第一章 才能のない怪物
灰色の雪が降っていた。
正確には雪ではない。
上層区画の工場群から吐き出された金属灰だ。
空に浮かぶ巨大な熱交換塔が赤く脈動し、
夜なのに街をぼんやり照らしている。
第七学術都市。
科学都市。
魔法嫌いの街。
その中央通りを、
黒い軍用コートの青年が歩いていた。
背は高い。
痩せている。
だが異様に目立つ。
理由は単純だった。
周囲の誰よりも、
“殺気”が静かだった。
「――おい、あれ」
「今年の首席」
「カナタ・イグレシア……」
「魔法適性ゼロの?」
「なのに演習で魔導士三人潰した化け物」
ひそひそ声。
カナタは無視した。
慣れている。
というより、
他人に興味がない。
彼の視線は携帯端末に向いていた。
表示されているのは演算式。
人体駆動補助フレーム《HFA》の負荷計算。
歩きながら、
次の戦闘を想定している。
「兄さん」
声。
カナタが顔を上げる。
人混みの向こうから、
小柄な少年が走ってきた。
白いマフラー。
柔らかい茶髪。
兄と違い、
表情がよく動く。
「ユウ」
「また徹夜したでしょ」
「してない」
「嘘。目が死んでる」
「元からだ」
ユウはため息をついた。
「はい」
缶コーヒー。
カナタは無言で受け取る。
「……甘い」
「脳使う人には糖分必要なんだって」
「誰情報だ」
「医療論文」
「お前また勝手に俺の端末見たな」
「健康管理のためですー」
ユウが笑う。
カナタは少しだけ眉を緩めた。
本当に少しだけ。
その瞬間。
都市全域に警報が鳴った。
【警告】
【中央演習区画にて魔力暴走反応】
【学生は直ちに避難してください】
周囲がざわつく。
誰かが叫んだ。
「暴走だ!」
「第三演習場!」
カナタの目つきが変わる。
一瞬で、
感情が消える。
「ユウ、帰れ」
「兄さんは?」
「仕事だ」
軍学校の学生たちが走り出す。
魔導士科の生徒たちは杖を展開し、
詠唱を始めている。
だがカナタは違った。
腰のホルスターから金属球を取り出す。
安全装置解除。
内部演算開始。
「兄さん!」
ユウが叫ぶ。
「無茶しないで!」
カナタは振り返らない。
「安心しろ」
静かな声。
「無茶しかできない」
そして駆け出した。
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第三演習場。
そこは半壊していた。
床が溶けている。
空間が歪んでいる。
中心には、
一人の女生徒。
魔力暴走。
目が赤く染まり、
周囲に炎が渦巻いている。
教師たちが近づけない。
「駄目だ!」
「炎圧が高すぎる!」
「封印班を――」
その時。
誰かが呟いた。
「……来た」
カナタ。
彼は炎へ向かって歩いていく。
魔導士たちが叫ぶ。
「馬鹿! 死ぬぞ!」
カナタは端末を操作した。
空中に青白いウィンドウが展開される。
熱量測定。
酸素流動。
空間膨張率。
瞳が高速で情報を追う。
「酸素供給偏向型か」
ぼそり。
次の瞬間。
カナタは金属球を投げた。
破裂。
白い泡が爆発的に広がる。
特殊窒息フォーム。
炎が一瞬だけ揺らぐ。
そこへ突っ込む。
「なっ――!?」
女生徒の炎腕が振り下ろされる。
カナタは紙一重で回避。
床を滑る。
同時に腰から電磁ナイフを抜いた。
だが斬らない。
代わりに、
少女の首筋へ注射器を突き刺した。
「――眠れ」
薬剤注入。
数秒後。
炎が消えた。
静寂。
誰も動けない。
教師が呆然と呟く。
「たった一人で……」
カナタは息を吐いた。
直後。
視界が揺れる。
頭痛。
耳鳴り。
血の味。
だが表情は変えない。
「担架呼べ」
それだけ言って歩き出す。
しかし。
三歩目で。
ガンッ――!!
突然、
カナタが壁に手をついた。
肩が震えている。
誰にも見えない位置で、
彼の右腕が痙攣していた。
皮膚の下で、
何かが脈動している。
まるで機械のように。
カナタはそれを無理やり押さえ込む。
「……クソが」
低い呟き。
誰にも聞こえなかった。
ただ一人を除いて。
遠くの監視塔。
暗闇の中。
白衣の老人がモニターを見つめていた。
画面には、
カナタの生体波形。
老人は静かに笑う。
「適合率……更新」
その目には、
父親らしい感情は一切なかった。
「やはり零式は成功だ」




