その4
「腕を上げたなぁ!嬢ちゃん!」
忌まわしい声が聞こえた次の瞬間には、私はすぐに地面を蹴り後ろに跳んでいた。
キャリバーのスレスレを1つの弾丸が通過する。
一撃目は回避、私は牽制の為、左腕の120mm砲を速射する。
だがアレンの機体は空中でまるで地を蹴ったかのように横に動き回避する……今の動きは何?
私が奴への恐怖で見た幻影か、それとも現実かわからない。
だけど目で見た結果は、彼が空中でジパング製の蒸機鎧よりも機敏に動けるようになったと言う事だ。
私は彼に動きを読まれないよう、ジグザグにかつ不規則に縦横無尽に地を蹴り、もう一つの崖に移り、崖の合間に降りる。
岩壁を蹴りながら移動する事でジグザクに移動しながら、牽制として120mm砲を撃ち続けた。
互いに互いの攻撃は当たらない。けどどちらが推してるかは自明の理、アレンの方だ……私は怖かった、もう一度死ぬのが、恐怖が腕を鈍らせる、怒りではなかった。
私はそれでも後ろを取ろうと、岩壁を蹴り右側の崖の上に上がった次の瞬間に後方斜め上に跳び、その後下を見る……アレンは崖の間に居た、私を追おうと崖の中から右側の崖に移ろうとしている。
今がチャンスだ、そう考えた私は両手に持った二挺の120mm砲の撃鉄を上げ、引き金を引く。
だが弾は、放たれなかった。
視界に表示された残弾表示、そこでは両手の拳銃は弾切れと表示されていた。
まずい、冷静さを失った……?
私は思いながら両手の銃を捨て、機関砲を取り出し構え、引き金を引こうとする──
だが次の瞬間、轟音と供に肩に重い衝撃が走った。
<左肩部被弾!肩部被弾!肩部稼働率30%低下!肩部装甲緊急排除!速やかにパーツを交換してください!>
MAOSが文字を表示し、同時に人体を模したダメージ表示用のゲージの肩の部分の表示が真っ赤になる……私は左肩は危険と判断、けど、引き金を引き続け弾幕を貼りながら落下し、着地する。
その瞬間タイムラグが無いよう、後ろにまた水平に加速するように跳んだ。
「くぅっ……弾切れか!」
アレンはそう叫びながら、私の機銃を左右の急加速で逃れながら低空飛行し接近してくる。
まずかった、いくら私でも背後の状況は確認できない。
機動性を利用し、アレン程の凄腕相手に背後に回りこまれればどうなるかは自明の理だ。
それでも近接戦闘を行える距離でなく、ある程度の距離を保ちながら機関砲を回避するアレン。
私は恐怖と共に、焦りを覚える、ドンドンと弾は減り、そしてとうとう、弾切れになる。
アレンは両手に持った120mm砲のうち、左腕に持った方を投げ捨て、腰に帯刀した剣を引き抜き私に接近する……!
万策の尽きた私は咄嗟に左腕を向け、ワイヤーダガーを射出しようとする、だが左腕は動くもののワイヤーダガーは射出されない、それに力もない、そう考えているうちにアレンは高速で接近し、目前と言った所だった──
「今よ!」
咄嗟に私は、スチームパイルを起動する。
ガコン!という音が鳴り、私は勝利を確信した、だが、アレンの動きの方が早かった。
アレンは射出されたスチームパイルに剣を叩きつけてパイルの加速を相殺、そのまま肩から私に突撃
する!
