幕間
ついてないな、そうビルは思った。
列車の上に立ち、90mm速射砲……長い銃身と持ち歩くには聊か大きな大型弾倉の歪な形状のセミオート式の大砲を用い、列車上に配置し飛んでくる機体を撃墜していく。
爆ぜる機体、敵も45mm砲を放ち応戦するが、ガバメントの装甲に弾かれ、衝撃は多少機体を揺らす程度に留まる。
弾数はどのぐらい残っているか解らない。
老体には蒸機鎧の操作はきつく、スティックを握る手が汗に塗れる。
カチャカチャカチャと速射砲が弾切れになる音が鳴る。
ビルは咄嗟に後ろに跳躍し、腰の120mm砲を引き抜く。
次の瞬間にはまるでハゲタカのように、ジパング製蒸気鎧2機が速射砲の場所に急降下していた。
彼らに対しビルはファニングを行い、2連射で的確に2機の蒸機鎧の胸部装甲を抉り落とす。
その後ビルは周囲を確認した。
護衛の飛空艇の1機がジパング製の蒸機鎧に貫かれ、爆破炎上し墜ちて行っていた。
「……キャロル大尉及びリチェット臨時少佐の代理として命令する。列車は後続車両を切り捨て突破、護衛隊は列車に続きながら撤退しろ!殿はワシがやる!とっとと走れ!」
ビルは起動してあった拡声機を使い叫ぶ。
リチェット達はキャロルの確保に向かわせた、キャロルは恐らく暴れるだけ暴れている。
何か間違いが無ければ敵も多大な被害を被り撤退している筈だ……なら、何とか逃げられる。
しかし本当に運が悪い、そうビルは思いながら、リボルバー式の120mm砲を車両に後ろから飛び移るように後ろに跳びながら撃ち、もう1機接近したジパング製蒸機鎧を撃墜した。
車両がガタリと動き、後続車両を切り捨て列車はホバリングから、前に進み始め加速する。
それに対し飛行し追撃を行う敵機体はビルの蒸機鎧相手に上を取り戦う。
通常の蒸機鎧のパイロットなら、狙いを付ける前にやられるのが常でる。
だが、ビルは経験と訓練により、蒸機鎧を自分の肉体のように動かせるようになっていた。
そこまでのパイロットを探そうものならアメリカ大陸の中で500人居るか居ないかというレベルだろう。
キャロルも通常の操作方でもその一人に入るほどの実力があり、また、彼女の部隊に人員が来ない最大の理由であった。
単純に言えば、彼女やビル程の練度を持った兵士を育てるのが戦後の今現在困難であり、また、希少であるからだ。
特殊部隊とは言え、新造の部隊に入れられる人材ではない。
大抵は各軍格部隊の、エースクラスに居るからだ。
エースクラスを集めようものなら、相当な反発がある。
現在キャロルが戦果を挙げた今ですら、軍内部ではそれがねつ造ではという懐疑的な情報が出てる始末だからである。
他の飛空艇が抜け出すのを確認しながら、ビルは敵の蒸機鎧を1機、2機と牽制をしながら落とし続ける。
「無茶苦茶だ!これでは積荷が届けられないではないか!」
列車の責任者……ラインフォードから、この絶望に嫌気が刺し叫ぶような通信が来る。
「うるせぇ!そう思ってるならとっとと言われた通りに突っ走れ!上手く行けば生き残れる!」
ビルは怒声で返す、もうこうなったら自棄でしかない。
進めば恐らくはアレンら南軍残党、止まれば逆卍団の連中。
どっちにせよ挟み撃ちの形なら、足掻くだけ足掻くしかない。
「最悪だ……今までになく最悪だ……!」
絶望の声をまた、ラインフォードが上げる。
「ああ、ワシも死ぬかもしれん……ひとつ聞くが、命と積荷、どっちが大事じゃ?」
煩いと内心ビルは思う、だが煩い上司の相手など慣れきったビルはその言葉を心の中に閉った。
「命に決まってるだろう!いやまて、まて、あの鍵は……」
ラインフォードは悩む。今回頼まれた積荷の「鍵」は、小さな箱に入ってるものだ。
依頼人はロックフェラー財団の御曹司、彼曰く今の保管場所では守りきれないと言っていた……別の保管場所への移動が今回の仕事だった。
「鍵」はロックフェラー最高レベルのガードマンと、蒸機鎧乗りで守られるはずだった。
だがその半数がフェニックス駅にたどり着く前の襲撃で死に、残った半数は駅につく前に依頼を投げ捨て逃げ出した。
