その9
10、15、25……MAOSの高度計が、どんどんと私の高度が上昇していることを教える。
黒い巨体は対空砲火を行い、多少掠るけど私の接近を妨害するほどではなかった、でも距離が足りない……私は格納せずぶら下げていた右手のワイヤーダガーを掴み敵艦に目がけ投げつける。
キャリバーの40万馬力により投げられたダガーは飛空艇の壁に突き刺さり、私はそのままダガーを引き戻そうとすると逆に引き寄せられ、戦艦の外壁にたどり着く……ものすごい強度よねこのワイヤーとダガーも。
そう考えながら私は左腕のワイヤーダガーも射出し、両手のダガーを逆手に持ち、ロッククライミングのように、飛空艇をよじ登り甲板部まで到達する。
甲板は巨大で広く、数キロメートルもの長さはあるんじゃないかと私は思えてしまう程だった。
どうにもジパング式の飛空艇は甲板に蒸機鎧は置かないで、他に格納庫があるみたいね……
そう私が考え周囲を警戒していると、ドンドンと空から、私の周囲を囲むように蒸気鎧が現れる。
前方1機、右側3機、左側3機、後ろに3機、合計10機……対応が遅れた私を包囲する形になる。
「敵の本陣に真っ向から入るとは……武士か貴様!」
その中の角の生えた、白と赤の、他の機体とは全く違う機体……多分隊長の機体クラスね、それから声がした。
「褒めてるるもり?」
「そうとも、このような辺境の地にて貴様程の兵に出会えるとは……我が人生も捨てたものではないと言う事!」
「そう」
私は言い捨てる、武人だとか、戦いの矜持だとかは私には関係の無い事だった。
敵機は45mm砲を構え、様子を見ている……一触即発ね、けど時間が無い。
ならばと、私は即座に左側に水平飛びを行い、左方に左手のワイヤーダガーを投げつけ、振り払う。
左側に居た機体は私の動きに反応をする前に、3機全部が薙ぎ払われ、上半身と下半身が真っ二つになり上半身は飛空艇から落ちていく。
私も落ちないよう、直前で右側に水平に飛ぶような力を入れ、動きを相殺しつつ右側を向こうとした時、45mm弾が右腕に直撃する。
<敵砲弾直撃、ダメージ率5%>
ガクンと体が揺れる、だけど、右腕の状態を表示しているMAOSのモニターではまだ、右腕の部分は緑色で、少し点滅するぐらいだった。
キャリバーの重装甲さと、敵の低下力さに助けられた形だと私は感じながら、それでも直撃を繰り返したら危険だと考え、今度は逆時計回りに後ろ側……今の位置なら左側の敵にすぐに振り向き飛びかかり両手のダガーを鞭のように動かす!
両側から来るワイヤーダガーに2機は落とされる、だが残った1機と、先ほど私の右側を撃った3機の蒸機鎧は低空で加速し、私に突撃してくる……!
ワイヤーを戻そうにも間に合わない、そう考えた私は、ワイヤーを引き戻しながら最初に突撃してきた1機に対し、正面からの斬撃を寸前で躱し、その刀を持っていた腕をつかむ……私が習っていた、アイキドーの応用よ。
腕をつかんだ蒸気鎧を、私に追撃しようと突撃する3機の蒸気鎧目がけ投げつける!
3機の編隊のうち、正面に居た機体に全力の投擲は直撃し、うち2機は正面からそれぞれ、右側の機体は左側に刀を横に、左側の機体はカタナを横にし、切り抜けようとする戦術に出る……けど、私は冷静にダガーの柄を持ち、カタナを受け止め、肘のスチームパイルを敵に浴びせる。
必殺の槍により、2機の蒸気鎧は息絶えた。
残るは1機、白と赤の蒸機鎧はまだ、そこに健在していた。
「なるほど、力技が多い……かと思えば合気も嗜むか、面白い」
「私には何が面白いかさっぱり分からないわ」
ダガーを構え、様子を見ながら私は言う。
楽しそうに語るけど……こっちは部下を一気に蹴散らしたのよ?よくそんな自信満面に言うわね……
「我が名はマエダトシザネ、蒸機鎧が銘は<大太刀ノ大典太>、そちらの言語で言うならば、<クレイモア・オブ・オーテンター>と呼ぶ所か」
大展太……って、それって……確か平安時代から改修を続けられてる贋作鎧、その中でも強力な五機、ファイブチャンピオン・アーマーの一つじゃない!?
