いつも同じで違う
いつもと同じ、いつも通りに来る電車、その電車に乗り込む人も同じ、電車内にいる人も同じ、でも最近変わったのは「私の前に座るあの人」
その人は、三十代くらいで、スーツを着ていて、ちょっと色素が薄くて、背が少し高くて、声は一度だけ聞いた…そんなに低くない声。
一度だけ聞いたというのは、一週間ほど前のこと。
いつもと変わらない日々に少しだけ不満をもって駅の待合室で電車を待っていた私。
今日は学校をさぼろうかな、と普段思わないことをなんとなしに思っていた時、
「あの…福井行の電車はここのホームで合っていますか?」
えっ、と思わず声に出てしまった。
「えっと、八時二分に来る電車は福井まで行きますか?」
困ったような顔をしていたおじさん。おじさんと言うのはまだ早いだろうか。おにいさんでもなくおじさんでもない、中間のようなそんな雰囲気の人。
「あっ…えっと…福井まで行きたいんですよね」
あせってしまい、聞かれたことをそのまま返してしまった。
「はい」
「八時二分の電車は次の駅までなので、福井にはいきません。その次に来る電車は多分、福井まで行きますよ」
そう答えると、にこっと笑って、まるで少年のように爽やかな笑顔で
「そうでしたか。ありがとうございます。」と言った。なぜだかわからないけど、その笑顔があんまりにも三十代の男の人には見えなくて、見つめていた。もう一度見たいなと。
「あっあの~。僕の顔になにかついているんでしょうか。とってくれるんですか」
はっと今自分が何をしていたか。私はもう少しでその人の顔に手を触れるとこだった。
「すっすみません!」
あわてて手をひっこめたが、自分がしようとしていたことが恥ずかしくて俯いてしまった。なにしてるんだよわたし。見ず知らずの人に…。
ふふっと笑う声がした。顔をあげたら、さっきの少年のような笑顔があった。
「大丈夫ですよ。謝らないでください。こんな可愛い子に触れられそうだったので、驚いただけです。」
「教えてくれてありがとうございました。ではまた。」
そう言って、その人は、待合室を出て行った。
あの時だけだ。話したのは。
それ以来私とあの人は、八時二分の電車で会うようになった。会うというのはおかしいか。見るようになった。私と同じ駅で乗っているのか、それよりも前で乗っているのか。
いつもと同じ場所に座ったら、いつの間にかあの人が前に腰かけている。目が合うと微笑んでくれて、その微笑みが「おはよう」と言っているかのようで、少し嬉しい。
学校に行く楽しみというか、それまでの楽しみができ、あの人と会ってから二週間が経とうとしていた。
今日もあの人がいるかと期待しながら、電車に乗り込んだら
…いない。
いつもはその空間に人がいるのにいないというのは、さみしい。あの人のことが好きとかじゃなくて、あの「おはよう」がないからさみしいんだ。
次の日もその次の日もあの人はいなかった。毎日駅が見えただけで今日もいるかなと期待していた駅が嫌になってきた。今日もいるかな、じゃなくて今日もいないんだろう、に変わっていた。
あの人がいなくなってから一週間が経った日。重い足取りで電車に乗り込んだ時、「おはよう」って誰かが言った。私にではないだろうと、気にせず定位置に座ったら
前にあの人がいた。
「おはよう」
さっきの挨拶は私に向けてのものだったんだ。相変わらずの微笑みで私を見ていた。
「おっおはようございます」
一週間ぶりのあの人は変わっていなかった。
「こうやって話すのは、初めてだね。あの時に聞いた以来だ。」
覚えていると思わなかった。驚いた。驚いてまた見つめていた。
「君は見つめるのが好きなのかい?僕は少し恥ずかしくなるんだけど…」
そういうあの人の顔はよく見ればほんのりと赤い。
「すみません…あの、久しぶりだったので」
