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人手不足で過労の俺、異世界では”要領の良さ”を活かします。

作者: なまこ
掲載日:2026/02/26

黒田充(くろだ みつる)は、死ぬ直前にこう思っていた。

――もう、無理だ。


プロジェクトの人手は常に不足し、気づけば自分一人で五人分の仕事を回す羽目になっていた。

スケジュール調整、クライアント交渉、資料作成、トラブル対処。

全部、黒田一人。


ただし彼は要領が良かった。

人に仕事を押しつけるのではなく、“段取り”と“省力化”でなんとかしてしまうタイプだった。

だからブラックになった。


「黒田さんならできますよね?」

「黒田さんのほうが早いんで!」


そんな言葉が、彼の定時を永遠に奪った。

そして気づいた時には――過労で意識を失っていた。


◆

「……おはよう、人間さん」


涼しげな声が聞こえ、黒田はゆっくり目を開く。

そこはオフィスでも病院でもなかった。

見知らぬ草原。


空の色は地球とは少し違い、どこか透明感がある。

そして彼の顔をのぞき込んでいたのは――

青銀の髪に琥珀色の目をした、美しい女性だった。


彼女は腰に短剣、背には大きな荷物袋を背負っている。

その姿は冒険者のようでもあり、旅商人のようでもある。


「私はアリシェラ。『なんでも屋』をやってるの」

「な、なんでも屋……?」


「依頼があれば、調査、護衛、買い付け、薬の調合まで何でもね。あなたは……転移者?」

黒田は思わず苦笑した。

「……そうなんですかね」


アリシェラはあっさりと状況を受け入れた。

「そっか。じゃあ働く場所、探してるんだよね?」

「え、いや……なんか、急に……」

「どう? うちで働かない? 人手不足なんだよね」

黒田は反射的に固まった。


人手不足――

その言葉は、彼にとって最も恐ろしい呪文だった。


「……あの、ブラックじゃないですか?」

「ブラックって何?」

「理不尽な労働環境のことで……徹夜とか、休日なしとか……」


アリシェラは大笑いした。


「しないよ!私が死んじゃうし、あなたも死んじゃうでしょ?」

「……まあ、そうですよね」


異世界の常識は、案外まともらしい。


◆

歩きながら、アリシェラは言った。

「私は雑に仕事を請けすぎてさ。効率とか苦手で、いつもてんてこ舞いなんだよ」

黒田の耳がぴくりと動く。


効率が苦手。

段取りができない。


――それ、俺の最も得意なジャンルじゃないか?


「例えば今日もそう。薬草採取と荷物の受け取りと護衛依頼が重なって……もう無理!」

黒田は自然と口を開いていた。

「優先度を整理して、効率的に回れば――3つとも今日中に終わりますよ」


「えっ!? 本当に!?」

「たぶん、この世界の地理を把握できれば、もっと上手くできます」

アリシェラは目を輝かせた。


「あなた……すごいね? 魔法使い?」

「違います。ただの……元ブラック企業勤めですよ」


「ブラック、って怖い言葉だけど……あなたは便利すぎない?」

便利すぎたからこそ、ブラックだった。

だが――異世界なら、その“便利さ”が武器になる。


「黒田、試しにうちで働いてみない?働き次第では報酬も用意するわ」

差し出されたアリシェラの手は、なぜか温かかった。


黒田は迷わず握り返した。

「よろしくお願いします。アリシェラさん」


こうして黒田充は、

異世界の“なんでも屋”として第二の人生を歩み始めた。

――今度は、要領の良さを武器に、ブラックじゃない世界で生きていくために。


◆

まずは情報収集だ。

任務の内容、この世界の地理、そして貴重品の価値。


――1時間あれば問題ない。

黒田はそう判断すると、アリシェラの店へ向かう道すがら、自然な調子で質問を投げ始めた。

「薬草の採取地はどのあたりですか? 町からどれくらい離れています?」

「えっと、北の丘。歩いて30分かな」


「荷物の受け取りは?」

「南の商隊。今日は昼過ぎに町へ到着予定」


「護衛依頼の集合場所は?」

「西門。夕方までには来てくれってさ」


黒田の頭の中で、地図が組み上がっていく。

北――薬草採取

南――商隊の荷物

西――護衛依頼


(バラバラだけど……動線を最適化すれば全部こなせる)

しかも、この世界では魔物が出るリスクがあるため、普通の冒険者は単純に距離だけで動くわけではない。


だが黒田は、効率化のプロだった。

「アリシェラさん、まずは薬草を取りに行きませんか?」

「北の? でも、商隊が来ちゃうよ?」


「大丈夫です。薬草を集めたら、そのまま丘を南側へ降りるルートを通って町へ戻れば時間ロスが最小になります。商隊の到着にちょうど良く間に合います」


「そんなルートあったっけ?」

「……ありますよね?」


「……あるね。使ったことないけど!」

アリシェラは目を丸くした。

(使ったことないのかよ……)