飛空艇に乗った蒸機鎧の弾幕、待ち伏せをした蒸機鎧の攻撃に何度も脅かされ。
その激しさは生き残っただけでも西部の伝説と言われる程の苛烈さであった。
だがそれでもラインフォードは仕事を投げなかった。
彼の列車乗りとしての矜持であった。
積荷を捨てると言う事は強盗団に屈するも同じ。そうも考えていた。
今までにない襲撃、それほどにまで重要なものであると、彼は認識していた。
そう、喩えるならばこの合衆国の根底を崩壊させんとするほどの代物であると。
だが、大量の怪我人、逃げる味方、既に絶望でしかなかった。
揺れていた絶望の心、後悔の心が心を支配する。
しかし現実に退路は無い、進む先も地獄であった。
逃避は許されない、その現実が彼の意思を絶望から、必至に足掻こうとする世界に引き戻す。
「……生き残っている乗員は全て先頭車両に集めるだけ集めろ……「鍵」も無理やりにでも持ってきてくれ。あれさえ持ち出せれば後は問題はない!それが終わり次第、すぐに更なる後方車両を切り出すぞ!」
最早やれるだけの手を尽くす、自分がこの件の責任を負う覚悟を背負うしかない、そう結論付け、決断した。
ココぺリ・ラインフォードはただの凡庸な列車乗りでなく、覚悟を持つ列車乗りになったのだ。
「決断が遅かったな……」
苦い表情を浮かべながら、ビルは列車を降りその陰に隠れながら弾丸を装填する。
列車の対空砲は何機かあったが、全て45mm砲の直撃か、急降下した機体の突きにより相討ちの形で銃座を貫かれていた。
護衛の飛空艇も疲弊しており、弾幕を貼りつつ凌ぐのが精いっぱい。
だが、それでもビルは先に逃げず死守しようとしていた。
西部の男の意地か、はたまた最早自棄になったかは解らない。
だが、必死に砲を構え、弾幕を貼って凌ごうとしていた。
そうして奮戦するもまた1隻の飛空艇が張り付かれ、カタナによりジャイロを切断され、落下していく。
最悪だとビルは感じる。テッカン島の時と違い、戦力比はおよそ数倍。
このままではどうあがいても死しか待っていない。
がこん、という音が鳴り、後方車両を切り離した先頭車両が更なる加速を始める。
「今終わった……ああもう大損失だ、最低最悪の日だ、第一何でジパングのテロ組織までやって来るというのだ……」
「大方「鍵」でもお求めのようじゃねぇのか?」
そう言いながらビルは後ろに120mm砲を何発か撃ち敵機を牽制した後、先頭車両に飛び乗る。
ガバメントの運動性能は高く、フットペダルにも素直に反応するため飛び移るのは容易であった。
まだ2機、生きてる飛空艇はある。その2機が弾幕を貼り、追ってくる敵機を撃ち落とす形となればいける、そうビルは考えながら、腰の左側につけてあるオートマチック砲を取り出し何度も射撃し、接近する機体を迎撃した。
必死の迎撃に敵も損害をかなり出したのか、どんどんと勢いを弱め、退いて行く。
ビルは少し、楽になった気分になる。
だが戦力を立て直すための撤退か、それとも、本当に逃げたかは分からない、安堵するにはまだ早い。
「こちらビル、来夏軍曹、どうなってる?」
気を引き締め、デルタ部隊内の通信チャンネルに合わせビルは問いかける。
「あ、はい、南軍残党は撤退、あと援軍としてジパング軍の特殊部隊と合流しました、ですが……隊長機は大破、隊長は生きてますけど、意識が戻ってません……」
ジパングの援軍が来るには少し遅すぎたとビルは感じる。
隊長機が大破した所を察するに、恐らく南軍相手に暴れるだけ暴れたが、それでも追い詰められ大破。
しかし南軍残党も増援のジパング軍が来ると悟った為撤退したと、ビルは見抜いた。
次の瞬間だった。
列車の背面に何かが当たり、爆ぜる音がした。
がたりと揺れる列車。ジャイロをやられたと判断したビルは飛び降り、上を見上げると、そこの画面には、紅い、長い銃身の120mm砲を二門手に持ち構えた、ジパング製の機体が浮遊していた。
そしてその周囲に、およ数十機のジパング製の蒸機鎧が護衛するように陣を組んでいた。
「……上だ!迎撃しろ!」
ビルは叫びながら120mm砲を構え、ファニングを行い弾幕を貼る!
