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人手不足で過労の俺、異世界では”要領の良さ”を活かします。

作者: なまこ
掲載日:2026/02/26

黒田充くろだ みつるは、死ぬ直前にこう思っていた。

――もう、無理だ。


プロジェクトの人手は常に不足し、気づけば自分一人で五人分の仕事を回す羽目になっていた。

スケジュール調整、クライアント交渉、資料作成、トラブル対処。

全部、黒田一人。


ただし彼は要領が良かった。

人に仕事を押しつけるのではなく、“段取り”と“省力化”でなんとかしてしまうタイプだった。

だからブラックになった。


「黒田さんならできますよね?」

「黒田さんのほうが早いんで!」


そんな言葉が、彼の定時を永遠に奪った。

そして気づいた時には――過労で意識を失っていた。


「……おはよう、人間さん」


涼しげな声が聞こえ、黒田はゆっくり目を開く。

そこはオフィスでも病院でもなかった。

見知らぬ草原。


空の色は地球とは少し違い、どこか透明感がある。

そして彼の顔をのぞき込んでいたのは――

青銀の髪に琥珀色の目をした、美しい女性だった。


彼女は腰に短剣、背には大きな荷物袋を背負っている。

その姿は冒険者のようでもあり、旅商人のようでもある。


「私はアリシェラ。『なんでも屋』をやってるの」

「な、なんでも屋……?」


「依頼があれば、調査、護衛、買い付け、薬の調合まで何でもね。あなたは……転移者?」

黒田は思わず苦笑した。

「……そうなんですかね」


アリシェラはあっさりと状況を受け入れた。

「そっか。じゃあ働く場所、探してるんだよね?」

「え、いや……なんか、急に……」

「どう? うちで働かない? 人手不足なんだよね」

黒田は反射的に固まった。


人手不足――

その言葉は、彼にとって最も恐ろしい呪文だった。


「……あの、ブラックじゃないですか?」

「ブラックって何?」

「理不尽な労働環境のことで……徹夜とか、休日なしとか……」


アリシェラは大笑いした。


「しないよ!私が死んじゃうし、あなたも死んじゃうでしょ?」

「……まあ、そうですよね」


異世界の常識は、案外まともらしい。


歩きながら、アリシェラは言った。

「私は雑に仕事を請けすぎてさ。効率とか苦手で、いつもてんてこ舞いなんだよ」

黒田の耳がぴくりと動く。


効率が苦手。

段取りができない。


――それ、俺の最も得意なジャンルじゃないか?


「例えば今日もそう。薬草採取と荷物の受け取りと護衛依頼が重なって……もう無理!」

黒田は自然と口を開いていた。

「優先度を整理して、効率的に回れば――3つとも今日中に終わりますよ」


「えっ!? 本当に!?」

「たぶん、この世界の地理を把握できれば、もっと上手くできます」

アリシェラは目を輝かせた。


「あなた……すごいね? 魔法使い?」

「違います。ただの……元ブラック企業勤めですよ」


「ブラック、って怖い言葉だけど……あなたは便利すぎない?」

便利すぎたからこそ、ブラックだった。

だが――異世界なら、その“便利さ”が武器になる。


「黒田、試しにうちで働いてみない?働き次第では報酬も用意するわ」

差し出されたアリシェラの手は、なぜか温かかった。


黒田は迷わず握り返した。

「よろしくお願いします。アリシェラさん」


こうして黒田充は、

異世界の“なんでも屋”として第二の人生を歩み始めた。

――今度は、要領の良さを武器に、ブラックじゃない世界で生きていくために。


まずは情報収集だ。

任務の内容、この世界の地理、そして貴重品の価値。


――1時間あれば問題ない。

黒田はそう判断すると、アリシェラの店へ向かう道すがら、自然な調子で質問を投げ始めた。

「薬草の採取地はどのあたりですか? 町からどれくらい離れています?」

「えっと、北の丘。歩いて30分かな」


「荷物の受け取りは?」

「南の商隊。今日は昼過ぎに町へ到着予定」


「護衛依頼の集合場所は?」

「西門。夕方までには来てくれってさ」


黒田の頭の中で、地図が組み上がっていく。

北――薬草採取

南――商隊の荷物

西――護衛依頼


(バラバラだけど……動線を最適化すれば全部こなせる)

しかも、この世界では魔物が出るリスクがあるため、普通の冒険者は単純に距離だけで動くわけではない。


だが黒田は、効率化のプロだった。

「アリシェラさん、まずは薬草を取りに行きませんか?」

「北の? でも、商隊が来ちゃうよ?」


「大丈夫です。薬草を集めたら、そのまま丘を南側へ降りるルートを通って町へ戻れば時間ロスが最小になります。商隊の到着にちょうど良く間に合います」


「そんなルートあったっけ?」

「……ありますよね?」


「……あるね。使ったことないけど!」

アリシェラは目を丸くした。

(使ったことないのかよ……)