しかし黒田はもう計算を終えていた。

「で、荷物の受け取りが終わったら、そのまま西門へ。距離が近いし、夕方まで余裕があります。護衛の依頼主を待たせる必要もありません」

「……え、それだけで一日分の依頼が全部片付くの?」


「むしろ午後は空きますね」

「空くの!? いつも夜までかかったんだけど!?」

アリシェラの驚愕は本物だった。


黒田は、懐かしい感覚を覚える。

(段取りさえ整えば、仕事は軽くなる。

俺がブラックだったのは……できるから任されすぎただけだ)

だが異世界では、同じ能力が“価値”になる。


◆

アリシェラの店に到着すると、黒田は店内を一瞬で見渡した。


狭い店舗。

依頼票が雑に貼られた壁。

机には散乱した道具と未処理の紙束。

奥には、半分開いたままの荷物棚。


「……カオスですね」

「ひ、人手が足りなくて……」


黒田は自然に動き出した。

棚の整理、依頼票の仕分け、道具の分類。


効率化のために必要最低限のスペースを作り、すぐに仕事に取りかかれる環境を整えていく。

わずか十分ほどで、店が“機能する空間”に変わっていた。


アリシェラは口をぱくぱくさせた。

「えっ……なんでこんなに片付くの……?」

「環境整備は仕事効率の基本です。汚い職場は事故の元ですよ」

「この男……出来る!」


黒田は苦笑しながら、壁に新しい紙を貼る。

そこには、彼が即座にまとめた1日の工程表が書かれていた。


■ 本日の作業フロー


北の丘:薬草採取(11:00~12:00)

南門:商隊の荷物受け取り(13:00予定)

西門:護衛依頼(14:00~)


「……すごい」

アリシェラは見惚れるように言った。

「あなた、本当に一般人?」

「ただのサラリーマンですよ」


「サラリーマン……?なんか凄そうな響き」

その言葉に、黒田は少しだけ胸が温かくなった。

「凄くもなんともないですよ」

サラリーマンは地球では、ただの便利屋扱いだった。


だがこの世界では――

“要領の良さ”が特別扱いされる。


「よし、それじゃ行こうか!」

アリシェラは元気よく扉を開いた。


「今日は全部、早く終わらせちゃおう!」

「はい。定時が大事ですから」

「ていじ……?」

「夕方までに仕事を終わらせることです」


こうして黒田充の、異世界なんでも屋としての初仕事が始まった。

――ブラックではない、効率重視の冒険の幕開けだった。


◆

北の丘に向かう道は、朝の光が差し込み、どこか懐かしい田舎道のようにのどかだった。

アリシェラは軽快に歩きながら言った。


「薬草採取はね、いつも時間がかかるの。見つけるのに手間取るし、集中しすぎて周囲を警戒し忘れちゃうし」

「危険じゃないですか、それ」

「ね! よく生きてると思うよ!」


胸を張って言うことじゃない。

やがて丘に到着すると、アリシェラは腰をかがめて草むらを指差した。


「この辺りに“ヒカリソウ”が生えてるの。光が弱くてね、見つけるのが大変なんだ」

黒田はしゃがみ込み、草を観察した。

(確かに目立たない。これは慣れてないと時間がかかるな……)


だが、前職で「仕様書の誤字の中から本当に重要なミスだけを見抜く」ような作業は日常茶飯事だった。

訓練されている。


「……あそこ、群生してますよ」

「えっ、どこ!?」

「ほら、地面に影ができてない場所です。微妙に色が周囲の草と違う」


アリシェラは目を丸くして駆け寄った。

「ほんとだ! えっ、すごくない? 何者?」

「ただの元サラリーマンです」


10分足らずで必要量の薬草をすべて採取してしまった。

アリシェラは袋を抱えながら呆然と呟く。


「いつも半日かかってたのに……」

「慣れれば誰でもできますよ。パターンを覚えればいいだけです」

「そのパターンを見つけるのがすごいんだよ!」


褒められ慣れていない黒田は、少し照れながら咳払いした。


「ついでに、ポーションに使える薬草を取っておきましょう」

「依頼にポーションなんてなかったけど……」

「いずれ分かりますよ」


黒田は先を見据えていた。仕事を短時間で終わらせるには周りを見る必要がある。


一通り薬草を取り終わり、黒田が口を開く。

「さて……南の商隊に向かいましょうか。丘の南側から降りれば、町の近くに出られるはずです」

「任せる! 黒田がリーダーだね!」


(リーダー……そんなの何年ぶりだろう)