「……なんでそんなものがあんたみたいな所にあるのよ」
動揺を体に出さず、様子を伺う、敵は恐らくフェイントを入れるはず、雑兵とは違い、一瞬でも隙を見せれば目前まで寄られる。
「我がマエダ家の家宝だからだ、それで、貴様の名と、蒸気鎧の銘はいかに?」
「キャロル・ホリディ、機体名は<ジャンゴ・オブ・キャリバー50>」
「面妖な名前だ、白人らしい忌々しい名、魂に刻んでおこう」
「何百年も使い古されたような鎧ではなく、新しい鎧なもので」
「よく言う」
そこで、会話が途切れた。
私は二刀、敵は一刀、手数は私が腕、近寄ればスチームパイルで殺せる、だが、敵に手の内は全て見せた……おそらく嗾けた敵は、全て私の手の内を見るためのもの。
同時に攻撃しないのは、恐らく性能差にイレギュラーなものを感じたからだろう。
「女の子相手に本気って、恥ずかしくないの?」
相手に先手を取らせるためゆさぶりの言葉をかける。後の先と言う言葉がある通り、達人相手の近接戦闘においては先に攻撃した方が敵に防御され、カウンターが来る事が大抵である。
「お前を女と言うのなら、そこらの女の方がよっぽど女らしい」
安い挑発が返ってきた、そんな煽り言葉に乗っかれるほどの余裕はない、けど……あえて引っかかったフリをして、攻撃を誘う?
……動きで誘っているとバレるのがオチね、私が相手なら、それを見切る。
敵の立場になり、私は考える、この場で私を相手にするのに有効な手段……正面からの突撃は無謀、理由は太刀を受け止められスチームパイルで殺されるのがオチ。
パワーが互角だとしても、無謀な事には変わりない、側面からの攻撃……30mの跳躍力を持った、40万馬力の直撃を受け止められるとは限らない。
背面、上方の攻撃……これが一番の決定打になる、だとすれば、敵が狙うのは足がない上方か背面、そして迎撃に使う、ワイヤーダガーを手放した時に決める……
ダガーを強く握りしめ、互いににらみ合う形となる。
静寂とは程遠い飛空艇の風を切る音と、エンジンと噴き出す蒸気の音が騒がしく聞こえる空間。
長いにらみ合い、増援は来ない、それは決闘に対するジパングの流儀か、それともマエダという男、彼が増援を出し不毛な消耗を出すのを止めているか。
今の私には解らない、いいえ、わからなくてもどうでもいい事であった。
その睨み合いから何分か経過し、しびれを切らしたのは私でなく、オーテンター。
彼は地面を蹴り跳躍する、私は即座に見上げる、跳躍距離はおよそ30m……恐らく私と同じ馬力、そしてその高度から背部の機構を使い加速し、猛スピードで急降下による突きを叩き込もうとする、単純だけど、強力な一撃……!
私は咄嗟に左足を軸にし体を前から後ろを向くように回転させ、寸前でその突きを回避する!
一歩反応が遅れていたら串刺しになった、必殺の一撃が空振りに終わる。
「今!」
私はそう叫び、空振りに終わったオーテンターの背に両手に持ったダガーを突き立てる……!
本来なら、ここで勝敗は決した筈であった。
だが、そうはいかなかった。
ダガーが見えない壁に阻まれたからだ。
厳密には装甲は目前に達した所で、腕が幾ら力を入れようとしても、見えない腕に手首を掴まれたような、そんな感覚……そしてオーテンターは突き刺さったカタナを甲板ごと切りながら、私の胴へ向け胴体から肩へ向けての斬撃……逆袈裟切りを行おうとする──
咄嗟に私は右手のダガーをオーテンターの背から戻しそのカタナをダガーで受け止め、そしてスチームパイルを叩きつける!