しかし黒田はもう計算を終えていた。

「で、荷物の受け取りが終わったら、そのまま西門へ。距離が近いし、夕方まで余裕があります。護衛の依頼主を待たせる必要もありません」

「……え、それだけで一日分の依頼が全部片付くの?」


「むしろ午後は空きますね」

「空くの!? いつも夜までかかったんだけど!?」

アリシェラの驚愕は本物だった。


黒田は、懐かしい感覚を覚える。

(段取りさえ整えば、仕事は軽くなる。

俺がブラックだったのは……できるから任されすぎただけだ)

だが異世界では、同じ能力が“価値”になる。


アリシェラの店に到着すると、黒田は店内を一瞬で見渡した。


狭い店舗。

依頼票が雑に貼られた壁。

机には散乱した道具と未処理の紙束。

奥には、半分開いたままの荷物棚。


「……カオスですね」

「ひ、人手が足りなくて……」


黒田は自然に動き出した。

棚の整理、依頼票の仕分け、道具の分類。


効率化のために必要最低限のスペースを作り、すぐに仕事に取りかかれる環境を整えていく。

わずか十分ほどで、店が“機能する空間”に変わっていた。


アリシェラは口をぱくぱくさせた。

「えっ……なんでこんなに片付くの……?」

「環境整備は仕事効率の基本です。汚い職場は事故の元ですよ」

「この男……出来る!」


黒田は苦笑しながら、壁に新しい紙を貼る。

そこには、彼が即座にまとめた1日の工程表が書かれていた。


■ 本日の作業フロー


北の丘:薬草採取(11:00~12:00)

南門:商隊の荷物受け取り(13:00予定)

西門:護衛依頼(14:00~)


「……すごい」

アリシェラは見惚れるように言った。

「あなた、本当に一般人?」

「ただのサラリーマンですよ」


「サラリーマン……?なんか凄そうな響き」

その言葉に、黒田は少しだけ胸が温かくなった。

「凄くもなんともないですよ」

サラリーマンは地球では、ただの便利屋扱いだった。


だがこの世界では――

“要領の良さ”が特別扱いされる。


「よし、それじゃ行こうか!」

アリシェラは元気よく扉を開いた。


「今日は全部、早く終わらせちゃおう!」

「はい。定時が大事ですから」

「ていじ……?」

「夕方までに仕事を終わらせることです」


こうして黒田充の、異世界なんでも屋としての初仕事が始まった。

――ブラックではない、効率重視の冒険の幕開けだった。


北の丘に向かう道は、朝の光が差し込み、どこか懐かしい田舎道のようにのどかだった。

アリシェラは軽快に歩きながら言った。


「薬草採取はね、いつも時間がかかるの。見つけるのに手間取るし、集中しすぎて周囲を警戒し忘れちゃうし」

「危険じゃないですか、それ」

「ね! よく生きてると思うよ!」


胸を張って言うことじゃない。

やがて丘に到着すると、アリシェラは腰をかがめて草むらを指差した。


「この辺りに“ヒカリソウ”が生えてるの。光が弱くてね、見つけるのが大変なんだ」

黒田はしゃがみ込み、草を観察した。

(確かに目立たない。これは慣れてないと時間がかかるな……)


だが、前職で「仕様書の誤字の中から本当に重要なミスだけを見抜く」ような作業は日常茶飯事だった。

訓練されている。


「……あそこ、群生してますよ」

「えっ、どこ!?」

「ほら、地面に影ができてない場所です。微妙に色が周囲の草と違う」


アリシェラは目を丸くして駆け寄った。

「ほんとだ! えっ、すごくない? 何者?」

「ただの元サラリーマンです」


10分足らずで必要量の薬草をすべて採取してしまった。

アリシェラは袋を抱えながら呆然と呟く。


「いつも半日かかってたのに……」

「慣れれば誰でもできますよ。パターンを覚えればいいだけです」

「そのパターンを見つけるのがすごいんだよ!」


褒められ慣れていない黒田は、少し照れながら咳払いした。


「ついでに、ポーションに使える薬草を取っておきましょう」

「依頼にポーションなんてなかったけど……」

「いずれ分かりますよ」


黒田は先を見据えていた。仕事を短時間で終わらせるには周りを見る必要がある。


一通り薬草を取り終わり、黒田が口を開く。

「さて……南の商隊に向かいましょうか。丘の南側から降りれば、町の近くに出られるはずです」

「任せる! 黒田がリーダーだね!」


(リーダー……そんなの何年ぶりだろう)


