その6
基地のグラウンドに上がった私は、背部の機構を使い飛行の訓練をする。
手始めに上にゆっくりと上がることをイメージすると、背部からスラスターの噴出音が出てきて、どんどんと体が浮いていく。
バランスが崩れないよう、左右の十字はぐるぐると動き、噴出口の位置が変化していることを十字を模した図形の変化で直観的に分かる。
そして30mぐらい上昇すると、私は前に急加速をするイメージをする。
するとイメージどおりにキャリバーは全スラスターを背後に向けて一瞬にして急加速し、夜の街を駆け抜ける……気分は良いわね。
噴出口を野市を制御し右側に旋回したり、左右のクロスの噴出口を側面に稼動させての急加速……
アレンがやった動きも試し、何とか成功する。
肉体の一部のようにこの機構が馴染んできて、私はあの日思っていた事を思い出す。
こうやって蒸機鎧に乗って、空を飛びまわりたかったと。
こんな余裕の無い状況で念願かなって、もうちょっと余裕ある時に空を飛びまわりたいけど、これ以上動かして負担がかかりすぎたら本末転倒、そう私は考えた。
その後減速しながら基地に向かい、そしてスラスターを制御して難なく着地し歩いて格納庫に戻り機体を座らせ、コックピットから降りる。
夜の冷えた荒野の空気が私の鋼鉄仕掛けの肌に染みた。
「慣らしはどう?」
リチェットが私に近づいて、声をかける。
「悪くないわね……直観的に、肉体の一部に空を飛ぶ機能がつけられたような感覚よ」
「なるほど……ならジパング機相手にどの程度やりあえると思って?」
「……割といけそうだけど、やっぱりあっちの方が急加速能力は高そうに思えるわ……まぁ、あっちは低威力のオートマチック砲しか使えないから、立ち周り次第では一方的に倒せそうね……」
「ふむ……ですが突出はなさらぬように。前回のように突っ込み過ぎてしまえば、こう幸運は何度も来ないものですわ……」
リチェットは少し暗い顔を浮かべる……リチェットは私が来る前のフェニックス基地での戦いや、列車での戦いで一杯仲間を失った……
私もだけど、リチェットの方が一杯、仲間が死んで悲しい思いをしてる気がする。
「解っているわよ、中尉の機体は長距離砲撃仕様なんでしょ?援護砲撃期待してるわよ?」
「ええ、前任に負けない様な仕事はしますわ」
リチェットはニヤリと笑みを浮かべ、私に返した。
夜が明けつつある中、何十隻もの飛空艇が編隊を組み低空で荒野を飛ぶ。
その殆どが寄せ集めか、少数精鋭かの極端な構成、私はその編隊の中心の飛空艇の中で待機していた。
先陣切って居るジパングの飛空艇隊が蒸機鎧を用い、索敵をしながら進んでいるため、蒸機鎧の中でスクランブルまで待つ必要はなく、私は操縦室の助手席に座り連絡が来るまで外を覗いていた。
辺りはまだ荒野で、山岳の中に入っていない。
地平線が見える程に広大な荒野……南西部特有の雰囲気ね。
「……一体、南軍残党も逆卍団も探す鍵の扉は、何が入った扉なんでしょうね」
来夏が呟く。
「大体ろくでもないものしかないと思いますわ……」
別の助手席に座ったリチェットが言う。
確かに夢で見た戦争の兵器だとすると……この飛空艇でも一瞬で壊されそうだわ。
「そうね……」
「だからこそ、この作戦には失敗は許されない……ただ、今気張り過ぎてもどうにもなりませんわね……まぁ、敵が居ると連絡が来るまではリラックスした方が得策ですわよ」
「え……リチェットにしては柔らかい意見ね」
ちょっと驚く、リチェットなら一日中気休めなんてしない方がいい、って言うタイプって印象だったからだ。
「……私、そんな堅そうな女に見えました?」
「……ええ、何ていうかいかにもお嬢様って雰囲気だし……もっと肩筋張った性格っぽく感じたわね」
