その2
「……え!?」
私の視界が一瞬にして研究室のような場所に変わる。
天井にはぎらぎらとしたライトがついていて、私の目を刺激した。
轟音が周囲からして、うるさいったらありゃしない……一体何処なの?
人間が居る星みたいだけど、戦争をしてた人たちの文明とはまた違った感じだし……一体……
蒸気が噴き出す音が一瞬して、私は気づいた。
これって……懐かしい、私が生まれたアメリカの感じよね?
でも、私は一度死んだはず……死んで宇宙を漂って……あれ、でもあれは夢?それとも真実?
よくわからない、頭が混乱する。
ふと、胸に違和感を感じたから、私が胸の方を見てみると……
胸の真ん中に、何か変な機械がついていた。
機械は真ん中に紅いルビーのようなでっかい宝石が組み込まれていて、色は金色、巨大なネックレスのような気品が感じるデザインだけど無骨なボルトで固定されており、アンバランスな美しさを感じる。
そしてその両側面に何本ものチューブが繋がれていた。
「え、えーと……」
正直いきなり長い旅が終わって、あれが現実だったのか、それともこっちが現実なのか私にはよくわからず、いつもなら胸を丸出しで恥ずかしいと思うけど全然それどころじゃなかった。
周囲を首を動かし見回すと、様々な計器がめぐるましく動き蒸気が様々な場所から噴き出している中で私のよく知っていた人と目を合わす。
譲二・マッドナー博士……パパの蒸機鎧もこの人がカスタマイズして真作鎧に負けない力を出せるようにした、軍の天才科学者だ。
名前でわかるとおり、独逸帝国から来た移民……黒いロングヘアーと眼鏡が特徴的な、まるでどこかの貴公子のような美しい顔の男ね……うん、私より美形に思えるわ。
独逸帝国の人間はジパングから来た王族と言われる天主達と、その臣民達による大規模移民と元居た国民が長い年月をかけ文化・民族的にも理想的に融和した人々。
だから黄色人種寄りの白人、でなく白人寄りの黄色人種的な民族と聞くけど、やっぱりどう見ても白人には見えず、ジントやリンのような黄色人種にしか見えなかった。
どれも微妙に人種ごとに顔つきが違うらしいけど、本当にわからないわ……
「ああ、起きたかキャロル君」
マッドナー博士は私に気付くと、微笑みながら歩み寄ってくる。
「お久しぶりです博士……それで、これは?」
私はそう言いながら胸の機械に繋がれたチューブを弄る。
チューブはやわらかかったけど、少し熱かった。
「ああ、それか……まぁ、ここで話すと長くなる、とりあえずそのチューブを蒸気心臓から引き抜いてくれ。それに着替えならそこのバスケットに置いてある、私は目を背けておくから、すぐに着替えてくれ」マッドナー博士は言うと研究机の方に行き、私から目を逸らす為に机に向かい何かの書類を時間つぶしに読み始める。
私はチューブを引き抜き立ち上がろうとする。
何か体から駆動音みたいなのが聞こえ、引き抜かれた部分から蒸気が噴き出る。
熱さはなかったから私は気にせず立ち上がる。
よく観察すると、私の手足の関節部が剥き出しの機械のようになっている。
手で触れると、ひんやりとした金属の感触があった。
「どういうことなの……?」
状況がつかめず、そう私は呟くが、その声を聞き取った人はいなかった。
だから私は仕方がなく、バスケットに置かれた着替えを着込む。
噴き出た蒸気は収まり、柔らかい湯気が胸から出るぐらいになる。
着替えは私のワンピースだった、多分、私のママあたりが持ってきたのだろう。
また、ワンピースの他に手袋と何本かの透明なチューブ……先端が金属でできていて、胸に繋げると推測されるものがあった。
「えーと、このチューブはどうすればいいの?」
「胸の蒸気動力に繋いでくれ、服の隙間から通せばそこから蒸気が出る仕組みだ。手袋も忘れず付けないと熱いぞ」
博士に言われた通り、私は手袋をして胸の機械にチューブを繋ぐ。
手袋がじめじめとした感覚になるけど、すんなりかちりと嵌ったらワンピースを上から着て、チューブは全部首の部分の所から出し、着替えを終える。
「えーと、それで何がどうしてどうなったの?」
博士の研究机の近くに置いてある、木製の椅子に座って私は言った。
「ああ、着替えたのかね……まぁ、はっきりと言えば……君がMAOSを持っていたから、運よく心臓がやられても完全に死なずに、脳は壊死せず仮死状態になっていた。それでも上手く人工心臓に交換した所で拒絶反応を抑止したり、循環器系とつなぐ作業が困難だと判断した私は君の肉体の大部分……まぁ、脳以外の大体全部を機械化して蘇生させたのだよ」
博士は申し訳ないような顔をして言う……って、脳以外機械って……またもや、突飛な言動にびっくりした。
手足の間接部が機械だからある程度は推測できたけど、この体、結構肉っぽいのに全部作り物なの?