部下のいないプロジェクト管理。

責任だけ重く、権限はない。


そんな世界とは違い、ここでは黒田の判断がそのまま採用された。

それだけで、胸が少しだけ軽くなった。


南へ少し歩くと、町が見えた。

「少し寄り道して行こう」

黒田は町の薬師の店に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ」

穏やかな表情をした女性が黒田たちを迎い入れた。


「この薬草でできるだけポーションを作ってほしい」

黒田は大量の薬草をバッグから取り出した。


「かしこまりました。少々お待ちください」

女性は薬草を持って店の奥へ入っていった。


「あんなに、薬草渡していいの?」

アリシェラは不安そうに黒田を見つめた。


「問題ないですよ。あの薬草はポーションくらいしか使い道がない。それに――ポーションの価値は高い」

二人はポーションを10個ほど受け取り店を後にした。


地図を見ながら町を歩いていると商隊が見えた。

隊の中で、ひときわ大きな体の男が声を上げた。


「おお、アリシェラか! 今日も受け取りか?」

「うん! 荷物、頼んでた分ある?」

「もちろんだ。……が、問題があってな」

男は肩を落とした。


「積み荷の一部が、別の依頼主と混ざっちまったらしい。仕分けが追いついてねぇ」

アリシェラは頭を抱える。

「ええ〜……じゃあ待たなきゃいけないの?」


黒田は一歩前に出た。

「荷物の一覧、ありますか?」

「ん? ああ、ここにあるが……読めるのか?」


黒田は即座に目を通し、積み荷の特徴と番号を確認する。

(色分けされてるのに、積むときに順番を無視したな……

いや、この配送効率じゃ混ざるのも無理ない)


「アリシェラさんの依頼品は“軽量の箱が3つ”ですね。番号は……B-12、B-13、B-14」

「そうそう! それそれ!」


黒田は荷台を見て、素早くラベルを追った。

「……ありました。ここです」


「早っ!?」

周囲の商人たちもざわつき始めた。


「兄ちゃん……この混乱した荷台から一瞬で見つけたのか……?」

「お、お前、仕分け係に来ないか? 報酬出すぞ!」

「俺らより目がいいぞ、こいつ!」


「いや、要領がいいだけです」

黒田は爽やかに微笑んだ。

「ところで、この中に要らないものを持っている方居ませんか?ポーションを買いすぎちゃって」


商隊の男たちがざわつく。

「ポーションか……」


その中で、ひときわ大柄な男が手を挙げた。

「兄ちゃん、ちょうどいい。鉄鉱石が余っててな。鍛冶屋に卸すには量が半端で困ってたんだ。ポーション一つと交換してくれねぇか?」


黒田は袋の中を覗き込む。

粗いが質の良い鉄鉱石が数個、ぎっしり詰まっている。

(武器の修理にも使えるし、アリシェラの仕事にも役立つ。十分価値がある)


「いいですよ。こちらのポーションと交換しましょう」

「助かる! 本当に助かる!」


男は満面の笑みで鉄鉱石を手渡してくる。

「他にも不要な物がある方はポーションと交換してほしいです」

黒田はポーションを元手に物々交換を進めていった。


アリシェラは鉄鉱石の袋を抱えながら、ぽつりと呟いた。

「黒田……あなた、本当に“なんでも屋”向いてるよ」

黒田は照れくさく笑った。


――異世界の人手不足は、ブラックと違い“感謝される”。

そのことが、何よりも嬉しかった。


荷物を受け取り終えた二人は、西門へ向かって歩き出した。

昼下がりの陽光が石畳を照らし、町の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。


「護衛依頼の集合場所って、この先の広場だよ」

アリシェラが指差す。


広場には、荷馬車と、旅支度をした中年の男性が立っていた。

彼は二人を見ると、ほっとしたように手を振る。


「おお、アリシェラさん! 今日は頼りになる人を連れてきてくれたんだね」

「うん! 黒田、紹介するね。この人が今日の依頼主、ミルドさん」


黒田は軽く頭を下げた。

「黒田です。よろしくお願いします」


ミルドは安心したように笑った。

「いやぁ助かるよ。最近この道で“シャドウウルフ”の群れが出るって噂でね。

護衛を雇わないと、とてもじゃないが通れなくて」


アリシェラが黒田の方を見る。

「一匹なら問題ないけど群れは厄介だね」


黒田は周囲の地形を確認しながら、静かに言った。

「ミルドさん、道中で魔物が出る可能性は高いですか?」

「高いね。特に森の入口あたりが危ない」


「なるほど……」

黒田の頭の中で、また地図が組み上がる。


- 森の入口は狭い

- 荷馬車は小回りが利かない

- シャドウウルフは素早い

- アリシェラは近接戦闘が得意

- 自分は非戦闘員


(なら、やるべきことは――)