「はぁ……支援も無い、兵力もない、そんな切羽詰まった状況で肩筋張らないでいられるのはそうおりませんわ」
「まぁ、それはそうよね……」
「これでも私、普通の女の子ですので……貴方ほどタフではありませんの」
リチェットはにっこりとほほ笑む。
でも保安官をやれるほどの天才少女って……いや、それ言ったら私も同じようなものね。
「タフねぇ……私だってこれでも仲間が死んだら悲しむタイプよ?泣かないだけで」
「そういうのをタフと言うのですわ……全く、本当は娘じゃなくて父親本人じゃありません?」
苦笑いしながらリチェットは言う。
皮肉と言うよりは冗談めいた、悪意の薄い言葉ね……まぁ来夏のように、悪意は皆無でズケズケと毒舌を吐き散らす人種もいるけど。
「ゴシップ誌にも一杯言われたわ……実は死んだパパが娘の仇の為に地獄から這い上がったとか……それなら普通に考えれば女の子の姿で復活する訳ないじゃないの?」
「……女装趣味があったり、冗談半分で博士に女性化願望を話してた結果そうなった、とかなら辻褄が合いますね」
来夏だ、ちょっと楽しそうに言いながら操縦を続けている。
「……来夏、減俸食らいたい?今の凄い失礼よ」
流石に今のは言いすぎだ、少なくともパパはそんな人間じゃない。
だからきつく、冷たい感じに言っておく。
「あ……ごめんなさい、失礼な事ですね、はい……」
来夏ははっとなった様子で謝る。
これ以上言及する事もできるけど、何かそんな事をやったら来夏も泣きそうだからやめよう。
「……まぁ謝って今後気をつけるようなら別にいいわよ……」
「……ありがとうございます」
「父の敵討ちが志願の原因、ですものね……」
リチェットだ、私の志願理由を新聞とかで調べたのかしら。
「ええ、アレンと、逆卍団、どっちも倒したいから志願したのよ……逆卍団の方はね、私のクラスメートを酷い目に遭わせてたから、その仇って意味もあったの……まぁ、生きてたけど」
「それは幸運な話ですわね……」
「そうね、だけど彼らの犯罪で一杯人が死んだ。バカげた行動だと思う、だからここで……終らせないといけないわ、絶対に、そう、絶対にね」
私は宣言する、もう、こんな戦いは終わらせると。
けど、戦いの後どうするかはあまり考えて無かった。
軍隊をやめるのも悪くは無さそうだけど……辞めた所でやる事なんて無いわよね……
いっそ左官……行く行くは元帥でも目指す為に勉強でもしようかしら?
普通の女の子みたいな人生なんて、気が向いたら送ればいい、機械の体って恋をする時は引かれそうだけど、はっきり言えば老けないわよね……
老けないと言う事はそれだけでアドバンテージ……後はこう、怖いイメージもちょっと甘えたりして弱さを見せれば逆にギャップでいけそうね……
うん、どう転んでも大丈夫そうな私の人生、そういう未来を掴むためにも、やらなきゃいけないわね。
ネガティブに行くよりポジティブに行く、そっちの方が私らしいわ。
「ところで、この戦いが終わったらバカンスにでも行ってくつろがない?」
「縁起悪いですよ戦いが終わったらの話なんて」
来夏が心配げに言う。
そういえば戦闘前に戦いが終わったらという話をするのは、演技でもない言葉ってよく言われてたわね……
まぁ、迷信の類だとは私は思うけど。
「私は迷信を信じない方よ。それにハワイのパールハーバーなら軍に適当な書類を作れば行けるわよ?」
「ハワイでバカンス……俗ですが、嫌いじゃないですわね」
「うーん……でも隊長、縁起が悪い依然にひとつ、問題ないですか?」
「え?」
「……その体じゃ、錆びますよ?」
機械は錆びる、その来夏の的確なツッコミは縁起が悪いと言うツッコミよりも、遥かに戦う前から勝利気分だった私の頭を覚ますのに十分なぐらい、力のある言葉だった。
感想、誤字脱字報告お待ちしております。