部下のいないプロジェクト管理。

責任だけ重く、権限はない。


そんな世界とは違い、ここでは黒田の判断がそのまま採用された。

それだけで、胸が少しだけ軽くなった。


◆

南へ少し歩くと、町が見えた。

「少し寄り道して行こう」

黒田は町の薬師の店に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ」

穏やかな表情をした女性が黒田たちを迎い入れた。


「この薬草でできるだけポーションを作ってほしい」

黒田は大量の薬草をバッグから取り出した。


「かしこまりました。少々お待ちください」

女性は薬草を持って店の奥へ入っていった。


「あんなに、薬草渡していいの?」

アリシェラは不安そうに黒田を見つめた。


「問題ないですよ。あの薬草はポーションくらいしか使い道がない。それに――ポーションの価値は高い」

二人はポーションを10個ほど受け取り店を後にした。


地図を見ながら町を歩いていると商隊が見えた。

隊の中で、ひときわ大きな体の男が声を上げた。


「おお、アリシェラか! 今日も受け取りか?」

「うん! 荷物、頼んでた分ある?」

「もちろんだ。……が、問題があってな」

男は肩を落とした。


「積み荷の一部が、別の依頼主と混ざっちまったらしい。仕分けが追いついてねぇ」

アリシェラは頭を抱える。

「ええ〜……じゃあ待たなきゃいけないの?」


黒田は一歩前に出た。

「荷物の一覧、ありますか?」

「ん? ああ、ここにあるが……読めるのか?」


黒田は即座に目を通し、積み荷の特徴と番号を確認する。

(色分けされてるのに、積むときに順番を無視したな……

いや、この配送効率じゃ混ざるのも無理ない)


「アリシェラさんの依頼品は“軽量の箱が3つ”ですね。番号は……B-12、B-13、B-14」

「そうそう! それそれ!」


黒田は荷台を見て、素早くラベルを追った。

「……ありました。ここです」


「早っ!?」

周囲の商人たちもざわつき始めた。


「兄ちゃん……この混乱した荷台から一瞬で見つけたのか……?」

「お、お前、仕分け係に来ないか? 報酬出すぞ!」

「俺らより目がいいぞ、こいつ!」


「いや、要領がいいだけです」

黒田は爽やかに微笑んだ。

「ところで、この中に要らないものを持っている方居ませんか?ポーションを買いすぎちゃって」


商隊の男たちがざわつく。

「ポーションか……」


その中で、ひときわ大柄な男が手を挙げた。

「兄ちゃん、ちょうどいい。鉄鉱石が余っててな。鍛冶屋に卸すには量が半端で困ってたんだ。ポーション一つと交換してくれねぇか?」


黒田は袋の中を覗き込む。

粗いが質の良い鉄鉱石が数個、ぎっしり詰まっている。

(武器の修理にも使えるし、アリシェラの仕事にも役立つ。十分価値がある)


「いいですよ。こちらのポーションと交換しましょう」

「助かる! 本当に助かる!」


男は満面の笑みで鉄鉱石を手渡してくる。

「他にも不要な物がある方はポーションと交換してほしいです」

黒田はポーションを元手に物々交換を進めていった。


アリシェラは鉄鉱石の袋を抱えながら、ぽつりと呟いた。

「黒田……あなた、本当に“なんでも屋”向いてるよ」

黒田は照れくさく笑った。


――異世界の人手不足は、ブラックと違い“感謝される”。

そのことが、何よりも嬉しかった。


◆

荷物を受け取り終えた二人は、西門へ向かって歩き出した。

昼下がりの陽光が石畳を照らし、町の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。


「護衛依頼の集合場所って、この先の広場だよ」

アリシェラが指差す。


広場には、荷馬車と、旅支度をした中年の男性が立っていた。

彼は二人を見ると、ほっとしたように手を振る。


「おお、アリシェラさん! 今日は頼りになる人を連れてきてくれたんだね」

「うん! 黒田、紹介するね。この人が今日の依頼主、ミルドさん」


黒田は軽く頭を下げた。

「黒田です。よろしくお願いします」


ミルドは安心したように笑った。

「いやぁ助かるよ。最近この道で“シャドウウルフ”の群れが出るって噂でね。

護衛を雇わないと、とてもじゃないが通れなくて」


アリシェラが黒田の方を見る。

「一匹なら問題ないけど群れは厄介だね」


黒田は周囲の地形を確認しながら、静かに言った。

「ミルドさん、道中で魔物が出る可能性は高いですか?」

「高いね。特に森の入口あたりが危ない」


「なるほど……」

黒田の頭の中で、また地図が組み上がる。


- 森の入口は狭い

- 荷馬車は小回りが利かない

- シャドウウルフは素早い

- アリシェラは近接戦闘が得意

- 自分は非戦闘員


(なら、やるべきことは――)