「アリシェラさん、護衛の配置を決めましょう」

「配置?」


黒田は指で地面に簡単な図を描いた。

「森の入口は一本道です。

ここで荷馬車を止めると逃げ場がなくなるので――」


黒田は指を滑らせながら説明する。

「① 荷馬車は森に入る前に速度を落とさず通過

② アリシェラさんは馬車の左側で迎撃

③ 右側は木が多いので、魔物は左から来る確率が高い

④ 僕は馬車の後ろで周囲を警戒しつつ、ミルドさんの護衛に専念」


アリシェラは目を丸くした。

「えっ……そんな細かいこと考えてたの?」

「段取りです。戦闘も仕事と同じで、準備が八割ですよ」


ミルドが感心したようにうなずく。

「いやぁ……こんなに頼もしい護衛は初めてだ」


森に近づくにつれ、空気がひんやりと変わった。

木々の影が濃くなり、鳥の鳴き声が途切れる。


「来るよ……」

アリシェラが短剣を抜く。


――ガサッ。

黒田の背筋がぞくりとした。


一匹とは違う。複数の気配。


「アリシェラさん、左側に集中してください!」

「了解!」


次の瞬間、黒い影が三つ、同時に飛び出した。

「グルルルッ!!」


アリシェラが一歩踏み込み、斜めに構えて魔物の突進を受け流す。

黒田が指示した通り、木の少ない左側に誘導されている。


「黒田、後ろは大丈夫!?」

「問題ありません!」


黒田はミルドを庇いながら、周囲の動きを観察する。

(右側は木が密集している……魔物は動きづらい。

やはり左に集中している)


アリシェラの短剣が閃き、一匹が倒れる。

残り二匹が唸り声を上げて距離を詰める。


「アリシェラさん、後ろから来ます!」

「任せて!」


アリシェラは黒田の声に反応し、体をひねって二匹目の牙をかわす。

そのまま地面を蹴り、逆手に持った短剣で喉元を突いた。

最後の一匹が怯んだように後退する。


「今です!」

黒田の声に合わせ、アリシェラが一気に踏み込む。


――ズシャッ。

黒い影が地面に崩れ落ちた。

森に静寂が戻る。


「ふぅ……終わった……」

アリシェラが息を整えながら笑う。

ミルドが震える声で言った。


「す、すごい……本当にすごい……!

アリシェラさんも強いが、黒田さんの指示がなかったら……」


黒田は首を振った。

「いえ、アリシェラさんが強いからこそ、段取りが活きるんです」


アリシェラは照れくさそうに頬をかいた。

「黒田……あなた、本当に凄いわ」


その言葉に、黒田の胸がじんわりと温かくなる。

(……ブラックじゃない世界って、こんなに優しいのか)


護衛依頼は、こうして無事に成功した。


黒田は日が傾き始める前に、その日の依頼を片付けた。

「これで定時で帰れますね。それに――鉄鉱石が貰えたから武器の修理依頼はすぐに終わりますね」


アリシェラは受け取った鉄鉱石の袋を抱えながら、ぽかんとした顔で黒田を見る。

「すごいわ、黒田! 今日の依頼を全部こなしたうえに、別の依頼にまで手をつけるなんて!」

「段取りを組めば、こういう日もありますよ」

「すごい……。私、いつも夜までかかってたのに……」


黒田は肩をすくめた。

「効率化は、慣れれば誰でもできますよ。むしろ今日は順調すぎたくらいです」


アリシェラは笑いながら言った。

「順調すぎるって言えるの、黒田くらいだよ」


アリシェラは金貨の入った袋を黒田に渡す。

「今日の報酬よ。それで――もし、良ければなんだけど、これからもうちで働いてくれないかしら?どうせ寝る場所もないんでしょ?」


黒田は少し頭を掻いた。

「初日で自分に合ったプロジェクトに配属されるなんて、俺は幸運者です」


「プロジェクト……?」

アリシェラは首をかしげる。


黒田はふっと笑った。

「何でもないですよ。今日は飲みに行きましょう!」


(定時上がりで飲みに行くなんて……何年ぶりだろう)


まだ明るい空を見上げながら、黒田は“定時で上がれる”という当たり前の喜びを噛みしめていた。



春のチャレンジ2026で「仕事」に関する物語を書いてみました。

面白いと思ったら高評価やブックマークして頂けると大変励みになります。


これからも面白い物語が書けるよう努力して参りますので

応援よろしくお願いします。

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