幕間
西部のどこかにあるアジトにて、アレンは一人、簡素なテーブルが置かれ、ぶら下げられたランタンの火が部屋を照らす自室で報告書を読みながら考えていた。
戦果は上場、補給はブラッキーのコネでイングランドの飛空艇から高高度で取引を行う事で問題無く可能。
だが、アレンの組織には致命的な問題があった。
軍としての大規模行動には歩兵は愚か、蒸機鎧の数が圧倒的に足りない事だ。
現状米軍は出し渋っているが、何時まで続くか解らない。
何とかして、南部の他の連中も決起し、万単位の軍勢を作り上げなければいけないのだ。
アレンは書類を読み終えると、東部のニュース誌を読み始める。
彼にはもう一つ不安要素があった。
キャロル・ホリディ……ジョン・ホリディの娘だ。
彼女は肉体を機会に替えて蘇生した、それは軍のプロパガンダとして大体的に報じられている。
彼女は最新鋭機に乗り特殊部隊のリーダーを務め、逆卍党の掃討作戦においても多大な戦果を上げたという。
「……ったく、最悪だな」
アレンはキャロルに関する記事を読み、溜息をつく。
キャロルの活躍がねつ造であると、アレンは最初考えていた。
だが東部に回した部下の手で、少なくとも逆卍党が建設途中の工場を攻撃しようとしたのを、2機で相手どり、多大な戦果を挙げたというのは、目撃者も相当居たということが確認できた。
動きは的確、被害を最小限に受け止め、近接戦闘を行おうとするジパングの蒸機鎧を子供をあしらうように蹴散らす。まさに悪魔か何かのような暴れ方だと言う。
彼女は自分への復讐を行うために、体を機械に、心を修羅にしたというのか。
そうアレンは考える。
そしてその彼女は、先日襲撃したフェニックス市にたどり着いたとそこに滞在させておいた部下から連絡が今日の夜来た。
アレンは考える、彼女は強くなっただろう。だが、自分の早業でどのぐらい対処できるだろうか?
手に入れた情報によると彼女の機体は真作鎧に匹敵すると言われている、いくら早撃ちの天才と言われたアレンでも、油断したら死ぬ相手だと考えていた。
恐らくあの時殺したキャロル・ホリディは死んだ。
そして、あのキャロルという名前の存在は、地獄より戻った機械人形なのだろう。
アレンはそう強く感じ、テーブルに置いた写真を見る。
写真はまだ痩せていたハンサムなアレンと一緒に、若い女性が写っていた。
それがアレンが、キャロルが自分を脅かす脅威だと解る理由であった。
彼はジョン・ホリディとは敵同士であったが、力を認め合った仲だ。
だが、それは表面的な関係でしかない。
彼には、誰にも言わない過去があった。
かって彼は士官として南北戦争で戦っていた。まだ真作鎧を得ていない頃だった。
彼には副官として恋人が居た。恋人と共に何とか大隊を指揮し、蒸機鎧を駆り仲間たちと供に戦った、絶望的な戦いが何度もあったが、それでも何とか生き延びていた。
幸せな日々だった。
大隊長としての彼は部下にもフレンドリーで、誰からも慕われる好漢であった。
だが、そんな日も続かなかった。
ある日また、何処とも解らぬ荒野での戦い。
大隊は北軍の基地を襲撃し機密情報を確保しようと襲撃をかけ、何とか情報を奪い取り、基地を破壊した後の退却中の時であった。
彼女とも談笑を交わしながら、奪った機密情報が何なのかをを考えていた。
そんな時であった。
高速で接近する飛空艇を通信兵は捉える。
次の瞬間、爆音が鳴った。
上空に待機していた飛空艇が爆ぜる。明らかに蒸機鎧の通常射程を超えた長距離砲撃。
大隊は混乱し、散開する間も無く混乱する。
落ち着けとアレンは言う。だが砲撃がどこから来たのか、解らなかった。
通信兵は混乱の中、5隻の飛空艇が包囲して囲んできてると言った。
アレンは気づく、先行した機体の狙撃により自分達の注意を引き、その間に飛空艇船団で包囲網を完成させ、押しつぶす作戦だと。
東に逃げろ、アレンは言った。
