その7
夜の町。
基地の襲撃があったというのに町は活気付き荒くれ者が歩き回り、娼婦は脚引き、酒場からは様々なジュークボックスの演奏音が流れ出ている。
西部特有の乾いた空気に、スパイスのつけた肉が焼ける匂いが鼻を刺激する。
私は基地の修繕作業を終え、ビルや来夏、そして博士と一緒に町を歩き回っていた。
「何もかも懐かしいのぅ……西部の町は」
ビルがそう、懐かしそうに語る。
「確かに、活気に溢れているな……」
博士はそう、様々なものを観察してるみたいね……
「うー……東部暮らしが染みついてちょっと怖いですよ……」
そう、来夏は鞘に入った短刀みたいなものを両手で掴んで震えてるけど……そこら編のおじさん、むしろキレて暴れ出さないか怖がって目を逸らしてるわよ……
「さてと、この店が良さそうだな」
ビルは一つの酒場に足を止める。
その店は大きな酒場で、スイングドアの先からはスロットだのなんだのが見え、活気に満ちた声が聞こえる……カジノと兼業みたいね。
「が、ガラが悪そう……」
来夏が震えながら言う……というか何で短刀なんて握ってるのかしら……ニンジャみたいに暴れるつもり?
「……ふむ、西部の酒場か……いい酒と粗暴だが美味い飯があればいいのだがな」
博士は観察するように辺りを見回しながら言った。
というかお酒とか飲むのね……
「まぁ行かなきゃわからんじゃろ、入るぞ」
私が博士や来夏の方に視線を向けてると、ビルが先にスイングドアを潜り、入って行く。
こういうのは西部に慣れてそうなビルに任せよう、そう考え私達も続けて入って行った。
「ようジジィ……って……」
店内に入ると、カジノに居たいかにもガラの悪い男が早速ビルに突っかかろうとして、私の方を見て固まる。
「……むぅ?」
ビルも何があったのか、いまいち解らないのか首を傾げる。
「お、おいその後ろの女……じょ、蒸気鎧なのか?」
震えながら男は、スロット台から腰を抜かし、指を差して言う……え、私にビビったの?
「ああ、あれでも30人以上は殺している天性の殺し屋だ」
私が見えるのはビルの後姿だからどんな表情かは判らないけど……ビルはにやりと笑いながら言ってそうね……30人殺しについては否定しないわ。
逆卍党相手にそのぐらい殺してるし実際……
「おいやめろサム、あれは東部の死神女だぞ?何でもドク・ホリディが機械の体になって復活して、人が変わったようにジパング出身のテロリストを女子供問わず殺しまくってるらしいぜ」
……何か凄い、誤解されてる気がする。
「えーと……何か誤解されてるみたいだけど……まぁいいわ、先に座るわよビル」
何か相手してると延々とろくでもない騒ぎになりそうなので私は切り上げ、カウンター席に座る。
するとすぐに来夏とビルと博士も、隣に座った。
「ふむ……東部からかいあんた」
酒場の主人……太ったおばさんはグラスを拭きながら私に問いかけてくる。
流石荒野の女性と言ったものか、荒くれ揃いのこの店でも特に肝が据わってるように感じるわ。
「ええ」
「ま、あいつら頼り無さそうに見えるけど、結構運び屋とかやってるモンだから、色々危機感には鋭いんだよああ見えて……だからアンタを見てビビったのさ……で、何飲むんだい?」
溜息をつきながら女主人は言う、傭兵として雇おうとしたら逃げ出しそうねあれは……金だけ持って。
「あ、ウィスキーロックでお願いします」
「ああ、私も同じのを頼む」
来夏と博士だ……来夏ってちょっと酒癖悪いけど……ここで暴れて撃ち合い殺し合いとかにならないか心配ね。
「ワシはそうじゃな……一番いい酒を頼む」
ビルもお酒を飲むつもりだ、私は……変に強い酒を飲むと何かまた色々言われそうね。
でもお酒とかちょっと苦手だし……
「えーと、ミルクでいいです私は」
女の子っぽいって言われるかなと、私は考えながら言った。
けど、何か……後ろからのざわめきが一瞬、私が注文した瞬間静止し、活気あるざわめきから、別のざわめきに変わった。
「ミルクって……あの機械女、誰か殺す気なのか……?」
「おいジム絡むなよ絶対に、あれはお子様気分なんだ、いいな?お子様気分なんだ」
反応は見事に逆効果すぎて私は少し、泣きそうになる……
「あいよ、ちょっと待っててね」
そう女主人はマイペース、注文を書き取り酒だのなんだのをさっさと作り、配っていく。
私に置かれたのは、ジョッキ一杯の牛乳だ。
無害で栄養満点の乳飲料、飲めば酔わないし子供も飲む飲み物。
だというのに、なんでミルクを注文しただけで警戒されなきゃいけないっていうの?
