特別な日……だと思う。
今日は2/21日。そしてカレンダーに赤い丸印で囲まれてるその日は2/22日。
僕にとっては妹のような存在である彼女の特別な日。
そう明日は水谷 雪の9歳の誕生日なのだ。
肌寒い風を感じながら、財布を手に僕は街に繰り出した。電車で数駅のその場所で僕は目的の物を手に入れなければならない。そうユキへの誕生日プレゼントを……。
「どうしよう」
だけどプレゼントを買わなければと家を出た僕だが、何と言えばいいか、その、ユキへのプレゼントをこの時になっても決めていなかった。
ただし、その事実を知った誰かに勘違いされたくないのは、別に僕はユキの誕生日を軽んじていた訳では決して無い。勿論去年だって忘れずプレゼントをあげたのだ。その時のユキは僕のプレゼントに凄く喜んでくれたし、今でも彼女の部屋にはその僕のあげたクマのぬいぐるみが大事に置いてある。
だが問題はその小さな女の子へのプレゼントとして、ありきたりと言うかもっとも無難な最終兵器であるぬいぐるみを去年あげてしまったと言う事だ。
「……甘かった」
小さく誰にも聞こえない程度の声で一人呟く僕。去年の僕は今年の僕の事など一切考えては居なかったのだ。その事実に僕は去年の自分自身に恨み言を言わずには居られない。
この考えを聞けば、別に今年もぬいぐるみでも良いじゃないか? などと言う人もいるだろう。僕だって他人の悩みならば多分そう言うと思う。
大事なのは物では無くて気持ちなのだとかそんなありきたりな言葉を。
しかし実際プレゼントする立場に立ってみればそれも変わってくる。どうでも良い奴ならともかく―そもそもどうでも良い相手にならプレゼントなどあげないのだが―僕なりに大切に思っている妹分へのプレゼント。
そのプレゼントが大した物じゃないってのは何だか悔しいじゃないか。
それにもしも、もしもユキに『ふんっ。いつもはお兄さんぶってるゆうくんのぷれぜんとも、所詮このていどなのね。わたしがっかりだわ』だなんて髪を掻き上げながら言われてみろ。とても明日9歳になる子には見えないし、多分ショックで僕は心の中で涙する。何かユキが絶対言わないだろう言葉と態度も合わさって。……想像したら少し見てみたいきもしたが。
いや、それはともかくユキがそんな事言うわけがないし、多分僕があげた物ならそれなりに喜んでくれると思う……我ながら自惚れた発言な気もするけれど、美夏さんがそう言っていたし。
だとしてもだ。例え表面上は喜んでくれていたとしても。心の中で『ゆうくんにとって、わたし何てどうでもいい子なんだ』って悲しまれたらどうする?
そうじゃなくても悲しそうな笑顔で『ありがとう』なんて言わせてしまって良いのか? いや良いわけが無い。
これでもここ数年はユキに幼馴染のお兄さんとして、慕われているのを多少なりとも実感している僕としては、やはりプレゼントにはそれなりに力を入れたいと思う。
何て事を今日までだらだらと悩んだ末に、未だに肝心のプレゼントが決まっていなかった訳なのだ。
だがそんな言い訳をいつまでも並べていても仕方ないので、僕は一人プレゼントを探すため人ごみの中を歩き出した。
「はあ」
ファンシーな店の前でベンチに缶コーヒー片手に座り込んで重苦しい息を吐く僕は、きっと情けない姿なんだろう。
何故このような情けない姿を他人に晒しているのかと言うと、答えは簡単。先ほどまで目の前にある店の中に僕は居たのだ。明日と今日は休日なので―僕にとってはそれが少しの救いでも合ったが―それなりに居た多くの女の子達の居る店内で、肩身の狭い思いをしながら、歯を食いしばって探したのだ。そんな僕を誰か褒めてくれても良いと思う。凄く頑張った、あの空間の中で僕みたいな男子学生が一人買い物をしていたのだ。
ドラマや映画に出てくるような、いきなり都合よく出会った女の知り合いに頼るヘタレ共と違って、僕は一人でその場に居たのだから。これは凄い事だと我ながら思う。
僕がこの事を誰か男友達から聞いたらきっと尊敬するね。
