03
白の雪
僕にとって彼女の最初の印象は白
それは初めて出会った日に降っていた雪のせいなのかもしれない。
でも成長していくにつれて、少しずつ色が変わっていく。
「なあ裕也どっか寄ってかね?」
「いや、今日は疲れたしやめとく」
「あ~まあ今日はしゃあないな」
放課後、遊びに誘ってくれる友人に悪いと思いながら断る僕に、そう言って納得してくれた。
「じゃあな裕也」
「おうまたな」
他の友達とも別れの言葉をかわし、僕はやっと学校から開放された。おおげさかもしれないけれど、授業は疲れるのだ。はあ、勉強で頭を使い、眠気を誘う教師の言葉との戦い。……少し大袈裟すぎるか。
はあ喉がかわいた。帰り道の公園に確か自販機あったから寄っていくか。
公園に付いて自販機でコーラを買って僕はベンチに座る。悲しい事に、他に人は居ないようだ。とりあえず一息ついて帰るとしよう……。
「み、みずたにゆきです」
ユキと名乗った少女は恥ずかしそうに俯いた。
正直可愛いと思った。とは言っても小動物てきな可愛さを感じたんだと思う。
「西野裕也。よろしく」
そう言って僕は少女に手を差し出した。学校では皆初めて会う奴には握手してたし
僕にとってそれは自然な事だった。のだけれど、少女ユキはおじさんの背中に隠れ不思議そうに僕を見つめ返してくるだけだった。
「あら裕也ってば振られちゃったわね」
母さんは笑ってそう言ったけれど、僕はユキの態度に怖がられてるのかと、少しショックだった。
そんな僕を見て、何か思ったのか、少女のお姉さんだろうか? 凄く綺麗な人だ。その人がユキに『手をつなごうって、裕也君が仲良くしようって言ってくれてるのよ』とユキに言った。
その言葉に僕は少し思う所があったのだけど、何か言ってはいけないような気がして僕は言うのをやめておいた。
そしてユキは少しずつ僕の方に近づいて、手を握り返してくれた。
小な手、寒さで少し冷たくなっていた小さな手だった。
そしてユキは恥ずかしそうに、でも笑顔を見せてこう言った。
「暖かい」
その声が、言葉が何故だかとても印象に残った。
「うん?」
しまった少し眠ってしまったようだ。少しだけ空の色が変わってる。
「昔の夢か」
懐かしい夢だった。あの後綺麗なお姉さんが、ユキの母親だとしって驚いたっけ。
そして僕とユキはすぐに仲良くなって、なんて事は無くやっぱりユキは夏美さんやおじさんの背中に隠れて、離れた場所から僕を見てくるだけだった。
ただその隠れる場所に母さんまで追加されたのは、地味にショックだった。僕には怯えて母さんにはすぐなついたのか、と子供心ながら思ったものだ。
でも隠れる場所が母さんの背中になっても、僕を見てくる事にだけは変わりは無かった。猛獣か何かと思われていたのだろうか?
そしていつもそれを見て、母さんと美夏さんは笑っていた。たまに美夏さんがユキに何かを告げては、ユキが頭を振るというような行為もあったのだが、未だに何を言っていたのかは教えてくれない。
一度気になって夏美さんに聞いた事があったけど。
『う~ん裕君には秘密かな』
とウインク交じりにそう言っては、いつも教えてくれなかった。それでも何度か聞いたものだ。いや、今思い出してもそう言った時の美夏さんはかわ……とにかくユキが今ほど僕に話しかけてくれるのには結構な時間がかかったものだ。
昔を懐かしみ、思い出に浸ってると僕のポケットが震えた。正確には中の携帯電話だ。
着信は家から、何かあったのかな? と思って僕は電話に出た。
「もしもし」
『あ、ゆ、ゆうくんですか?』
なんで家の電話からかかって来てユキが? そして何故か敬語だし、少し笑いそうになる。
「どうしてユキが?」
『あ、ゆうくんだ』
そりゃ僕の携帯だからね。
『あのね。ユキも今日晩御飯一緒に食べるの』
「僕の家で?」
『うん! だからお母さんがゆうくんにもちゃんと伝えておきなさいって』
別に母さんが良いって言ってるんだろうから、僕が断る理由が無いのはわかってるはずだけど……あの二人またユキをからかって楽しんでるな。
「そっか分かった」
『うん。はやく帰ってきてね。まってるから!』
「わかったよ。もう帰るから」
『約束だよ?』
「はいはい、約束しますよ」
そんなに信用無いのだろうか?