味方もそれに呼応し弾幕を貼り、1機が落ちる、だが敵もすぐにそれぞれ小隊別に陣を組み、突撃を始めた。
迎撃態勢をとるも、また1機の飛空艇が、今度は紅の機体の120mm砲により爆散し墜ちる。
ジャイロを狙った的確な一撃だった。
ビルはオートマチック砲を抜き、紅い機体に対し何度も撃つ。
だが、的確であるはずの射撃はまるで心を読まれているかのように、未来を見透かしたかのように、回避され続けた。
「クソっ、何だあれは」
ビルはぼやく。あれは敵の真作鎧だというのかと。
そうしているうちに、すぐにもう一つの飛空艇も沈められる。
炎上し崩れ落ちる飛空艇。生き残った蒸気鎧は飛び降り、そしてすぐに地を蹴り反動を相殺してその後に水平に跳びながら移動し120mm砲を何度も撃ち落とそうとするが、そこをジパング製の蒸機鎧が弾幕を掻い潜り突撃し、切り裂かれる。
既に勝敗は決した。敵の増援、いや高空に待機させた伏兵によっての強襲による敗北だ。
これ以上の死守は不可能、だがビルはそれでも、両手の銃を撃ち続けた。
1秒でも長く時間を稼ぎ、援軍に間に合わせる。
それがビルの持てる軍人としての、ガンマンとしての意地に近いものだった。
彼には妻が居た。
名前はジェーン、南北戦争では夫婦として、ワイルド・ビル&カラミティ・ジェーンの2つ名として蒸機鎧を駆り最前線の強行工作員として戦っていた。
生還率の低い部隊で、彼とジェーンは戦い抜いた。
隣に居た仲間が毎回の作戦で一人ずつ入れ替わるような狂気の中で、2人は愛と信頼を持って戦い抜いた。
だがある日ビル達は南軍基地がある町に潜伏滞在し、北軍の基地を強襲し大量の機密情報を奪う為、南軍の一個大隊が動くとの情報を最前線に侵入した隊員の手で入手した。
大規模作戦の情報、これを伝えなければどれだけの損害かわからない作戦だった。
だが侵入した隊員はその証拠となる書類を渡すと、ビル達の眼の前で息だえた。
背中からは血が流れでて、撃たれた状態で最後の体力を振り絞りこの書類を渡した。そうビル達は捉えた。
そしてすぐに追手の足音を聞いたビル達は宿の窓から飛び降り、蒸機鎧に乗り込み走って逃げる。
逃げる先は一番近い北軍陣地、そこのジョン・ヘンリー・ホリディ中佐にこの情報を渡せる通信距離まで移動するしかなかった。
追撃隊はすぐに飛空艇を使い折って来て、一人、また一人と息絶えて行く。
そして最後に、ビルとジェーンだけとなった、飛空艇はまだ執拗に追撃を続ける。
ジェーンは言った。自分が囮になり、ビルを逃がすと。
ビルは反対した。だがジェーンは言った、ここで誰かが死ななければ情報は伝えられない、なら、ビルに生きて欲しいと。
ビルはジェーンに生きて欲しかった、どちらも互いに互いを生きて欲しかった。
だが時間が無かった。
飛空艇のジャイロ音が、大きくなっていく。
それは敵がどんどんと接近していることを示していた。
ビルは逃げた。
後ろは見なかった。
砲声と爆音が聞こえ、それが収まるまで全力で走り続けた。
そうしてビルは生き延び、ホリディ中佐に情報を伝える事ができた。
そして機密情報は何とかホリディ中佐により奪還できた。
戦後知った話だが、ジェーンと追撃船は数十分に及ぶ激戦の末、相討ちになったという。
そのため、情報が来るのが遅れ、ジョンの作戦が成功した。
作戦としては正解だったが、ビルの心にはどこかぽっかりと空いた穴が出来た。
だからこそ、来夏やキャロルを見たとき、妻のように死なせはしないと考えた。
キャロルに関しては危なげのある場面もあり、そこで毎回フォローを入れるのは骨が折れたと、つくづく思う。
一人で強襲してキリのいい場面で撤退してくれると思ったら、機体大破で本人は気絶という結果、まだまだ、自分がサポートにつかなければ危なっかしいと思った。
だが、どうにもキャロルと共に戦うのはこれ以上は無理だと悟る。
恐らく自分は死ぬ、だが、死ぬまで精いっぱい、1秒でも多く時間を稼ぐ、かっての妻のように。
ビルは地を蹴り加速しながら、両手にそれぞれ持った70mmオートマチック砲と120mm砲の引き金を引き、放つ。