「えーと、つまり今の私はロボットってこと?」
「うむ、私の、いや現時点での人類の技術を突き詰めた最高傑作と言っても過言ではないだろう。サイボーグ兵なら動物実験で実証できていたが、人間で行ったのは私が世界始めてだろうな。尤も、他の科学者なら無骨なブリキ缶みたいな体が限度なのだろうがね」
「……胸とか、凄い精巧に作ってましたけど」
胸を張って博士は言ったけど、女の人のパーツをここまで詳細に再現したと気付き、ちょっと引く。
「ああ、パーツは元の体の図面を取って解体して臓器の形を上手く一から作ったからな……流石に全部の再現は骨が折れた……だが解体や図面の制作、パーツの組み立ては私でなく女性スタッフがやったから安心してくれ」
「……それ、先に言ってよ」
私は苦笑する、流石に女性に対して大雑把な彼でも、そういう事には少し気を使ったのは嬉しかった。
「それで次はMAOSについて話をするがいいか?」
MAOS……私を生かしていたというけど、一体何なのだろうと私は思う。
「ええ、何ですの?」
「君が持っていたプレートの事だ。あれはMAOSって言って、真作鎧の制御システムに使われていたりするものだ。あれが無くては真作鎧は動かない、ただの鉄クズと言っても過言ではない、蒸気機関が胃袋だとすると、心臓のようなものだ」
プレート……思い出す、あの店長さんにもらった物だ、まさか真作鎧の制御システムだったなんて、でも……それが何で私の体を生かしてたの?
「君のMAOSはどうも通常の真作鎧のやつと違って、持ち主の肉体を補強したり感覚を増設したり、また、生命維持までしてくれる機能があった……それで君の心臓が撃たれた時、そのMAOSは君を仮死状態にしていたのだよ」
「MAOSの起動、ね……」
「ああ、どうにも体内にMAOSを動かすためのアカシャ粒子が君の体内にあったから何らかの理由で自動起動したのだろう、心当たりはないかね?」
そう博士に言われると、一つ心当たりがあった。
ううん、これに違いない。
あの時逆卍党に狙われた時、リンとアムの仕打ちに私は怒ってそれで発動したと。
「ええ、それが……」
そうして、私はその日、何があったのかを全て説明した。
逆卍党との接触、アレンとの邂逅。
そして彼と父が決闘し、父が死に、私がその仇を討とうとして、先に撃たれて死んだことを。
そしてその後、夢の世界で長い間暮らしていたと。
ものすごい年月を現実のような夢の世界で体験していたというのに、鮮明に覚えていたことに私は少し、びっくりした。
「成るほど……だとすれば、やはりアレンの奴が犯人か……」
「まだ……捕まっていないの?」
「捕まえる、か……ああ、君はこの半年の間仮死状態だったから状況がつかめなくて当然か」
「……どういう事?」
博士の言葉に、少し不安感を覚える、彼が何かをしたというの?
「どうもこうもない、あの日君が撃たれ、ジョンが死んだ日の後、彼はTV局をジャックし、南軍残党に決起を呼びかけた……そしてそれに同調する、失業した南軍残党が集まり……今や飛空艇を14隻、空中空母を6隻の計10隻の飛空艇と、推測数2000の蒸機鎧を持つ大規模な武装勢力なり、西部近辺にて列車や飛空商船に対し強盗を繰り返す、最悪の空族集団となったのだよ」
「え……」
私は驚く、彼はパパに恩義があるというのに、それを完全に仇に返したのだ。
「……軍は動いているが船はイングランドの最新型で、機動力で負け、そして優秀な指揮官でも居るのか各個撃破をされるばかり。西部の保安官とやっと協調体制をとっているが、彼らのアジトや補給ルートが見つからない限りダメだろう……一種のゲリラ勢力だな、あれは」
「イングランドの最新型って……」
私は絶句する、かってアメリカはイングランドの植民地だった。
だけど植民地である事に反発し、独立戦争を行い勝利した。
それはアメリカの歴史で誰でも知っている事。それなのにアレン達南軍の残党は、イングランドの支援を受けて戦っているというの?