などと脳内で自画自賛した僕だが、店に入った結果を言ってしまえばこれと言った物も見つからず、結局何も買わずに店を出る事になった。つまり目的は達していない。
だからこそ気力を振り絞って僕は立たなければ行けない。そうだ諦めるな、まだやれる。だって入ったのはまだこの店だけじゃないか! そう自分に言い聞かせて力強く立ち上がる。右手に持った空き缶をゴミ箱に捨て人ごみの中を歩き出した。冬の寒さがやけに身にしみるのを感じながら。
「ありがとうございましたー」
女の店員さんの声を背に僕は二つ目に入った店を後にする。精神を消耗しながらも入った店だ。結果は勿論……何も無し。
それと言うのもこの二つ目に入った店、商品が低年齢向けでは無かった。正直周りの女の人も僕より年上の大人っぽい人ばかりで、正直先ほどよりもさらに気まずい思いをしてしまった。何だか優しげな目で周りの人に見られたのも僕の心を削ってしまう事に大きく貢献してくれたのだ。
今更ながらに僕はクラスの女子にせめて、ユキにプレゼントできるような商品を売っている店の名前くらい教えてもらっておけば良かったと後悔してしまうのを止められない。
今更言っても仕方の無いことを考えながら僕はまた一人肩を落として歩き出そうと足を踏み出す。
「西野君?」
「え?」
その声は歩き出そうと一歩前に足を出した僕の目の前にいる一人の女性からの物だった。……2/14日の放課後に僕にチョコをくれた名前も知らない上級生その人から。
あのバレンタインの日……その翌週の月曜日僕は先輩を探さなければと思いはした。そう、思いはしたのだ。だけれど僕には上級生の親しい知り合いも居ず、そして誰かに聞く何て事もしなかった。
同じクラスの同級生に聞けば良かったのだが、正直恥ずかしさが先に出てしまい、また今度で良いかと先延ばしにしてしまっていた。正直な所向こうから来てくれるのを期待していたと言うのもある。
ただそれがこんな場所になるなどとは予想していなかったわけで……。
「えっと、こんにちは」
とりあえず混乱する僕の口から出た言葉は昼の挨拶。
「ええ、こんにちは」
そんな情けない僕にたいしても先輩は微笑みと共に言葉を返してくれる。その微笑みはふわりとでも表現するべきか、何だかすごく柔らかな笑顔で何と言うか……微笑に僕は少し見惚れてしまう。
そんな僕に気づいたのか先輩は少し不思議そうに首を傾げる。見惚れてる場合では無い、何か言わなくてはいけない
。チョコのお礼だろうか、多分それが普通だろう。
「あの、この間はチョコありがとうございました」
「あ、ううん。いいの」
僕の言葉に先輩は頬を少し赤く染めて俯く。
「美味しかったです」
「本当に?」
不安げに僕を見上げる先輩に、僕はしっかりと頷いてみせる。
「よかった。いきなり渡したから迷惑だったらどうしようかと不安だったの」
そう言って嬉しそうな笑みを見せてくれる先輩を見て、僕の方こそ良かったと内心ホッとしたのだ。
したのだが僕にはまだ解決しなければならない問題がある。先輩の名前だ……どうするべきか? 正直ここにきて『先輩の名前って何ですか?』とも聞きにくい。もし僕が先輩の名前を知ってる前提で話しかけていたとしたら、先輩は傷ついて落ち込むかもしれない。
じゃあ『先輩って名前なんでしたっけ? ちょっとど忘れしちゃって、あはは』とでも言うのか? 最悪の聞き方だ。これでは名前を聞いていましたけど、どうでも良い相手だから忘れたと思われかねない。何せまだチョコを貰って数日しか経っていないのだ。覚える気がないのね最低とか思われそうだ。そう思われるだけならまだ良いが、もし泣かせてしまったら? 無いとは思うけど絶対とは言い切れない。僕は先輩がどういう性格なのかなんて殆ど知しらないし、先ほどのチョコの感想やらなんやらだけであれだけ不安そうな顔を見せる人なのだから、正直判断に迷う。
「どうしたの?」
「……あ」
