人手不足で過労の俺、異世界では”要領の良さ”を活かします。
黒田充は、死ぬ直前にこう思っていた。
――もう、無理だ。
プロジェクトの人手は常に不足し、気づけば自分一人で五人分の仕事を回す羽目になっていた。
スケジュール調整、クライアント交渉、資料作成、トラブル対処。
全部、黒田一人。
ただし彼は要領が良かった。
人に仕事を押しつけるのではなく、“段取り”と“省力化”でなんとかしてしまうタイプだった。
だからブラックになった。
「黒田さんならできますよね?」
「黒田さんのほうが早いんで!」
そんな言葉が、彼の定時を永遠に奪った。
そして気づいた時には――過労で意識を失っていた。
◆
「……おはよう、人間さん」
涼しげな声が聞こえ、黒田はゆっくり目を開く。
そこはオフィスでも病院でもなかった。
見知らぬ草原。
空の色は地球とは少し違い、どこか透明感がある。
そして彼の顔をのぞき込んでいたのは――
青銀の髪に琥珀色の目をした、美しい女性だった。
彼女は腰に短剣、背には大きな荷物袋を背負っている。
その姿は冒険者のようでもあり、旅商人のようでもある。
「私はアリシェラ。『なんでも屋』をやってるの」
「な、なんでも屋……?」
「依頼があれば、調査、護衛、買い付け、薬の調合まで何でもね。あなたは……転移者?」
黒田は思わず苦笑した。
「……そうなんですかね」
アリシェラはあっさりと状況を受け入れた。
「そっか。じゃあ働く場所、探してるんだよね?」
「え、いや……なんか、急に……」
「どう? うちで働かない? 人手不足なんだよね」
黒田は反射的に固まった。
人手不足――
その言葉は、彼にとって最も恐ろしい呪文だった。
「……あの、ブラックじゃないですか?」
「ブラックって何?」
「理不尽な労働環境のことで……徹夜とか、休日なしとか……」
アリシェラは大笑いした。
「しないよ!私が死んじゃうし、あなたも死んじゃうでしょ?」
「……まあ、そうですよね」
異世界の常識は、案外まともらしい。
◆
歩きながら、アリシェラは言った。
「私は雑に仕事を請けすぎてさ。効率とか苦手で、いつもてんてこ舞いなんだよ」
黒田の耳がぴくりと動く。
効率が苦手。
段取りができない。
――それ、俺の最も得意なジャンルじゃないか?
「例えば今日もそう。薬草採取と荷物の受け取りと護衛依頼が重なって……もう無理!」
黒田は自然と口を開いていた。
「優先度を整理して、効率的に回れば――3つとも今日中に終わりますよ」
「えっ!? 本当に!?」
「たぶん、この世界の地理を把握できれば、もっと上手くできます」
アリシェラは目を輝かせた。
「あなた……すごいね? 魔法使い?」
「違います。ただの……元ブラック企業勤めですよ」
「ブラック、って怖い言葉だけど……あなたは便利すぎない?」
便利すぎたからこそ、ブラックだった。
だが――異世界なら、その“便利さ”が武器になる。
「黒田、試しにうちで働いてみない?働き次第では報酬も用意するわ」
差し出されたアリシェラの手は、なぜか温かかった。
黒田は迷わず握り返した。
「よろしくお願いします。アリシェラさん」
こうして黒田充は、
異世界の“なんでも屋”として第二の人生を歩み始めた。
――今度は、要領の良さを武器に、ブラックじゃない世界で生きていくために。
◆
まずは情報収集だ。
任務の内容、この世界の地理、そして貴重品の価値。
――1時間あれば問題ない。
黒田はそう判断すると、アリシェラの店へ向かう道すがら、自然な調子で質問を投げ始めた。
「薬草の採取地はどのあたりですか? 町からどれくらい離れています?」
「えっと、北の丘。歩いて30分かな」
「荷物の受け取りは?」
「南の商隊。今日は昼過ぎに町へ到着予定」
「護衛依頼の集合場所は?」
「西門。夕方までには来てくれってさ」
黒田の頭の中で、地図が組み上がっていく。
北――薬草採取
南――商隊の荷物
西――護衛依頼
(バラバラだけど……動線を最適化すれば全部こなせる)
しかも、この世界では魔物が出るリスクがあるため、普通の冒険者は単純に距離だけで動くわけではない。
だが黒田は、効率化のプロだった。
「アリシェラさん、まずは薬草を取りに行きませんか?」
「北の? でも、商隊が来ちゃうよ?」
「大丈夫です。薬草を集めたら、そのまま丘を南側へ降りるルートを通って町へ戻れば時間ロスが最小になります。商隊の到着にちょうど良く間に合います」