何機かの空を飛ぶ蒸機鎧がまた爆ぜる。
敵の45mm砲が飛んでくるが、ガバメントの装甲に当たり、爆ぜ、衝撃が来る。
装甲版が何枚か剥がれても、ビルは怯まず、恐れず、機体を制御し撃ち続ける。
「ええい!何故落ちない!」
逆卍党の兵士の叫び声が聞こえ、ビルはそれは狙いが下手だからだと心の中で考えながら、足を踏み込み、敵に接近する為前に跳躍する。
大量の敵のうち1機に接近しながら撃ち続ける、だがすぐに120mm砲も70mm砲も弾切れを起こし、前方の、接近する自分に向け向かい討とうと片手で刀を向けたジパング機に向け、両手の銃を投げつける。
「がっ!」
敵機は体制を崩し、その隙にビルは足を器用に動かし、敵機の腹部に向け蹴りを放つ。
キャリバー程ではないが、高い馬力を持ったガバメントの蹴りにジパング製の機体は耐えられず空中で分解し墜落していく。
その際その機体の手が開かれたのをビルは見逃さなかった。
ビルはすぐに敵の持ったカタナと45mm砲を手に取り、45mm砲を左右から来た機体に目がけ引き金を引く。
45mm砲の弾丸はジパング製の機体の装甲を貫き、破壊する。
飛行能力と生産性を得る為に、装甲の厚さを犠牲にしているとビルは考え、着地の瞬間地を蹴り後ろに跳ぶ。
次の瞬間、左側に強い衝撃がきた。
「ぬぅっ!」機体が急に回転し、ビルは右手に持ったカタナを使い強引に回転を止め、受け身を取った後立ち上がる。
一応生きている事を確認するが、今の衝撃は相当なものであり、ベルトに強引に押さえつけられたお蔭でコックピット内に振り回される事は無かったが、それでも肉体各部に強い痛みを感じた。
そして目前を見る。
目前には紅の蒸機鎧が、120mm砲を構え立ちはだかっていた。
「各機へ、奴へ手を出さず列車の捜索を急ぎすぐに「鍵」を回収しろ、奴は私が殺る」
若い少女の声で、ビルは聞き覚えのある声だった。
テッカン島の時、巨大な飛空艇から聞こえた声だ。
あれがあの飛空艇の艦長の声で、この蒸機鎧乗りなのだろうかとビルは考えた。
左腕のスティックを握り、動かす。だが反応はない、恐らく吹き飛ばされたのだろう。
そして武器は今は右手にあるカタナだけ、もうそろそろ天国かと、ビルは皮肉交じりに思った。
「貴様の策は時間稼ぎ、ジパングの蒸機鎧部隊の到着待ちぐらいは見抜いている」
「何故……解った?」
ビルは驚く、死の間際に見た紅の機体は、悪魔だったのかと。
「さてな?だが、貴様の目論みは全て徒労だ……徒労に相応しい、実にだ……実に!」
そう紅の蒸機鎧が叫び、そして両手に持った120mm砲を投げ捨て、帯刀したカタナを引き抜く。
「10秒以内に来い」
紅の蒸機鎧は挑発する。
10秒以内に先制攻撃のチャンスを与える、だが、ビルは後の先という言葉を知っていた。
先制で攻撃した方が先に自分の手のうちを明かし不利になるという法則である。
この挑発もそれを見抜いての事だろう。
目論みが徒労になったというのも、自分を焦らせるための策。
だとすれば、それに乗るのは愚策。
そう考えたビルは、カタナを構え、相手の出方を見構える。
相手の構えは無い、無形の位。構えがないからこそ、太刀筋がわからないという構え。
読ませる気は無い、或いは構える必要がないという慢心か。そ
うビルは考える。
長い10秒が、淡々と経過する。
蒸機鎧に取り付けられた、針がかちん、かちんと秒を刻み。
そして10秒が経過しただろうという時、紅い機体は背部の推進機の出力を最大にし、加速を始めた。
それと同じ瞬間、ビルは左側に横跳びしながら、回転を加え紅い機体を捉えようとする。
だが、紅の機体はビルの機体の視界にはなかった。
次の瞬間、衝撃が走った。
何があったか理解する前に、機体も、ビルも、なにもかもがバラバラになった。
ワイルド・ビルと呼ばれた荒野の英雄の一人は、死んだ。
コックピットを刀で切り裂かれ、即死であった。
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