考え込んでしまっていた僕を不思議に思ったのか、先輩は僕の顔を覗き込むように近づいて尋ねてくる。
近い、凄く近い。綺麗だなとかやっぱり大人っぽいとか……そんな事を思ってしまった事に気恥ずかしさから僕は慌ててしまう。
「いえ! 名前」
そして気がつくとその言葉を口にしてしまっていた。やってしまったと思った僕は先輩の顔を見る。でも意外なことに先輩は恥ずかしそうに……。
「私ったら……ごめんね」
と謝罪の言葉を呟いた。
「チョコにも名前書いてなかったのに、それに気がつかないなんて……どうしよう」
そして続けざまにそう言葉を発して、先輩は顔を赤くしながら俯く。
正直、予想と全然違った先輩の態度に僕は内心驚きを隠せなかった。だけど先ほど自分自身で考えたように、目の前で恥ずかしげに俯くこの女性の事を僕は全然知らないのだ。それなのに勝手な想像をして、悪いほうにばかり考えた自分が少し情けない。
少し反省しながら、僕は今はこの人に何か言わなければと口を開く。
「いえ、あの日。聞かなかった僕が悪いんです」
「そんな事無い。でも、ありがとう」
僕の言葉を否定して、お礼と共に先輩は笑顔を向けてくれる。そして「優しいんだね」と呟く先輩に僕は顔が熱くなるのを自覚しながらも、どうする事も出来なかった。そんな僕に気づいてたのか分からないけれど、先輩は小さく「自己紹介するね」と呟いた。
「倉橋由美です。改めて宜しく西野君」
そして先輩は笑った。
「そう言えば倉橋先輩はどうしてここへ?」
「近くに用事があったから。西野君は?」
僕は少し迷ったが向こうに答えさせておいて、こちらは言わないのでは失礼だと思って正直に理由を伝えることにした。
知り合いの少女への誕生日プレゼントの事。そして今日までそのプレゼントか決まっておらず、先ほどから何度も買えずに居ることを伝えた。
先輩は呆れるでもなく真剣な表情で、最後まで僕の話に耳を傾けてくれた。
「そっか……大変だったね」
最後まで話し終えた僕に先輩は優しく労わりの言葉をかけてくれる。ぎりぎりまでプレゼントを決められず、友人にも店をきかなかった僕の自業自得でしか無いにもかかわらず。
そんな倉橋先輩の優しさに、僕は少し救われた気がした。疲労の原因が、男一人では入り辛い店に何度か入店したからだと言う事が情けなかったけれど……。
「よかったら私の知っているお店に案内するよ?」
「え?」
「私でよかったら……だけど」
最後は不安そうに呟く先輩。そんな先輩に僕は首を横に振って答えた。
「先輩が良いのなら、是非お願いします!」
やっぱり女の子へのプレゼントを買うときは女性の知り合いに頼るべきだと思うんだよ、ほんと。
「ここなら小さな女の子向けの物もあると思うよ」
「分かりました」
そう言って倉橋先輩がひとつの店の前で立ち止まる。外から見る限りでは、先ほど入った二つの店との違いが分からないのだけど、僕は倉橋先輩を信じて、二人で店に足を踏み入れる。
「「いらっしゃいませー」」
店内に入った僕達を迎える店員さんの声が聞こえる。その声に先ほどは少し気まずくなっていた僕も倉橋先輩が横に居る事で、気にすることも無く堂々と入店できた。
正直後から思い出すと気にし過ぎていただけなのだけれど、この時の僕には隣に立つ倉橋先輩の存在がとても心強く感じた。
「じゃあここからは、西野君自身で買う物を決めてあげてね」
「はい、ありがとうございます」
僕は先輩の言葉に首を縦に降り、店内にある商品を探し始める。色んな物があるし迷うけれど、こればかりは自分で見つけなければいけない。
それからしばらく探し続けた僕は一つの商品を手に取った。
「可愛いね。それにするの?」
「はい、これにします」
手に取った商品を横から覗き込んだ先輩の言葉に僕は答える。
「そっか、喜んでくれると良いね」
探してる間、待たせていたのにも関わらず、嫌な顔一つせず笑顔で言ってくれる先輩の言葉に頷いた僕は、倉橋先輩をあと少しだけ待たせて、会計をするためにレジにへと足を向けた。その途中目に付いた商品を一つ手に取り会計を済まし僕達は店を後にした。