<胴体破損!脚部損害!全体損傷率40%!危険!危険!>
吹き飛ばされ、また意味不明な文字。だけど、全身の表示が黄色くなっていることから拙いのはわかる。
けど立ち止まる事もできない。私はすぐに地面に胴体から叩きつけられる前に地面に足を叩きつけ、吹き飛んだ状態から強引に体制を立て直し、転倒を抑止する。
アレンの機体は空中浮遊機構を切り、私の30m先に立ちはだかった。
「なるほど、腕は悪くねぇ、だが、相手が悪かったな?」
アレンは剣を突き出し私に挑発する……怒りよりも、どうすればいい?という疑問が浮かぶ。
アレンの動きは早い、獣よりも早く、私ですら追いつけないぐらいだ。
だが、先ほどのスチームパイルという隠し武器に気付いたことで、私の行動を見計らう……大典太の時と同じ、拮抗した状態となる。
だけど今回は分が悪い、機関砲は弾切れになり、まだ敵機は居る。
キャリバーの全身にダメージは蓄積して、左腕の隠し武器は上手く作動しない。
大典太のパイロットが純粋な技量によって成り立った存在だとしたら、アレンは才能に技能、どちらも天性の代物、そしてそれに圧倒的な戦闘経験が加わっている……
状況的に、私の生存は絶望的だ。
「た、隊長!き、聞こえてますか……!」
来夏の通信が入ってくる。
「……何?」
右腕からチェーンダガーの、ダガー部を展開しながら私は来夏に問う。
「それが……背後から逆卍党の飛空艇約6隻が奇襲を仕掛けてきました!今ビル准尉達が防衛してますけど……そちらにはリチェットさんが支援に来ると言ってます!」
最悪のニュースだった、前面の南軍残党、後方の逆卍党、絶望を絵に描いたような状態。
笑いたくもなるぐらいに。
「リチェット……?何で彼女が?」
隙を見せないよう、私は腕から突き出たダガーを向け左腕を動かし右肩のオートマチック砲を抜き取り牽制する。
「戻ってくるのが遅すぎたからですよ!そうしたら私の飛燕号に飛び乗って……それで現場指揮をビル准尉に任せて今向かってるんですよ!」
もう何もかも無茶苦茶、私を助けに来るって……嬉しいけど、心配されてしまったのは申し訳ないわね。
「ありがとう、私もそれまで頑張るわ」
そう私はつぶやき、回線を切る。律儀にアレンは待っていたようで、構え、出方を見張るだけ。
勝利を確信しているからか、それとも、私の出した隙がフェイントであることを恐れての行動か。
多分後者ね、私の悪い予感は当たる。
それに、あの光線に側面への急加速……あれはパパと戦った時には見せなかった……ううん、恐らく本格的な改修を受け復旧した機能でしょうね……
じりじりと包囲する敵、技量も性能も上の敵エース格……何度も思うけど、バカみたいに絶望的な戦いだわ……
けど、リチェットの救援が来れば、敵の雑魚は彼女が引き受けてくれる筈。
私はこの静寂の空間で、アレンに向け意識を集中させ、彼の動きについて考察する……
彼は早い。だけど攻撃は直線的だ、単純明快な動きを圧倒的な反射神経を以ってして一流の戦闘方にする……それが南軍のトップエースの動き……なら、相手の一撃目にフェイントを行い、攻撃を誘導するやり方が有効……?
考え付くが、嫌な予感しかしない……けど、相手の反応の速さ……それを利用しない手は無い。
そしてそのタイミングは、そのチャンスは、恐らくリチェットの支援砲撃の時。彼が一瞬砲撃に関心を向けた瞬間……!
睨み合いが続き、緊張感で私は恐怖と興奮を両方味わう。
だが、それでも冷静でいよう、冷静であるべしと念じる。
「なぁ嬢ちゃん……俺ぁドクの奴とアメリカを賭けた賭けに勝ったんだよ、もう一度死ぬつもりなのか?俺にガキ殺しをさせるつもりなのか?なぁ?」
アレンが私に、何時でも攻撃できると殺気を向けながら諭す……揺さぶりでしょうね。
こういう場合、相手の話に乗っかるのは得策ではないわ。
私は沈黙で、彼の言葉に返す。
「ちっ……だんまりか──」
アレンがそう言った瞬間であった。
背後から爆音が聞こえる、リチェットのバントラインによる、支援砲撃だ。
私はすかさず左手のオートマチック砲をアレンに向け速射する。
そしてそれと同時に、右手をアレンからやや右の方へ向け突き出し、ワイヤーダガーを射出する!
気を取られた一瞬、アレンは咄嗟にオートマチック砲を左へ水平に跳び躱す。
だけどそれはフェイント!本命はそう、私が右側に射出したワイヤーダガー!
キャリバーの右手を全力でアレンへ動かし、ワイヤーダガーを側面から叩きつける──!
アレンは咄嗟に剣でダガーを受け止めようとする……だけど、私のパワーの方が今回は勝った!黄金の騎士は受け止めきれず、左側に吹き飛ぶ!