相手は分散している、1つの方角の飛空艇を落とし、そしてそこから活路を見出せと。
兵達は混乱の中、アレンに縋るように、東に強引に突破し撤退しようとする。
大砲の雨が降る。
何名もの味方が命を落とした。
戦闘ですらない、虐殺だった。
助けてと言う声が聞こえた。
死にたくないと言う声が聞こえた。
戦場ではよく聞く声、だが、その声が何度も通信機から、拡声器から聞こえる地獄だった。
だが、それでもアレンは追撃を撒きむき出しの岩壁がある山岳地帯にまで逃げのび、もう少しで友軍と合流できそうなところであった。
どの機体もボロボロになっていた。
飛空艇は全て撃墜されるか、殿となり破壊されていた。
だが、そこに、退却しようとするアレンの前に1つの機体が立ちはだかった。
純白のピースメーカー。
その右肩には、紅い十字架が描かれていた。
禍々しい血の十字架のように、アレンは見えた。
白の蒸機鎧は言った。
自分はジョン・ヘンリー・ホリディ中佐、機密情報を渡すのなら見逃すが、そうでないのなら然るべき対応を取らざるを得ないと。
1機で何ができる、そうアレンは言いかえす。
しかしホリディの蒸機鎧は、威圧感があった。
だがそれはハッタリだ。そうアレンは自分に言い聞かせ、攻撃命令を繰り出すそうとした、次の瞬間だった。
白の騎士はファニングを放ち、一瞬にして前衛に居る蒸機鎧を撃破する。
そしてその次の瞬間には跳躍し、アレン達の作った陣形の中に飛び込み、両腰に取り付けてある分厚いナイフを取り出し、それで乱戦状態の中、アレン達の蒸機鎧を切り裂いて回る。
裂かれ吹き飛んだ腕が持った120mm砲を拾い、次の瞬間にはファニングを鳴らす。
叫び声が聞こえ、混乱が支配する。
アレンの機体も頭部と脚部を撃ち抜かれ、倒れ込む。
何もできなかった、ただ機体の中で仲間たちの叫び声が聞こえるのを黙って聞いているしかなかった。
悪夢なら、すぐにでも覚めてくれ。
そう思った瞬間、アレンの恋人と思わしき声が聞こえた。
助けてと言っていた。
拡声機でなく通信音声だった、白騎士にでなく、自分への声だった。
だが、その懇願も虚しく、砲声の次に、鈍い音が鳴り、彼女の断末魔の声が聞こえ。
そしてそこで、アレンの意識は途切れた。
次に居たのは軍の収容所だった、あれだけの被害があったのに、白騎士に襲われた部下の死者はあまり居なかった。
だが、アレンの恋人はそこに居なかった。
彼女は白騎士と最後まで戦って殺されたと、部下は言った。
何故助けられなかった!そうアレンは言って、部下の胸ぐらをつかむ。
部下は泣きながら言った、自分も無力化され、何もできなかったと。
アレンと同じだった。
そうだ、奴が悪い、アレンは憎いと感じた、白騎士が。
そしてアレンは、白騎士への復讐を誓った。
そのために部下と何回か暗号で会話し、そして収容所からすぐに脱獄した。
難攻不落の牢獄と言われた収容所、そこに居る捕虜を扇動し、解放に向かわせる。
容赦の無い行動、合理的かつ冷徹に、看守を殺し周り蒸機鎧を奪い取り、内部から破壊し南軍に凱旋した。
彼を絶望から生還した英雄だと、南軍は言った。
アレンは熱狂的とも言える、ぎらついた何かを恋人の死により手に入れた。
白騎士への復讐の執念であった。
その念により、彼は執念とも言える努力を行い、白騎士に負けない力と指揮能力を得た。
アレンは少数精鋭の飛空艇による強襲を主とする部隊を編制し、襲撃を続ける。
昔のような凡庸な戦士でなく、容赦の欠片も無い修羅と化していた。
上層部も戦争の雲行きが悪くなるにつれ、アレンを支援した。
ゴールド・オブ・コレクター、南軍が保有する、飛行可能な最強の蒸機鎧も手に入れた。
多大な戦果を上げ、アレン・ウォラックの名は北軍の恐怖の象徴となった。
どこからともなく現れ、一撃離脱の砲撃を行い、そして去っていく。
だが、それでもとうとう終戦3か月前に敵軍の捕虜にされてしまった。