「ありがとうございました倉橋先輩」
「ううん。気にしないで」
首を横に振って、言ってくれる先輩。しかし結構長い時間プレゼント選びに迷っていたので、少し不安になる。
「長い時間付き合わせてしまって、すいません。時間とか大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
「でも」
「本当に気にしないで、この後に用事があるんだけど、どうやって一人で時間を潰そうか迷っていたの」
「そうなんですか?」
「うん。だから西野君と出会えて凄くよかった。ありがとう」
笑って「だから気にしないで」と言ってくれる先輩に僕は本当に感謝して、それを伝えたくて今購入した物が入ってる袋から一つの袋を取りだした。
「倉橋先輩。これ」
「え?」
その袋の中身は瓶詰めの飴だ。だけどそこらに売っている物と違って薄く色の付いた綺麗な瓶の中にいろんな色の袋に包装された飴が、まるで宝石のように入っている。食べ物だから、貰って困るような物でも無いかな? と思いユキのプレゼントと一緒に先ほど購入した物だ。
それを僕は先輩の前に差し出したのだ。
「その、今日のお礼です。たいした物じゃないですけど」
「いいの?」
「はい、倉橋先輩が居てくれて凄く助かりました。だから受け取ってくれませんか?」
「……うん」
先輩は袋を両手で受け取ると、それを抱くようにして俯く。
「本当に大した物じゃ無いですよ?」
そんな先輩の態度に僕は思わず念押ししてしまう。でも先輩は気にしないとでも言いたいのか首を横に振る。
「……嬉しい。本当にありがとう」
胸に袋を抱きしめ、俯いた顔を赤くしながら呟く倉橋先輩の姿は、年上ながら凄く可愛らしい。
「あ、いえ。僕の方こそ」
「ううん」
先輩の姿に照れながらも、返事を返す僕に先輩は首を横に降る。その姿に僕も駆ける言葉が見つからず、黙り込んでしまう。
「私行くね?」
しばらく俯いていた先輩が、恥ずかげに僕を見上げて言って来て、ああと思い頷きと共に返事を返す。
「そうですね」
さすがにこれ以上つき合わせるわけにはいかない。
「……またね」
小さく手を振り再会の言葉を告げて去っていく先輩の背中。その小さくなっていく姿を見送ってから、僕もその場を後にした。
何とか目的の物を買えた事へ安心と今日の疲れを感じて溜息を吐き出しながら。
その日家に帰った僕は、今日と言う日に思った以上に疲労を感じていたようで、襲ってくる眠気に抗えずいつもよりも早く眠りについてしまうのだった。
そんなこんなで迎えた2/22日。僕が目を覚ましたのは昼過ぎだ。
それを聞けば寝坊だと思う人も居るかもしれないが、昨日と今日は週末の連休だったので別に問題は無い。
ユキの誕生日のお祝いをするのは早くても夕方からだ。昼は友人達を招いて、誕生日会を開いているらしい。終わった後にこちらの家で夕食にするとの事だ。本当に母さん達も中が良い。
実を言うとその誕生日会に『ゆうくんもきてくれる?』とユキから誘いを受けていた僕だが、さすがに顔も知らない子供達に混じり、その場に出る勇気は無く辞退した。
断られた事にに不機嫌そうな拗ねた目で見てくるユキを説得するのには少し骨が折れた……と言うより実際は美夏さんが説得してくれるまで、ユキは諦めなかった。『わたしがいるからだいじょうぶ』と僕を誘い続けた。美夏さんの説得を聞き入れた後もしばらくは寂しげな目で僕を見ていたのだけれど、それはもういいだろう。今更いっても仕方の無いことだし、僕にその場に行くという選択肢は無かったのだから。もう終わったことだ。
そう、だからその後ユキに『ゆうくんのばか』と恨めしげに言われた事や『ゆうくんはいじわるさんだ』とか言われた事を僕は勿論気にしては居ない。それが原因で昨日プレゼント探しに必死だったというわけでも決して無い。当然だ。
僕はその時の事を思い出しながら昨日買ったプレゼントを確認し一人頷くと、顔を洗うため洗面所に向かった。