吹き飛んだ蒸機鎧はぐるぐると回転しながら、片方の崖まで吹き飛び、地面に叩きつけられる。
だけどこれで彼が死んだ訳ではない……私は彼へトドメを刺そうと地を蹴りワイヤーダガーを引き戻し手に持ち、アレンの蒸機鎧の元へと近づいた。
勝因はワイヤーダガーの一撃。
イチカバチかの賭けだった。
さっきは起動しなかったから、また機能しなければ恐らく負けてたのは私だった、そうつくづく考える。
けど、現実には運よく勝てた、もしというものは存在せず、勝ったという現実が全てだ。
これで、私のひとまずの復讐は終わる。
ぐちゃぐちゃな黒い執念に引っ張られず、新たな人生を歩める。
そう思った時であった。
背部から強い衝撃が襲い、更に左腕と胴体の付け根の部分にも今までと比べ物にならない、衝撃が襲ってきた。
次に、砲声が鳴る。一撃を喰らった私は体制を崩し倒れこむ。
<危険!危険!左腕部大破!背部ウェポンラック全壊!>
MAOSの移した人体グラフから、左腕が消える、絶望的な表示、けど、地面に叩きつけられた私は、唖然とするしかなかった。
背後からの攻撃は伏兵?でも、あの状況でキャリバーに回り込み、攻撃当てられるなんて……
アレンを相手にしすぎて注意をそらしすぎたのかと考え、猛烈な後悔の念に襲われた。
私は右手で這い首を上に向ける。
アレンの蒸機鎧は、私に向け120mm砲を向けていた。
恐らく、弾切れになったというのは分かりやすいブラフだった。
そして次に、私は首を180度回し、背部を覗く。
視界の奥に、黒いイエローボーイが居た。
私は立ち上がろうとするが、動けず、そして体制を崩し倒れ込む。
<危険!危険!パイロットとの意識リンク緊急切断!緊急切断します!>
よく解らない文字が表示された次の瞬間、私はコックピットの中に居た。
肉体をベルトに拘束され、モニターは砂嵐。
地面に仰向けになった状態でコックピットからは逃れられない。
絶望的状況、恐怖に駆られた私は必死にグラブスティックとレッグペダルで機体を動かそうとする。
<エラー!エラー!ボディの駆動系に損傷!稼働不能!自己修復中!>
MAOSから何かの文字が表示される。気づくと人体を模した図形……キャリバーでなく、私の状態を示す図形も、頭と胴体は辛うじて赤身がかった黄色、それ以外は全て真っ赤だ……
多分無理をした機動と、地面に叩きつけられた衝撃が原因……私はこのまま、死ぬのだろうか?
痛みは無いが、恐怖が頭をいっぱいに侵食する。
「ブラッキーか……お前偵察に行ったんじゃねぇのか?」
アレンの声が聞こえる、ブラッキー……恐らく、私を背後から撃った奴。
「ふむ……確かに私は行きました、ですがアレン中佐、列車は既にあの忌々しいジパングの悪魔どもに襲われていまして」
彼は偵察担当?私はこんな状況でも考察をめぐらせてしまう。
「マジかよ……どうする?」
「まぁ一時撤退すべきでしょうねぇ……他にも別のジパングの飛空艇が、こちらに高高度から接近してるとの話も聞きますので」
他のジパング……恐らく、私の仲間だ。
助けられてばっかりで、悲しくなる……リチェット、来夏、ビル……みんな私を助けてくれた、でも、みんな死ぬかもしれない、そう考えると絶望しか浮かばない。
私は結局ダメな女の子だ、力を手に入れても、ダメだった。
<ユーザー03の腕部両足部駆動停止。再生に動力のアカシャ粒子を集中させるため、仮死化エフェクトを起動します>
意識が薄れていく、何でなのかは解らない。限界が来たのかもしれない。
<ボディの修復が完了し、生命的な危機が完治するまで肉体の状態を仮死状態に固定します>
絶望しかなかった、悔しさではない。
ただ、無力であると言う絶望。
<なお、ユーザー03の仮死状態の間のストレス削除のため、余白時間はまた記録追体験エフェクトを再生します>
こうして私は、また、意識を闇に包まれた……
感想、誤字脱字報告お待ちしております。