私も恥ずかしくなってきた。
「あぁ。ちょっと旅行に出かけていてね。旅行プラス仕事だったんだ。…ところで君はチョコレート、好きかな」
「えっ、チョコですか?」
私はあの人に会うとそのまま聞き返してしまうみたいだ。
照れくさそうでもしっかりと私を見ながらあの人は
「うん。旅行先でね。店員さんに薦められるがままチョコを買っちゃったんだけど、食べる人いなくて…僕は甘いのは苦手だからよかったら、と思ったんだけど嫌かな」
「いっいやじゃないです。チョコは大好きです」
本当に。好きです。チョコの新製品が出たらとりあえず買ってしまうくらい好きです。とは言えず、だまってたら。
ふふっとあの人が笑った。あの時と同じ。
「良かった。じゃあ、渡してもいいかな。会社に置いてあるから、また明日か、それとも…今日か」
「えっ今日ですか。今日ってもう私降りちゃうんですが…」
少し眠そうな乗務員さんのアナウンスで次の駅は大寺~大寺~と私の降りる駅を言っていた。
「うん。君は気づいていないだろうけど、僕と君は帰りの電車も実は一緒なんだよ」
「ええっ!!」
いつも部活が終わり、友達と話しながら駅まで歩いて、四時四十七分に乗る。その電車も一緒だったの!
「しっしらなかったです…」
「あはは、そうだろうね。君は一番後ろの車両で、僕は一番前だから。あの時君と話すまで、僕は君を知らなかった」
じぃ~とあの人は見つめてくる。
その瞳の中に私が映り込んでいるかのような錯覚に陥る。
色素の薄い、茶色がかった瞳に私がいる。そのことがなんだか嬉しくて…もっとあなたを知りたくなった。
「あの…お名前教えてもらってもいいですか?」
まずは名前から。
「私は廣阪 澪です」
あっまた笑ってる。私の好きな笑顔だ。
「僕は、加治原 栄。三十二歳のおじさんだよ」
ふふっ、おじさんだって。そう見えないのに。
「また笑って…あ、もう着くね」
加治原さんはそう言って立った。
かじはら さかえさん。
名前を知るだけでなぜこんなにも近くの存在に感じるのかな。なんか嬉しいな。かじはらさん。さかえさん。
「まーた、にこにこして。嬉しそうな顔しちゃってさ。そんなにチョコ欲しいのかい」
「えっあっいや違いますよ!チョコは嬉しいけど…」
ん?と不思議そうな顔をして私を覗き込む加治原さん。
…名前が知ることができて嬉しかったんです。なんて言えない。
「なんでもないですっじゃあまた帰る頃に会いましょうっ」
恥ずかしさを紛らそうとしたら冷たい言い方をしてしまった。
でも、そんな私に嫌な顔することなく加治原さんは
「うん。じゃあまたね。…澪ちゃん」
手を軽く振って加治原さんは電車を降りてしまった。
「澪ちゃん」だって。お母さんにしか言われないよ。でもお母さんに言われるのとは違う。まさかとは思うけど、ちょっと加治原さんのこと好きになってる?
いやいや。早すぎるでしょ。好きというより気になる?うーん…
そんなことを考えていたら、ピューウ。
ピューウ?
「この電車、当駅止まりですのでご乗車中のお客様はお降りください~」
只今、八時十五分。
「やっばい!!!遅刻しちゃうっ」
慌てて電車を降りようとした。でもちょっと後ろを振り返ったら、何もない空間だけど、誰もいないその場所だけは、窓から入る太陽の光で明るく輝いていた。
なんてことはない毎日。いつもと変わらない日。
すべてが同じのようで、少し違う。
「今日もがんばろう」
最後まで読んで下さりありがとうございます。
初投稿です。下手な文章で読みづらい、伝わりにくいなどあるかと思いますが、申し訳ございません。
福井という地名や電車の時刻など実在することを書いてしまいました。
この作品は完全フィクションなので、少年のような笑顔の人は八時二分の電車には居りません。
本当にありがとうございました。