遅い朝食と言うよりも昼食という時間だが、食事を済ませた僕は、簡単に身支度を整えて一人部屋でゲームをしながら時間を潰していた。
このゲームは発売日当日に風邪をひいてしまい、買い逃してから忘れていたのだけど、最近思い出し購入した物だ。
それなりに人気のあるシリーズ物のソフトで、主人公の青年が相手に気づかれないようにライバルキャラやヒロイン(?)の後ろを付けていき、違法取引や不倫相手との密会などを暴いていくという有名ゲーム。これがなかなか面白い。
電柱などに隠れる事が出来るのだが、見つかってしまうと、逆上した相手―普通は怒ると思うが―に刺されてゲームオーバーになったり、ある一定以上離れると相手を見失いゲームオーバーになったり、追いかけることに夢中になっていると突然来た車に轢かれてゲームオーバーになってしまったりと中々奥が深いゲームなのだ。
その内容からファンからは『ストーカーゲー』『ストーキングミッション』などと言われとても愛されている。
「しまった!」
そして今そのゲームを絶賛プレイ中の僕だったが、どこで失敗したのかは分からないのだけれど、ストーカーされている事に気づいていない主人公がヒロイン(?)を付け歩く行動をそのストーカー女に勘違いされてしまう。そしてその結果、嫉妬から刺されてBADENDとなってしまった。……なんて理不尽なEND。
「やり直すか」
僕は溜息を吐くともう一度少し前のセーブからやり直し始める。そんな風にゲームに夢中になっていた僕は近づいてくる足音と開いている扉に気づけなかった。
「ゆうくん」
「うわ!?」
突然背後から聞こえた声に、驚いた僕は操作を誤り、ゲーム内の主人公は標的に見つかってしまい、逆上―説明書にそう書いてあるのだ―したヒロイン(?)に銃で撃たれて死んでしまう。その光景に少し唖然としながら、僕は後ろを振り向く。
分かっていたがユキが居た。ピンクのお洒落なワンピースを着て少し恥ずかしげに僕を見るユキ。なかなか可愛いと思う。
「こ、こんにちは」
「こんにちは、似合ってるねユキ。可愛いと思うよ」
「ほんと!?」
褒め言葉に食いついてくるユキに僕は頷いて返す。
「それで誕生日会は終わったの?」
「うん」
まあ当然か、さすがに友達が来てるのに主役が抜け出すはずも無いし。
「そっか楽しかった?」
「うん! みんなであそんで楽しかった」
「それはよかった」
楽しかったなら何よりだ。
「ゆうくんも来ればよかったのに」
だが続けて悲しそうな声で言ってくる言葉に、少し失敗したと思いながら言い訳を考えて口にする。
「ほら、でもさ皆で一気に祝ったら勿体無いだろ?」
「なんで?」
僕の言葉に首を傾げて尋ねるユキ。
「折角のユキの誕生日だから、お楽しみが昼だけで終わったらつまらないだろ? 昼だけで僕もユキも遊び疲れてしまったら、夜の楽しみが減ってしまうと思わない?」
「う~ん」
僕の屁理屈じみた言葉にユキは手を顎に当てて、難しそうな顔で考えだす。そんなユキを見てあと一息だなと思い僕は畳み掛けるように口を開く。
「それにね。僕は誰にも邪魔されず。ユキにプレゼントを渡したかったんだよ」
「え、プレゼント?」
その言葉に反応したユキは期待を秘めた目を僕に向ける。
「そう。ユキの誕生日なんだから、ちゃんと喜んで貰えるように、二人きりの時に渡したかったんだ」
「わたしだから?」
「そうだ。でも昼に僕が出てたら、皆と一緒に渡さないと不自然だろ? 僕はそんな風に渡すのが嫌だったんだよ」
「そ、そうなんだ。えへへ」
僕の言葉に嬉しそうにはにかむユキを見て、僕は上手く誤魔化せた事を確信する。
「でも二人だけの時に渡したいなんて僕の我侭だったよ。ごめんユキ」
「う、ううん。そんなことないよ!」
「そっかありがとう」
「う、うん。それで、あのね?」
僕の謝罪を必死で許したユキが期待した顔を僕に向けてくる。分かっているさユキ。プレゼントが欲しいんだろう?