「……隊長さんや、ミルクを飲むって言ってナメられるのは昔の話じゃ、何であいつらが怖がったか解るかの?」
ビルは小声で私に話しかける……解らないわよそんなの。
「さっぱりわからないわ……」
「酒と言うのは飲めば陽気になり、銃はブレ判断は鈍る。酒場で酒を飲むってのは、要するに牙を向ける気がないって事と同じ意味じゃ……じゃがミルクとなれば話は別じゃ、ミルクは酔わないからの……出てって銃を撃つ用事がある、荒事の用事があると言うものじゃよ」
「なるほどね……」
私は考える、確かにビルの説明は理に適ってる……まぁ、酒飲みながら銃なんてやってられないけど。
「まぁ、昔は牛乳飲めばバカにされてたが、腕利きの連中は皆酒なんて飲まない事に気づいてから、そうなっただけなんじゃがの?」
「まぁ、隊長の場合天然の殺人狂ですし、飲まなくても同じこと言われてますよ……ぷはぁっ、ウィスキーもう一杯、あとビーフステーキライスつきで!」
来夏がウィスキーを一気に飲んでさらに追加注文……って、酔うの早すぎない?
「聞いたか殺人狂って……」
「なぁボブ、あんなのとアープの鬼保安官が組んだらこの街どうなっちまうんだ?」
どんどんと外野の人たちがうるさく言ってる……と言うかこういう場合喧嘩を売る度胸のある人間いないのかしら?
「適当にスロットでもしてやれば、あんたが負けるところ見て大人しくなるじゃろ」
ビルが私にまた、アドバイスをする。
確かに私に変な誤解があると解るためにも、そういうので負ければいいわよね……
私は牛乳を一気に飲み干し、スロットの席に着く。
スロットは簡素な目押し式で、コインの投入口がある。
「嬢ちゃんや、あの子にコイン30枚程頼めないかの」
ビルがウェイトレスに対し声をかける。そう言えばコインが必要なのよね……
座って待っていると、ウェイトレスの女の人が私の台の近くに、コインを持ってくる。
「それでは、お楽しみを」ウェイトレスはそう言って去ってく、周囲は恐る恐る、それを見てる……わざと負ければいいのよね……そう私は考えながら、コインを入れスロットのレバーを動かした。
スロットがぐるぐると回り始める……目押しは不可能ね……適当に押せば、程よく失敗する……失敗するのが目的のためにスロットなんてやるなんて、おかしな話、少しおかしくなってくすっと笑った後、スイッチを3つ適当に押した。
絵柄が3つ、直線内に揃う、それはすべて、鈴の絵柄だった。
コインが出てくる、最悪の結末ではないが、最良の結末でもない。
そして私はコインを投入し、またレバーを引いてスイッチを押す。
今度はチェリーが3つ、またコインが出てくる……出だしは好調ね。
そうしてコインを投入し、レバーを引く作業に移る……消費する量よりも出てくる量の方が多く、どんどんとコインが増えてく。
「……何か仕事に必要な運まで浪費しそうだわ」
そう私は言い放ち、コインを全部コイン入れに入れて、近くの係員に清算してもらう。
しめて200ドルぐらいの勝ちになった……大勝利ではないけど、何か微妙ね……私は200ドルを持って、カウンターに戻った。
「……勝ったわ」
勝ったというのにすごいむなしい気分だった……これは幸運?それとも不幸?
少なくとも不幸ではないし、これを不幸と言ったら世の不幸な人にハイキックをたたきつけられるのは確実だと考えると、ただしょんぼりと落ち込むしかなかった。
ただまぁ、グダグダの勝負を見てちょっとは声は収まったから、良かったとは言えるのかしら?
「……勝利の神が微笑んでるって事だ、なら受け入れるんじゃ」
「そうですよー、逆卍党の蒸機鎧をばったばったと薙ぎ倒し、その上天下五鎧の大典太までやっつけたんですからちょっとは自信つけましょーよ~」
来夏がビルの言葉に続いて私に話しかける……思いっきり出来上がった顔ね……完全にお酒に酔い切ってるわ。
来夏の隣では、マッドナー博士は淡々と、出された食べ物を食べてる……博士も本当にマイペースよねぇ……何か周りの出来事に特に関心が無い見たい。
私も何か、少し自分でバカらしくなってくる、笑ってしまいたいぐらいに。
「……おばちゃん、ステーキ300グラム一枚、フランスパンとコンソメスープつきでおねがい」
私はふっと笑顔を見せ、食事を頼む。
別に私が怪物だろうが何だろうが何かもうばからしい。なら、今日は食べるだけ食べたあと寝て、明日の列車防衛に備えないと。
仕事の時以外は緊張を抜いた方がいい、そう、その時の私は思った。
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