『ほかの女のところにより道したら、だめだからね』
「するか!」
『え、あ、ごめんなさい』
また母さん達だな。絶対ユキは意味が分かってないだろう。本当にあの人たちは、美夏さんも実の娘に変な事言わせないで欲しいよ。
「怒ってないから、すぐ帰るよ」
『うん、またね』
「はい、あとでね」
『……』
少し待ったが電話が切れる音がしないので、こちらで切っておいた。
家に着いてドアを開けると、奥から勢い良く笑顔のユキが走ってきた。
「ゆうくんおかえり!」
「ただいま」
僕は言ってユキの頭を少しだけ撫でる。
正直こんなに嬉しそうに迎えられると、少し恥ずかしいけど嬉しい。
「そのエプロン」
ユキは子供用のエプロンをつけていた。初めて見るけどなかなか似合っている。
「にあう?」
そう言ってユキは恥ずかしそうで、でもどこか不安そうに見上げてくる。
「ああ、似合ってる。可愛いよ」
「あ、ありがとう」
ユキは顔を赤くして俯くと、小さな声で言った。やっぱり恥ずかしかったのか。どうせ、また母さん達に無理やり着せられたんだな。
「ゆ、ゆうくん。わたし先にいくね」
「ああ」
ユキは足早に奥に消えていった。いつもなら待っていてくれるのだけど、この反応は何だか少し出会った頃に戻ったような気がする。でもよく考えたら昔のユキなら恥ずかしいなら僕の前に一人で来ないし、話しかけてもくれなかった。やはり何だかんだで成長してるんだな。
しみじみと僕は昔を懐かしみながら、靴を片付け居間に向かった。
「ただいま」
「あらおかえり」
「あ、おかえりなさい裕君」
母さんとそして、美夏さんが笑顔で迎えてくれた。あれ? ユキの姿が見当たらない。
「ユキは?」
「ユキは照れちゃったみたいで、何処かに隠れちゃった」
そう言って美夏さんは楽しそうに笑う。
「あんたユキちゃんを『可愛い』って褒めたんだって?やるじゃない」
母さんがからかうようで、どこか嬉しそうな顔をして言ってくる。ユキが言ったのか? いや自分から言う娘でもないような……それに母さんだって変な意味で言ったんじゃ無いのはわかってるくせに。
「ユキに聞いたの?」
「ええ、ユキにエプロン姿褒めてもらえた? って聞いたら、あの子ったら顔を赤くして俯くものだから気になって」
「いやいや」
恥ずかしがってるんだし、そこは聞くのはやめてほしかった。
「それでね、私が『褒めてくれなかったの?』て聞いたら手をもじもじさせながら『かわいいって』って小さな声で言うのよ。いや~我が娘ながらほんとに可愛かったの」
「娘で遊ばないでください」
「裕君ったら酷い。私は娘を可愛がってるのよ?」
嘘だ。いや嘘ではないか。可愛がってるのは本当だろうし美夏さんがユキにべた惚れなのは知ってるけど。
「美夏さん顔がにやけてますよ?」
「あらら。でもほんとに可愛かったのよ? 裕君にも見せてあげたかったな。あ、でももう見たのよね? あの子が裕君に『可愛い』なんて直接言われてそんな反応しない訳ないし。どう裕君? 可愛かった? いや可愛かったわよね。本当にあの子ったら裕君が……」
「はいはい、可愛かったですから、落ち着いてくださいね。あと可愛いからって、二人ともユキに無理やりエプロンとか着せたりしないでくださいね」
美夏さんが暴走しはじめたので、言葉をさえぎって僕はそうつげた。母さんもよくやった言いたげに頷いてる。
「ああ、でもユキちゃんに無理やり着せてなんかいないわよ」
「そうよ裕君。ユキが嫌がるのに無理に着せたりなんかしないわよ」
本当かよと思い、僕はうさんくさそうに二人を見る。
「裕君ったら疑り深いわね。本当よ。ただ『着たら裕君がきっと褒めてくれるわよ』って言っただけよ」
「そうそう、それで私が『ユキちゃんがエプロン付けてくれたら、裕也きっと喜ぶでしょうね~あの子の疲れもきっと吹き飛ぶんだけど』って言っただけよ」
だけってあんたたちは。
「そしたらユキが自分で『……ゆうくんが喜ぶなら着る』って言ったのよ」
「そうそう、全くユキちゃんは良い子ね。あんたも良かったじゃない」
一応僕だってユキに懐かれてるという自負はある。そしてユキは素直で良い子だ。そのユキにそんな言い方をすれば答えは見えている。……全くこの親たちは。
「わかったよ。とりあえず着替えてくるから」
「はいはい、はやくね」
「裕君。ユキも一緒に連れてきてね」
「見つけたら連れてきますよ」
僕は手を洗うために洗面所に向かった。後ろから美夏さんの「裕君なら絶対見つけるわよ」って声が聞こえたが、とりあえず無視しておいた。
手を洗って2階にある自分の部屋に向かうと、ユキがいた。僕の部屋の前でうろうろしている。こちらには気づいていないようなので、少し隠れて観察することにした。
ドアのノブに手を伸ばすが、途中でためらって手を戻して俯く。そしてまたうろうろしだして、また手を伸ばして戻している。
どうやら隠れる場所を探しているが、勝手に入っていいのか迷っているようだ。うん、ユキ偉いぞ。良い子だ。
ただ時々「でもゆうくんなら」と呟いて、ドアノブに手を伸ばしている。だけど結局戻していた。
あれか、僕ならきっと許してくれる。でも怒られるかもしれないと迷っているようだ。だけど僕から隠れようとしてるのにその隠れる場所が僕の部屋っていうのはどうなんだユキ? そして帰って来た僕が部屋に戻ると思わないのだろうか。
そう思いながらも部屋に入るのか気になり、しばらく同じ行動をするユキを僕は見守るのだった。
つづく
3話目投稿 今回も前後編予定。