「そんなルートあったっけ?」
「……ありますよね?」
「……あるね。使ったことないけど!」
アリシェラは目を丸くした。
(使ったことないのかよ……)
しかし黒田はもう計算を終えていた。
「で、荷物の受け取りが終わったら、そのまま西門へ。距離が近いし、夕方まで余裕があります。護衛の依頼主を待たせる必要もありません」
「……え、それだけで一日分の依頼が全部片付くの?」
「むしろ午後は空きますね」
「空くの!? いつも夜までかかったんだけど!?」
アリシェラの驚愕は本物だった。
黒田は、懐かしい感覚を覚える。
(段取りさえ整えば、仕事は軽くなる。
俺がブラックだったのは……できるから任されすぎただけだ)
だが異世界では、同じ能力が“価値”になる。
◆
アリシェラの店に到着すると、黒田は店内を一瞬で見渡した。
狭い店舗。
依頼票が雑に貼られた壁。
机には散乱した道具と未処理の紙束。
奥には、半分開いたままの荷物棚。
「……カオスですね」
「ひ、人手が足りなくて……」
黒田は自然に動き出した。
棚の整理、依頼票の仕分け、道具の分類。
効率化のために必要最低限のスペースを作り、すぐに仕事に取りかかれる環境を整えていく。
わずか十分ほどで、店が“機能する空間”に変わっていた。
アリシェラは口をぱくぱくさせた。
「えっ……なんでこんなに片付くの……?」
「環境整備は仕事効率の基本です。汚い職場は事故の元ですよ」
「この男……出来る!」
黒田は苦笑しながら、壁に新しい紙を貼る。
そこには、彼が即座にまとめた1日の工程表が書かれていた。
■ 本日の作業フロー
北の丘:薬草採取(11:00~12:00)
南門:商隊の荷物受け取り(13:00予定)
西門:護衛依頼(14:00~)
「……すごい」
アリシェラは見惚れるように言った。
「あなた、本当に一般人?」
「ただのサラリーマンですよ」
「サラリーマン……?なんか凄そうな響き」
その言葉に、黒田は少しだけ胸が温かくなった。
「凄くもなんともないですよ」
サラリーマンは地球では、ただの便利屋扱いだった。
だがこの世界では――
“要領の良さ”が特別扱いされる。
「よし、それじゃ行こうか!」
アリシェラは元気よく扉を開いた。
「今日は全部、早く終わらせちゃおう!」
「はい。定時が大事ですから」
「ていじ……?」
「夕方までに仕事を終わらせることです」
こうして黒田充の、異世界なんでも屋としての初仕事が始まった。
――ブラックではない、効率重視の冒険の幕開けだった。
◆
北の丘に向かう道は、朝の光が差し込み、どこか懐かしい田舎道のようにのどかだった。
アリシェラは軽快に歩きながら言った。
「薬草採取はね、いつも時間がかかるの。見つけるのに手間取るし、集中しすぎて周囲を警戒し忘れちゃうし」
「危険じゃないですか、それ」
「ね! よく生きてると思うよ!」
胸を張って言うことじゃない。
やがて丘に到着すると、アリシェラは腰をかがめて草むらを指差した。
「この辺りに“ヒカリソウ”が生えてるの。光が弱くてね、見つけるのが大変なんだ」
黒田はしゃがみ込み、草を観察した。
(確かに目立たない。これは慣れてないと時間がかかるな……)
だが、前職で「仕様書の誤字の中から本当に重要なミスだけを見抜く」ような作業は日常茶飯事だった。
訓練されている。
「……あそこ、群生してますよ」
「えっ、どこ!?」
「ほら、地面に影ができてない場所です。微妙に色が周囲の草と違う」
アリシェラは目を丸くして駆け寄った。
「ほんとだ! えっ、すごくない? 何者?」
「ただの元サラリーマンです」
10分足らずで必要量の薬草をすべて採取してしまった。
アリシェラは袋を抱えながら呆然と呟く。
「いつも半日かかってたのに……」
「慣れれば誰でもできますよ。パターンを覚えればいいだけです」
「そのパターンを見つけるのがすごいんだよ!」
褒められ慣れていない黒田は、少し照れながら咳払いした。
「ついでに、ポーションに使える薬草を取っておきましょう」
「依頼にポーションなんてなかったけど……」
「いずれ分かりますよ」
黒田は先を見据えていた。仕事を短時間で終わらせるには周りを見る必要がある。
一通り薬草を取り終わり、黒田が口を開く。
「さて……南の商隊に向かいましょうか。丘の南側から降りれば、町の近くに出られるはずです」