僕は口の端が吊り上るのを必死で我慢しがら、少しユキをからかう事にした。
「うん、何?」
「えっとだから」
両手を胸の前で絡めながら、「その、だから」とプレゼントと言う言葉を自分から言うことに躊躇いを見せながらユキは恥ずかしそうに視線を僕の方に向けたり下に向けたりを繰り返す。
「ああ、そうか」
その僕の何かを察したような言葉に嬉しそうに僕を見るユキ。嬉しさを隠せず、今にも『そうだよゆうくん!』と言う言葉が聞こえてきそうな顔をするユキ。良い顔をしていると思う。
「トイレを我慢していたんだろ? 気にせず行っていいよ」
「え?」
予想と違った僕の言葉に一瞬理解できなかったのか、呆然と声を上げたユキだが、少しすると形の良いその眉が吊り上り始めた。
「ちがう」
「え?」
ユキの怒った声に今度は僕が、さっきのユキの様に、だけど業とらしく声をあげる。
「がまんしてない」
「そっか、じゃあどうしたの?」
「……いまふたり」
僕の言葉に顔を俯けて小さく呟くユキを見ながら、僕は気づかれない様にプレゼントを手に取る。
「そうだね」
「だから!」
「はい、誕生日おめでとう」
そして声を荒げながら顔を上げるユキの前に僕はプレゼントを差し出した。
「え?」
先ほどと同じように声をあげるユキ。でも少しして浮かべたその表情は先程とは違う満面の笑みだった。
「も、もう! ゆうくんは!」
「はいはい、ごめんね」
腰に手を当てて、いかにも怒ってますとでも言いたげに僕を見るユキだが、先程まで「ありがとうゆうくん」と言いながら僕に抱きついて居た事もあり、正直まったく怖くないどころか怒っているのかさえ疑問だ。
事実ユキは必死で怒りの表情を浮かべようとしているのだろうけど、さっきから何度もにやけてしまうのを隠せていない。なんか頑張れユキ。
「はんせいした?」
「うんした。凄くした」
「ならゆるしてあげる!」
にこっとまるで音が聞こえそうな満面の笑みと共に僕はユキから許しを得ることが出来た。
「あけていい?」
「良いよ」
僕を見て聞いてくるユキに偉いなと感心すると共に、よく躾ているなとこの場に居ない美夏さんへ尊敬の念を抱く。
そんな僕の心の内など知らずにユキは目の前で袋を開けて中身を取り出す。
「わあ」
驚いたような、だけど確かに嬉しさの混じったその声に僕は安心と嬉しさが込み上げてくるのを自覚する。ただそれをユキに知られるのは何だか気恥ずかしくて、僕は必死で普段どおりの顔を作る。……多分それは成功していたと思う。
「どう?」
「すごい! きれい!」
イルカの人形を中心に、星の形をした砂などが飾られていてそれらが丸いクリアケースに包まれている海をモチーフにした置物。そしてその台座の部分には少しだけ仕掛けがある。
「そこ押してみて」
「どこ?」
「ここ」
「わかった!」
僕が指し示す場所をユキが押すと音楽が流れ出した。曲名は僕は知らないけれど、その音色は正直綺麗だと思う。
「!?」
「どう、かな?」
ただ驚いたと目を開くユキに、僕は気に入ってもらえるかな? と少し不安になる。
「すごい! すごいよゆうくん。きれい!」
「そっか」
先程以上の笑顔を共に今にも飛び跳ねそうな程の嬉しさを身体で示しながらそう言ってくれるユキに、今度は僕も笑みを隠すことが出来なかった。
「ありがとうゆうくん!」
そしてまた抱きついてくるユキを僕は黙って抱きしめ返した。
その後はと言えば、ユキが来ているのだから勿論母親である美夏さんも家に来ている訳で、抱き合う僕を見て散々からかわれた。とは言っても主にからかわれたのはユキであるのだけど、そこから飛び火するから中々に疲れた。
何せユキの誕生日会の最中に母さんまで一緒にからかい始めたからだ。そんな二人に父さんと叔父さんは注意をするわけでもなく、一緒になってからかう事まではしなかったけれど、酒に酔っていたのか楽しそうに馬鹿笑いをしているだけだったのだから、本当に疲れた。
……ただユキの嬉しそうな笑顔に、来年も再来年もまたこんな風に祝えたら良いなと思う。いつかユキにとって大切な誰かと祝う日になるその時まで。
終わり
お読み頂きありがとうございました。