その6
作戦会議室には巨大なテーブルと、その上に巨大な地図が乗せてあり、その周囲を私達よりも何倍も階級が高そうな軍人たちが囲まっていた。
「キャロル・ホリディ中尉、ただ今参りました!」
「ああ、やっと来たか我々のエースは……さてと、今の状況を説明しようか」
司令とは別の、老けたおじいちゃん……階級章を見ると中将なのかしら?彼がゆっくりと動き、机の前に立つ。
「本日午前5時48分、ジパング政府から、逆卍党へ侵入したスパイが明後日早朝に、ここニューヨークに爆弾を搭載した飛空艇による大規模爆撃を行うとの予定である、目的としてはジパング国への反感をアメリカ国民に抱かせ、ジパングとアメリカとの戦争をせざるを得ない世論に送る事、そして彼らはアメリカのみではなく、ジパングでもクーデターを起こそうとしていると言う事を突き止めたと連絡が来た」
中将は冷静に、かつ淡々と状況を話す。
それにしても何で私の所まで攻撃するのかしら、全く意図がつかめないわ。
「中将殿、それは真か?」
司令が疑りをかける、無理もない、いきなりジパングのスパイ……私の国の人間でない存在が流した情報だ、罠の可能性もあるわね。
「ああ、ジパング政府からの情報通達だ、もし間違いならこれは宣戦布告と言えよう」
「全く、極右政党ぐらい押さえておけばいいだろうに……」
左官と思わしき若い男がぼやく、全く同意見ね、人の国にまでテロをする危険思想団体とかどうして取り締まれないのよ……
「だからこそ今、ジパングは大規模検挙を行うと言った、そして我々も行わないといけない時が来たと言う事でもある……奴らの拠点はここにある、大西洋のここ、ニューヨークより400㎞先のテッカン島だ、我が国の無人島の一つだが、地理的、領海的な価値はそこより更に200㎞東のロンドベール島の方が価値があるため、富豪が私有地にして居たとの報告を最後に放置をしていたが……大量の飛空艇や蒸機鎧を保有する砦となっていたのだ」
「なるほど……だがこれはもう、陸軍でなく海軍の出番か」
司令が言う、海軍……あの噂が本当なら嫌な奴らだけど、目的は一緒、アメリカを守る事よね……なら、ここで目くじらを立てるわけにもいかないわ。
「うむ、彼らの威信にかけての攻撃任務となるだろう、海軍が砲撃を仕掛けた後、陸軍で攻撃する手はずとする、既に海軍の人間とは話はつけておいた筈だが──」
その時だった。
「た、大変です中将殿!」強く扉が開かれまたさっきと同じ連絡兵がやってきた。
「何だ?海軍が先走りでもしたのか?」まさか、と私は思う、いくらなんでもそこまで陸軍を嫌ってるわけは──
「そのまさかですよ中将!立った今来た伝令で海軍はウェイン少佐率いる米海軍第13独立強襲群のみで制圧可能と判断し、彼らに一任し今群が出た所です!国防長官もGOサインを出しました!」
私は、いえこの場に居た全ての陸軍軍人が怒りを通り越し深い悲しみに包まれた。
「……通信兵」中将は慈悲深い顔で、通信兵の肩をポンと叩く。
「はい!」
「君も疲れているだろう、いいからもう寝なさい」
「はっ!」通信兵は律儀に敬礼し、部屋を去る。
その後、深い沈黙に作戦会議室は包まれた。
海軍の戦力過小評価による先走り、そもそもジパング製の蒸機鎧は空戦特化、海軍の飛空艇など瞬く間に撃墜され、頼みの綱の軍艦も大砲の死角である上を取られればひとたまりもない。
島への砲撃だけで良かったのだ、艦隊3つで包囲しての砲撃、その後迎撃に出た蒸機鎧を撃ち落としていくだけで勝てた話だった。
「……先に言っておく、今から私の言う言葉は、全て非公式の発言だ」中将はそう言うと、私達全員は頷く。
そしてその反応に、満足げな表情を浮かべた後、中将は頭の帽子をテーブルに叩きつけた。
「ばぁ~っかじゃねぇのかあいつら!なぁ!ジパングの極右政党それも軍産複合体と絡んでる要するに反乱軍相手に大隊以下の規模しかねぇ強襲群だけで何やんだ?何やんだ?オートマ砲で11機も落とせたからってありゃうちらのデルタだから出来た技なんじゃねぇか!海軍の不能野郎がやったら無理だろ?それともなんだ群一つ使ったエクストリーム自殺か?アメリカ相手の自殺テロか?あっちが推してたM1894なんてゴミの採用プランが潰れたからってここまでやることなくね?陸軍の予算奪いまくった挙句人材引き抜きまくってあのザマかよ!公私混合しすぎだろあいつら!なぁ!なぁ!」そう中将は砕けた口調で海軍の罵倒雑玄を行う、誰もそれを密告しようと考える人間はその場にはいなかった。
全員が大体同じことを考えていたからである。
「……ありがとう、私のような老いぼれの愚痴を聞いてくれて……さて、どうしたものか……」
中将は頭を下げ、帽子を被りなおす。
「防衛で陣を組むというのは、愚策か」若い左官の一人が言葉を出す。
「ああ、どうにかして都市部への侵入は止めなければならない、長官へは私が派兵許可を貰う」
「だとすれば海軍の第13独立強襲群が壊滅後、彼らに打診するとするのは?」司令だ。
「奴らは信用できない、どんな斜め下の行動を行うか想定できないだろう」中将は言う、私は少し、嫌な予感を感じた。
今回の海軍の暴走、ちょっと度が過ぎている……ひょっとして、海軍内にスパイが居るのでは?