彼らは父への恩を仇に返すどころか、アメリカの開拓者精神と自由の意思までどこかに放り投げてしまったと考えると、そんな存在の決闘を受け入れた父に、やるせない気分になる。
「ああ、尤もイングランドは介入を否定しているがな……まぁ、情勢の話はそのぐらいに置いておこう、君の体についてだ」
「ええ」
私の体は今、機械の体だと博士は言ったけど……正直あまり自覚がない。
ちょっとからだを動かす時違和感があったりするけど、五感は解っているだろうが胸や間接のあたり以外ちゃんとある。
もっと機械の体ってがちがちでぎちぎちで不便なもの……蒸機鎧に乗った時みたいな感じをイメージしてしまうわ。
「食事については生身の時と変わらないものでいい、強引に燃やして蒸気にする、排泄物はきちんとその燃えカスから構成されるように設定してある。だが水はきちんと採りたまえ、蒸気駆動だから沸かす水がなければ、最悪空炊きになってしまう。」
「水は何でもよくて?」
「ああ、汚水だろうが尿だろうが理論上は湧かせればいい、大体水不足なら喉が渇き、燃料不足なら腹が空くから、気にしなくてもいい事だろうがな」
「なるほど、便利なものね?」
汚れたものでも大丈夫という喩えだとは分かっているけど、汚水や尿なんて絶対飲む訳ないじゃないと私は内心思う。
「次は力加減だが……まぁ、リミッターをかけてあるから問題はないな。大体蒸気鎧みたいなバカ力を出そうとしたら毎週私のラボで点検を受ける日々になる、それは君とて不本意だろう?」
「……そうね、流石にあまり裸を晒すのは淑女として嫌です」
でも、マッドナー博士ぐらいの美形なら普通の人なら喜んで裸を見せそうなのに……まぁ、女の人に興味無さそうだし自覚はないのかもしれないけど。
「だから整備や点検は極力行わないで済む構造にしておいた、大体理論上は300年ぐらいは無整備で大丈夫だろう、MAOSに何とか干渉できたおかげだな」
「MAOSに干渉?」
「ああ、MAOSは特定の古代言語で書かれた文書を読み取り、その文書を自らの意思で解析し、その文書通りの力をアカシャ粒子を消費し発現させるものだ。それを上手く利用して君の肉体が循環し、生物のように怪我をしたら直し、金属疲労を自動で修復するように設定した……尤も、君の肉体の大半は真型鎧に使われてる技術のものであるが」
「まるで人間サイズの蒸機鎧ですね、私」
「大体そんな所だ。贋作鎧も動力は同じ蒸気機関であるし、MAOSは蒸気機関から出たアキシオンを吸収し、そして蒸機鎧を動かす。贋作鎧はMAOSの代わりにパンチカードがあり、そのパンチカードによりMAOSと同じように蒸機鎧の稼働を可能にしている。例えば君の体なら人工筋肉の収縮や制御などは、贋作鎧も同じことは出来る」
「……蒸機鎧は好きだけど、蒸機鎧そのものになったなんて……」
私は呆れる、世界初の人間サイズの蒸機鎧になるなんて……でも大体この体でまだ不都合は起きてないし、文句はあまり言えなかった。
「後は生活していれば大体慣れるものだ。マニュアルは渡す、今日は早く君の母親に無事を知らせて来た方がいい」
そう言ってマッドナー博士は私に分厚い本を手渡す。
きちんと読まないと腕がどこかに飛んで行くとか、そんなものもありそうだから後で読むことにしようと私は思った。
「さて、今日は家に帰ってもらうとして、明日の午後2時に君のボディの稼動テストを本格的にやってもらいたいが、来てくれるかね?」
「ええ。それじゃあ博士、今日はありがとうございました」
そう言った後、私は鉄と蒸気が支配する部屋から退出した。
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