「アリシェラさん、護衛の配置を決めましょう」

「配置?」


黒田は指で地面に簡単な図を描いた。

「森の入口は一本道です。

ここで荷馬車を止めると逃げ場がなくなるので――」


黒田は指を滑らせながら説明する。

「① 荷馬車は森に入る前に速度を落とさず通過

② アリシェラさんは馬車の左側で迎撃

③ 右側は木が多いので、魔物は左から来る確率が高い

④ 僕は馬車の後ろで周囲を警戒しつつ、ミルドさんの護衛に専念」


アリシェラは目を丸くした。

「えっ……そんな細かいこと考えてたの?」

「段取りです。戦闘も仕事と同じで、準備が八割ですよ」


ミルドが感心したようにうなずく。

「いやぁ……こんなに頼もしい護衛は初めてだ」


◆

森に近づくにつれ、空気がひんやりと変わった。

木々の影が濃くなり、鳥の鳴き声が途切れる。


「来るよ……」

アリシェラが短剣を抜く。


――ガサッ。

黒田の背筋がぞくりとした。


一匹とは違う。複数の気配。


「アリシェラさん、左側に集中してください!」

「了解!」


次の瞬間、黒い影が三つ、同時に飛び出した。

「グルルルッ!!」


アリシェラが一歩踏み込み、斜めに構えて魔物の突進を受け流す。

黒田が指示した通り、木の少ない左側に誘導されている。


「黒田、後ろは大丈夫!?」

「問題ありません!」


黒田はミルドを庇いながら、周囲の動きを観察する。

(右側は木が密集している……魔物は動きづらい。

やはり左に集中している)


アリシェラの短剣が閃き、一匹が倒れる。

残り二匹が唸り声を上げて距離を詰める。


「アリシェラさん、後ろから来ます!」

「任せて!」


アリシェラは黒田の声に反応し、体をひねって二匹目の牙をかわす。

そのまま地面を蹴り、逆手に持った短剣で喉元を突いた。

最後の一匹が怯んだように後退する。


「今です!」

黒田の声に合わせ、アリシェラが一気に踏み込む。


――ズシャッ。

黒い影が地面に崩れ落ちた。

森に静寂が戻る。


◆

「ふぅ……終わった……」

アリシェラが息を整えながら笑う。

ミルドが震える声で言った。


「す、すごい……本当にすごい……!

アリシェラさんも強いが、黒田さんの指示がなかったら……」


黒田は首を振った。

「いえ、アリシェラさんが強いからこそ、段取りが活きるんです」


アリシェラは照れくさそうに頬をかいた。

「黒田……あなた、本当に凄いわ」


その言葉に、黒田の胸がじんわりと温かくなる。

(……ブラックじゃない世界って、こんなに優しいのか)


護衛依頼は、こうして無事に成功した。


◆

黒田は日が傾き始める前に、その日の依頼を片付けた。

「これで定時で帰れますね。それに――鉄鉱石が貰えたから武器の修理依頼はすぐに終わりますね」


アリシェラは受け取った鉄鉱石の袋を抱えながら、ぽかんとした顔で黒田を見る。

「すごいわ、黒田! 今日の依頼を全部こなしたうえに、別の依頼にまで手をつけるなんて!」

「段取りを組めば、こういう日もありますよ」

「すごい……。私、いつも夜までかかってたのに……」


黒田は肩をすくめた。

「効率化は、慣れれば誰でもできますよ。むしろ今日は順調すぎたくらいです」


アリシェラは笑いながら言った。

「順調すぎるって言えるの、黒田くらいだよ」


アリシェラは金貨の入った袋を黒田に渡す。

「今日の報酬よ。それで――もし、良ければなんだけど、これからもうちで働いてくれないかしら?どうせ寝る場所もないんでしょ?」


黒田は少し頭を掻いた。

「初日で自分に合ったプロジェクトに配属されるなんて、俺は幸運者です」


「プロジェクト……?」

アリシェラは首をかしげる。


黒田はふっと笑った。

「何でもないですよ。今日は飲みに行きましょう!」


(定時上がりで飲みに行くなんて……何年ぶりだろう)


まだ明るい空を見上げながら、黒田は“定時で上がれる”という当たり前の喜びを噛みしめていた。



春のチャレンジ2026で「仕事」に関する物語を書いてみました。

面白いと思ったら高評価やブックマークして頂けると大変励みになります。


これからも面白い物語が書けるよう努力して参りますので

応援よろしくお願いします。

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