パイルもまた見えない腕に掴まれたように、装甲の直前で止まる、けど受け止めたカタナの力は弱く、すぐに私は左手のダガーを戻し、後ろに飛び間合いを取る。
一体、どうなっているのよ……!
「ふむ……この大典太の妖術に対抗できる力、か……」
オーテンターは立ち上がり、私にカタナを向ける。
……何よ、あれ……妖術って言ってたけど……確かあの時も、逆卍党の人間は私の力が上がった事を妖術って言ったわね……とすると、あれもMAOSと同質の力?
「我が鎧、いやジパングの名贋作なら妖術の一つは搭載しているものだ、尤もそこらのなまくら贋作鎧では出力が足りぬがな」
「自慢のつもり?」
私はダガーを構え、どこからでも迎え撃てるようにする。
「いかにも、そして私の大典太が持つ妖術は念力、貴様の刃ですら我が念力の前では全て届かぬものだ……来い、武人としての死を与えてやる」
私が攻めに出ないから言いたい放題ね……でも、さっき私に向けて切ろうとした刃の力が私がダガーと、スチームパイルを当てようとした途端に弱くなったという事実。
そして妖術とされる力は出力を大量に必要とするという彼の言葉……恐らくは「攻撃は無駄」というのはトシザネ・マエダマエダ、彼のブラフ……実態は妖術に回す力が増えれば増える程、機体を稼働させる力が不足する……!
だとすれば、相手に圧倒的な慢心の一撃、それを与えようとする時に、カウンターを喰らわせればいい、相手の攻撃を受け止める事は可能、だけど、その念力でキャリバーを潰す事も無理……
私はワイヤーダガーを構え、敵を見据える、敵は堅実な性格、先ほどの降下攻撃も、恐らく失敗した場合に私の刀を受け止め、私がパイルを撃つ前に逆袈裟切りで叩きのめす筈だったのだろう。
しかし今回の戦いで、加速しての上方からの斬撃での撃破は無意味と考えただろう、だとすれば、狙うだろう場所は……背後ね、やっぱり。
そうしてまたにらみ合いになる、敵も背後を狙おうと考えているだけに、隙を伺っているわね。敵は剣を中段に構え、何処から来るのか解りづらくしている……どちらにせよ、正面からぶつかる事はないでしょうけど。
一瞬の隙が死を産み、互いに決め手が無い拮抗した状況、形容するならまさにそんな状況。
……相手が受けたのは私のダガーと、片足のパイル一本、アレで大分出力を奪える、だとすれば……敵の能力も限界がある……?
「……怖気づいたの?ひょっとして……」
私は、この拮抗した状態を利用し揺さぶりをかける、普通ならこんな言い争い、戦いの場でやるもんじゃないわよね……調子狂うわ。
「ふん、それは貴様の方だろう?」
「ええ、正直怖いですわね、その力、私の国では見た事もない面妖な力ですわ、ですが──」
そう、私が言おうとした瞬間敵が動く、今度は正面に向け推進機を全快にした、全力加速の縦一線の斬撃狙い、恐らく、攻撃の直前で私の受け止める剣を念力でこじ開けての、強引な解法……!
私は咄嗟に横の、敵機の残骸があった場所まで大典太に向け腰を回しながら飛び回避、注視したオーテンターは私が先ほどまで居た場所を、高速で突き抜け……甲板の外、空中に出る……加速をつけての突撃、防御は念力で行うつもり……これならつけた加速で攻撃すればいい、パワーの低下は問題ない……!
私は足元を一瞬見て何があるかを確認、オーテンターら目を離さない様にしながら、地面に転がる残骸を左手で拾う。
敵は距離をつけ、そして加速し、突撃してくる……正面からのゴリ押し、機動性と防御力に任せての一撃離脱……それが状況を打破する手段、技巧をぶつけ合い、延々ゆさぶりを行いあうだけの退屈な戦いは終わる……なら、私も全力を持って対抗するだけ……!
カタナを構え接近するオーテンターに私は残骸を全力で投げつけ、即座に左手にぶら下げてあったワイヤーダガーを構え、そして飛び込むように地を蹴る!