「任せる! 黒田がリーダーだね!」
(リーダー……そんなの何年ぶりだろう)
部下のいないプロジェクト管理。
責任だけ重く、権限はない。
そんな世界とは違い、ここでは黒田の判断がそのまま採用された。
それだけで、胸が少しだけ軽くなった。
◆
南へ少し歩くと、町が見えた。
「少し寄り道して行こう」
黒田は町の薬師の店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
穏やかな表情をした女性が黒田たちを迎い入れた。
「この薬草でできるだけポーションを作ってほしい」
黒田は大量の薬草をバッグから取り出した。
「かしこまりました。少々お待ちください」
女性は薬草を持って店の奥へ入っていった。
「あんなに、薬草渡していいの?」
アリシェラは不安そうに黒田を見つめた。
「問題ないですよ。あの薬草はポーションくらいしか使い道がない。それに――ポーションの価値は高い」
二人はポーションを10個ほど受け取り店を後にした。
地図を見ながら町を歩いていると商隊が見えた。
隊の中で、ひときわ大きな体の男が声を上げた。
「おお、アリシェラか! 今日も受け取りか?」
「うん! 荷物、頼んでた分ある?」
「もちろんだ。……が、問題があってな」
男は肩を落とした。
「積み荷の一部が、別の依頼主と混ざっちまったらしい。仕分けが追いついてねぇ」
アリシェラは頭を抱える。
「ええ〜……じゃあ待たなきゃいけないの?」
黒田は一歩前に出た。
「荷物の一覧、ありますか?」
「ん? ああ、ここにあるが……読めるのか?」
黒田は即座に目を通し、積み荷の特徴と番号を確認する。
(色分けされてるのに、積むときに順番を無視したな……
いや、この配送効率じゃ混ざるのも無理ない)
「アリシェラさんの依頼品は“軽量の箱が3つ”ですね。番号は……B-12、B-13、B-14」
「そうそう! それそれ!」
黒田は荷台を見て、素早くラベルを追った。
「……ありました。ここです」
「早っ!?」
周囲の商人たちもざわつき始めた。
「兄ちゃん……この混乱した荷台から一瞬で見つけたのか……?」
「お、お前、仕分け係に来ないか? 報酬出すぞ!」
「俺らより目がいいぞ、こいつ!」
「いや、要領がいいだけです」
黒田は爽やかに微笑んだ。
「ところで、この中に要らないものを持っている方居ませんか?ポーションを買いすぎちゃって」
商隊の男たちがざわつく。
「ポーションか……」
その中で、ひときわ大柄な男が手を挙げた。
「兄ちゃん、ちょうどいい。鉄鉱石が余っててな。鍛冶屋に卸すには量が半端で困ってたんだ。ポーション一つと交換してくれねぇか?」
黒田は袋の中を覗き込む。
粗いが質の良い鉄鉱石が数個、ぎっしり詰まっている。
(武器の修理にも使えるし、アリシェラの仕事にも役立つ。十分価値がある)
「いいですよ。こちらのポーションと交換しましょう」
「助かる! 本当に助かる!」
男は満面の笑みで鉄鉱石を手渡してくる。
「他にも不要な物がある方はポーションと交換してほしいです」
黒田はポーションを元手に物々交換を進めていった。
アリシェラは鉄鉱石の袋を抱えながら、ぽつりと呟いた。
「黒田……あなた、本当に“なんでも屋”向いてるよ」
黒田は照れくさく笑った。
――異世界の人手不足は、ブラックと違い“感謝される”。
そのことが、何よりも嬉しかった。
◆
荷物を受け取り終えた二人は、西門へ向かって歩き出した。
昼下がりの陽光が石畳を照らし、町の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
「護衛依頼の集合場所って、この先の広場だよ」
アリシェラが指差す。
広場には、荷馬車と、旅支度をした中年の男性が立っていた。
彼は二人を見ると、ほっとしたように手を振る。
「おお、アリシェラさん! 今日は頼りになる人を連れてきてくれたんだね」
「うん! 黒田、紹介するね。この人が今日の依頼主、ミルドさん」
黒田は軽く頭を下げた。
「黒田です。よろしくお願いします」
ミルドは安心したように笑った。
「いやぁ助かるよ。最近この道で“シャドウウルフ”の群れが出るって噂でね。
護衛を雇わないと、とてもじゃないが通れなくて」
アリシェラが黒田の方を見る。
「一匹なら問題ないけど群れは厄介だね」
黒田は周囲の地形を確認しながら、静かに言った。