ゴールド・オブ・コレクターを整備に出していた時であった。
捕虜生活となったアレンは、そのまま終戦を迎え、軍事裁判に出される。
普通なら死刑だ、結局復讐を成すどころか、奴と闘う事もできなかった。
無念だと思った、だが、どうする事もできなかった。
だが彼を、いや、軍事裁判で極刑になる筈の軍人を庇った男が居た。
それはアレンの追っていた白騎士のパイロット、ジョン・ヘンリー・ホリディだった。
彼は末端の兵士や、士官達は南部で生まれたから戦っただけにすぎないと言い、不当な攻撃はそれこそ南部の奴隷迫害と同じことだと言った。
その結果、自分の処刑も無くなり、資産の没収に留められた。
複雑な気分だった、白騎士を殺すどころか、助けられたと。
その後、アレンは仕事も無いまま飲んだくれるのも悪くないと思ったが、1週間で飽き、北部周辺で野盗を撃退する傭兵となった。
NYに事務所を置き、昔の仲間と共に仕事をして暮らす日々。
偶然とは重なるもの、ジョンとは酒場で良く飲む付き合いになった。
最初はアレンが来たバーに居た彼に銃を向けようかと考えていた。
だが、ここで撃ち合いになっても下手したら自分だけが監獄送りだと理性で自制し、ジョンの隣で酒を飲んだ。
彼が何を言うかを観察する為だ。本当に善意で自分を助けたのかそれを見計らいたかった。
ただの売名目当てのクズだったのなら、楽に酔い潰れ帰るところを撃ち殺せると考えた。
しかし現実は残酷であった。
ジョンもまた、戦争の被害者だった。
苛烈な手段と奇策、そして転生の蒸機鎧の腕で左官まで上り詰めた彼は戦争で心の傷を負っていた。
殺し過ぎた、そのせいで殺した人間の叫び声、恐怖の声が聞こえているという。
なるべく殺さないように戦った、不殺というものですらない、単に殺した人間の叫び声が聞こえるのが怖い。
それだけの理由、残酷なエゴイズムだと、よく酒場で酔いつぶれるまで酒を飲みながら語った。
それをアレンは聞いて、複雑な気分になりながらも、宥める言葉を言う。
殺す筈だった男の筈が、妙な友情のようなものを感じ友人になった。
互いの仕事の話だのを話し合う仲にはなった。
娘が居て、それで彼がどう教育するかを悩んでいる所も、相談相手になった。
名前はキャロル、蒸機鎧の操縦の腕は自分に負けない程で、テレビで実況している蒸機鎧のレースでも全く体制を崩さず走り抜いて優勝するほどだった。
だが、ジョンは軍人にしたくないと言った。
自分のように罪悪感に苛まれる暮らしになるか、それとも自分より先に死ぬような目に遭わせたくない親心だった。
結局のところ、白騎士というのは心の病んだ一人の人間だった。
その現実が、彼への復讐心を心の奥に閉ざし、何年もの日々が経過した。
傭兵組織は保安官などと提携し、野盗を掃討したりするようになり、警察や軍事関係の組織の信頼も得ていた。
軌道にのり、安定を得て、そして恋人の死にも踏ん切りをつけようと南軍戦死者の共同墓地に足を向けた日だった。
恋人の墓に花を手向け、結局何もできなかったことに対し謝罪を述べた後、アレンの後ろから彼の名を呼ぶ声がした。
背後を見ると、そこには黒衣の青年がおり、彼はブラッキー・ブラックケープと名乗った。
彼は語る、自分に依頼を頼みたいと。
その内容は南軍の残党を集め、かって南北戦争の真の原因となった、とある古代遺跡へ入る「鍵」の確保をする事であった。
そしてその鍵のひとつは、アレンの友人であるジョンが持っていると述べた。
アレンは断ろうとする、すべて終わった事であり、ジョンとも和解できた、もうそんな戦いはこりごりだと。
だが、ブラッキーは淡々と述べる、南軍の人間がどれだけ今、迫害されているか、彼らの子供がどのような目に遭い、支援すら受けれない状態であると。
すでに過去に済んでいた原住民達と同じ位置にまで貶められているとブラッキーは主張した。