急速な方向転換を許さぬ程の高速の突撃を行おうとするオーテンター、念力は確かに力はある、けど、完璧という程ではない、キャリバーの40万馬力によるダガーの攻撃、それに対し徐々にだけど押し負けていた……パイルにしても、防ぐのには相当無理をした筈!なら、それ以上の質量をもつ敵の残骸を投げつけられたら……どうする大典太!
そう、大典太は高速で突入する残骸を危険と判断し破壊しようと振り上げたカタナを降ろそうとする瞬間──その瞬間を私は待っていた!
カタナを振り下ろし終わり、強力にてバラバラになった破片の防護の為に念力を使う一瞬のタイムラグ……そのタイムラグの合間に挟み込む為に、私はワイヤーダガーを投擲する……!
オーテンターがカタナを使い、残骸を切り裂いた瞬間、目前に残骸をも破壊する、キャリバーの40万馬力の腕に、40万馬力の足の加速が加わったダガーと言うには、あまりに分厚い刃が飛んでくる──!
「ぬごぉっ!」
そうマエダの叫び声が聞こえ、次にダガーが当たったと手ごたえが来る。私はこのままだとぶつかると判断し側面に即座に少し飛び、オーテンターの突撃をすれすれで回避し、そしてそのまま飛んで行く位置と逆方向に足を蹴り、減速する!
大典太はそれでもなお飛ぼうともがき、ワイヤーから逃れようと推進機で加速する。
だが推進力は加速は凄いものの、パワーとしては私の機体のパワーでも何とか制御できる程度であった。
だから私は両腕を動かし逃れないよう引き寄せ、全力でオーテンターを甲板に叩きつける!いくら念力が使えようと、パイロットは衝撃には耐えられない!
暴れるオーテンターだが、一撃、二撃と甲板に叩きつけると、とうとう動かなくなり、甲板にべこべこになった、無残な蒸機鎧が横たわるだけとなった。
「はぁ……はぁ……」
酷く疲れた……私はそう考えながら、周囲を確認しながら大典太の所へ近づく。
流石はジパング随一の蒸機鎧、真作鎧に匹敵するって本当だったわけね……
大典太の方に近づくと、ダガーは胸と頭部に当たっているのを確認する、その隙間から、血が流れているのを確認した私は、念のために機体の腕を足で踏みつけ破砕する……うう、私が乗ってみたいぐらいの良い機体なのに……なんでこんなのが使っているのよ。
ダガーをぐりぐりと動かし、殺したのを確認すると、私はダガーを引き抜く。
次の瞬間であった。
ぐりんと、オーテンターの頭が私の方を向いた。
「甘い……我が艦は落とさせはせんよ……我らが……我らが大義に……栄光を──!」
そうマエダが叫び、そして次の瞬間……私の体はものすごい勢いで吹き飛ばされ、飛空艇の外に叩き出されていた。
<敵衝撃波直撃、ダメージ率40%>
敵の飛空艇を見る、甲板の上で物凄い爆発、機体の損傷度を示す人のマークは、全身真っ黄色。
MAOSも丁寧に文字を表示、ダメージ表示ねうん。
恐らく機体の念力操作を自爆覚悟で使って、というか全力で使って自爆したのね……下を確認、暗くて解らないけど、多分海──まずい、この機体浮き輪はあるけど、この損耗率で当たったらまずい。
私は周囲を見る、何か引っかけられるものは──そう考えた次の瞬間、私の横に来夏の飛空艇が並ぶ……私は即座にワイヤーダガーを飛空艇の壁面に投げつけ、ぶら下がる形になる。
「きゃぁっ!」
拡声機から来夏の声、多分、今ので思いっきり衝撃がきたのね……ぐらついてるし。私はすぐにワイヤーダガーを巻き戻し、強引に甲板まで上がる。
そこにはビルと、あとジェシカ大尉の蒸機鎧何機かが座っていて、私の方を揃って向く。
「し、死ぬかと思った……」
緊張の糸が切れ、私は甲板に座ると意識がぷつりと途切れた。