「ミルドさん、道中で魔物が出る可能性は高いですか?」
「高いね。特に森の入口あたりが危ない」
「なるほど……」
黒田の頭の中で、また地図が組み上がる。
- 森の入口は狭い
- 荷馬車は小回りが利かない
- シャドウウルフは素早い
- アリシェラは近接戦闘が得意
- 自分は非戦闘員
(なら、やるべきことは――)
「アリシェラさん、護衛の配置を決めましょう」
「配置?」
黒田は指で地面に簡単な図を描いた。
「森の入口は一本道です。
ここで荷馬車を止めると逃げ場がなくなるので――」
黒田は指を滑らせながら説明する。
「① 荷馬車は森に入る前に速度を落とさず通過
② アリシェラさんは馬車の左側で迎撃
③ 右側は木が多いので、魔物は左から来る確率が高い
④ 僕は馬車の後ろで周囲を警戒しつつ、ミルドさんの護衛に専念」
アリシェラは目を丸くした。
「えっ……そんな細かいこと考えてたの?」
「段取りです。戦闘も仕事と同じで、準備が八割ですよ」
ミルドが感心したようにうなずく。
「いやぁ……こんなに頼もしい護衛は初めてだ」
◆
森に近づくにつれ、空気がひんやりと変わった。
木々の影が濃くなり、鳥の鳴き声が途切れる。
「来るよ……」
アリシェラが短剣を抜く。
――ガサッ。
黒田の背筋がぞくりとした。
一匹とは違う。複数の気配。
「アリシェラさん、左側に集中してください!」
「了解!」
次の瞬間、黒い影が三つ、同時に飛び出した。
「グルルルッ!!」
アリシェラが一歩踏み込み、斜めに構えて魔物の突進を受け流す。
黒田が指示した通り、木の少ない左側に誘導されている。
「黒田、後ろは大丈夫!?」
「問題ありません!」
黒田はミルドを庇いながら、周囲の動きを観察する。
(右側は木が密集している……魔物は動きづらい。
やはり左に集中している)
アリシェラの短剣が閃き、一匹が倒れる。
残り二匹が唸り声を上げて距離を詰める。
「アリシェラさん、後ろから来ます!」
「任せて!」
アリシェラは黒田の声に反応し、体をひねって二匹目の牙をかわす。
そのまま地面を蹴り、逆手に持った短剣で喉元を突いた。
最後の一匹が怯んだように後退する。
「今です!」
黒田の声に合わせ、アリシェラが一気に踏み込む。
――ズシャッ。
黒い影が地面に崩れ落ちた。
森に静寂が戻る。
◆
「ふぅ……終わった……」
アリシェラが息を整えながら笑う。
ミルドが震える声で言った。
「す、すごい……本当にすごい……!
アリシェラさんも強いが、黒田さんの指示がなかったら……」
黒田は首を振った。
「いえ、アリシェラさんが強いからこそ、段取りが活きるんです」
アリシェラは照れくさそうに頬をかいた。
「黒田……あなた、本当に凄いわ」
その言葉に、黒田の胸がじんわりと温かくなる。
(……ブラックじゃない世界って、こんなに優しいのか)
護衛依頼は、こうして無事に成功した。
◆
黒田は日が傾き始める前に、その日の依頼を片付けた。
「これで定時で帰れますね。それに――鉄鉱石が貰えたから武器の修理依頼はすぐに終わりますね」
アリシェラは受け取った鉄鉱石の袋を抱えながら、ぽかんとした顔で黒田を見る。
「すごいわ、黒田! 今日の依頼を全部こなしたうえに、別の依頼にまで手をつけるなんて!」
「段取りを組めば、こういう日もありますよ」
「すごい……。私、いつも夜までかかってたのに……」
黒田は肩をすくめた。
「効率化は、慣れれば誰でもできますよ。むしろ今日は順調すぎたくらいです」
アリシェラは笑いながら言った。
「順調すぎるって言えるの、黒田くらいだよ」
アリシェラは金貨の入った袋を黒田に渡す。
「今日の報酬よ。それで――もし、良ければなんだけど、これからもうちで働いてくれないかしら?どうせ寝る場所もないんでしょ?」
黒田は少し頭を掻いた。
「初日で自分に合ったプロジェクトに配属されるなんて、俺は幸運者です」
「プロジェクト……?」
アリシェラは首をかしげる。
黒田はふっと笑った。
「何でもないですよ。今日は飲みに行きましょう!」
(定時上がりで飲みに行くなんて……何年ぶりだろう)
まだ明るい空を見上げながら、黒田は“定時で上がれる”という当たり前の喜びを噛みしめていた。
春のチャレンジ2026で「仕事」に関する物語を書いてみました。
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