そしてブラッキーはこうも言った、恋人の敵をとらなくていいのかと。
それが目的なら、今ここにチャンスを与えられると。
本当に復讐をとめていいのか、考えろと言った。
アレンはその日、数日考えさせてくれと言い墓地を去り、自宅に篭った。
傭兵の仕事は部下に代行させ、考え込む。
恋人の敵を討つ為に友を殺すか、それとも何もかも忘れて暮らすか。
このまま、何もかも水に流す暮らしも悪くない、そうアレンは思った。
だが、どうしても、死ぬ寸前の彼女の叫び声が、ジョンに殺された仲間の兵士の断末魔が頭にフラッシュバックし、最悪の気分に襲われる。
殺せ。
殺せ。
殺せ。
殺せ。
忘れるな。
私たちを忘れるな。
亡霊たちがアレンの頭の中で殺せとささやき続け、それは寝る間も続いていた。
よく創作では復讐を否定するとき、殺された人間が喜んでいる訳がないと言う言葉がある。
だが、全くの逆だ。むしろ自分に復讐を成せとせがむものだと、数日の休暇の中でアレンは強く感じ、延々亡霊たちの声に苦しみながらすぐに数日が経過した。
アレンは、友を殺す事を決心した。
ブラッキーに依頼を受けると言うと、まずはジョンがジパングの極右結社である逆卍党に拉致されようとしていると言ってくる。
だが彼はそんな連中に捕まるほどタフではないと言うと、ブラッキーは彼女の娘を狙うと言った。
アレンはまず、ジョンの娘であるキャロルを監視した、金色の髪の、華やかなお嬢様と言う印象があったが、実際にレースの中継とかでなく生で見てみると、至って普通の女学生に見えた。
そして彼女が一度発信機から場所を見失うものの、何とか彼女を拉致しようとする連中を撃退し、助け出す事に成功した。
そしてアレンはジョンの家まで彼女を送り届ける、ジョンに決闘を挑み、そして「鍵」を得る。
暗殺などと言う手段や、母子ごと殺す手段は行いたくはなかった。
ジョンの家で食事を取り、先に彼に頼み、妻と子を先に寝床につかせる。
そしてジョンにアレンは話す、最初は復讐を考えていた事、「鍵」を渡して欲しい事、そして……死者が自分にジョンを殺せと囁いている事を。
ジョンは黙ってその話を聞いた、そして彼は、鍵をどうするか決めるための決闘を提案した。
アレンが本気であることを悟っていた。
自分の業の結果を見せ付けられ、それを受け入れる覚悟をしていた。
すまないとアレンは感じたが、口に出さなかった。
そしてジョンが支度を済まし、アレンにカードのようなものを渡す。
それが鍵で、自分があの時、アレンの恋人を殺したときの任務で奪還したものだと言った。
2人は互いに蒸機鎧乗りとして全力を出すため、人気のない郊外での決闘となり、そして勝利した。
機体性能としてはアレンの機体の方が有利だったが、最後の決め手は自分の実力での勝利、そう確信できるものだった。
アレンは蒸機鎧を降ろし、カードを見る。
カードは未知の金属でできており、古代文字が描かれている。
何が書かれているかはわからなかった。
復讐は終わった、だが、結局は虚しさと後悔しかなかった。
だが、そこに銃口を向ける少女が居た。
キャロル……今殺した男の忘れ形見。
引き金に手を当てていた、彼女に警告をした、だが、自分と同じ目をしていた。
復讐者の眼だった。
アレンはその眼に既視感を感じた、自分と同じものを。
アレンは恐怖を感じた、彼女に。
そして彼女が引き金を引く前に、心臓を撃ち抜いた。
子供を殺したのは初めてだった。
罪悪感がアレンの心を浸食し、逃げるように彼は去った。
だが、逃げても無駄だった。
彼女は機械の体に蒸機鎧を手に入れ、そして復讐の鬼となった。
機械の体こそないものの、自分もまた同じ復讐の為に、修羅の道を歩いた存在。
それ故に、彼女が自分を脅かす存在だと、アレンは悟ったのであった。
これで4章は終わりです。
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