「……えーと、まだ尉官の私が言うのもあれなのですけど……ひょっとして、海軍内のスパイによる分断工作が行われた結果、海軍との統制がままならないのでは?」
勇気を振り絞って私は言った、後で問題思想と言われようとも構わなかった。
周囲がまた、黙り込む。
「……あり得るな」
中将が口を開いた、私の意見に賛同と言う事だった。
「ええ、今回の行動は国防情報局に海軍内部を調べてもらう事にするのはどうでしょう?」
確か国防情報局が、こういうのの管轄だったはず、そこまでやられてたら詰みだけど……
「私もこの小さな英雄に賛同だ、ちょうど同じことを考えていたよ」
軍の太った左官が、私の意見に賛同する。
「だとすれば次は、逆卍党の対策か……査察を入れたとしても改善は時間がかかる、だが奴らの迎撃も時間が居る、か……」
確かにそれはそうだ、明日すぐに敵のスパイが見つかるなんて都合のいい話はない、最大の問題は明後日にも来るであろう敵の存在だ。
普通に戦えば、ジパング製蒸機鎧は強敵だ、私は勝てたけど、あれはキャリバーの実力が凄かったから。
正面から戦えば、確実に危険、防衛陣地への攻撃は対空攻撃が大量にある。
対する私達陸軍が保有するのは、空挺戦力だけ、海軍は使い物にならない。
大規模兵力を動員すれば勝てるけど、そうなった場合損害も大量、諸外国に目をつけられる可能性は高い。
海軍はそれを考えての事だと弁明するでしょうけど、だからって13艦隊一つで戦うのは無謀。
だけど、搦め手を使えば──
「……あの、また発言しても良いでしょうか?」
私は恐る恐る、中将達に進言する。
「ああ、別に構わんさ」中将は笑って返す。
「えーと、もし私たちの戦力で、そのテッカン島へ攻撃を仕掛けるというのなら……私とその部下、あと何名か狙撃が得意な蒸機鎧を使って迂回飛行し東側から対空陣地を120mm砲の狙撃で破壊し突入、私たちが先に攻撃し突破、西側の対空陣地に遊撃を行い悪化させた後中将達の飛空艇艦隊で攻撃するのが得策だと思うのですけど……」
出過ぎた真似をしてしまった、そう私は考える。
「……ふむ、自分から危険な任務を志願するか……まるで勇敢な騎士だな、英雄の娘だけある」
「怖くないと言ったらウソになります、けど、こうするしかアメリカの被害を抑える手段はないじゃないですか」
ハッキリ言って無謀だと思う、ただ、ジパング製の蒸機鎧の交戦経験は多分、国内で今私が一番多かった。
「そうか……では彼女は勇敢にも対テッカン島の尖兵になると言った、それについて行きたいと言う陸軍の人間は居るかね?」
中将は私の進言を聞き、そして私の他に、突入隊の志願を行う人は居ないか呼び立てた。
「では、私が」そう、茶色い髪のポニーテールの背の高い女性が手を挙げる。
「ジェシカ大尉か」
「ええ、特殊部隊の11機殺しのエースとは言え彼女は子供、あたしの飛空艇中隊が同伴すれば、恐らくは背面奇襲も上手く行くでしょう」
私はほっと胸をなで下ろす、彼女は頼りになりそうな人に見えたからだ。
でもこの作戦、私が提案したけど失敗したら大変な事になるわよね……重圧が伸し掛かるわ。
その後も会議は続き、一応海軍と連携を取れないかという交渉も行おうとしたが、それも結局無理だった。
彼らは勝てると完全に見込んでおり、陸軍の会話に全く応じようとしない……怪しいぐらいに。
そして投入するのはだいたい3個大隊と私達とジェシカ大尉の居る1個中隊となり、陸軍の派兵を行う為、陸軍元帥や大統領まで話に入って来て、国防長官が陸軍の作戦行動の許可を与えた為、正式に作戦行動が可能となった。
逆卍党の本部壊滅作戦、既にテロとの戦いでなく、軍対軍の規模、戦争のような規模だと、その時の私は感じていた。




