時給という概念が理解できませんの
事務所は、スーパーの奥にありましたわ。
棚と棚の隙間を抜けた先、少しだけ静かな空間。
「こちらへどうぞ」
山田さんに案内され、エレナは椅子に腰掛けました。
「では……面接ということで」
向かいに座ったのは、店長でした。
年齢不詳、表情は穏やか。
「お名前をお願いします」
「九条院エレナですわ」
店長は、一瞬だけペンを止めましたが、何も言いませんでした。
「年齢は?」
「十五歳ですわ」
「学校は?」
「通っておりますわ」
「……ふむ」
履歴書が差し出されます。
「こちらに記入を」
エレナは、受け取りました。
紙を見て、首を傾げます。
「……文字を書く欄が多いですわね」
「履歴書ですから」
エレナは、丁寧に書き始めました。
字は、美しかったですわ。
まるで招待状のよう。
住所欄。
職歴欄。
「……職歴?」
「はい」
「ありませんわ」
「大丈夫です」
資格欄。
「紅茶鑑定……?」
「趣味ですわ」
店長は、何も言いませんでした。
やがて、話は条件へ。
「時給は、九百八十円です」
「……」
エレナは、ゆっくりと聞き返しました。
「一時間で……九百八十円、ですの?」
「はい」
「つまり」
エレナは、指を折ります。
「三時間で……二千九百四十円」
「そうですね」
「一日ですと?」
「三時間なら、それくらいです」
「……」
沈黙。
「……意外と……」
エレナは、正直に言いました。
「時間が、必要ですのね」
山田さんが、横で小さく頷きます。
「そういうものです」
「ですが」
エレナは、顔を上げました。
「確実に、増えますわね」
「ええ」
「では、問題ありませんわ」
店長は、少しだけ笑いました。
「では、採用ということで」
「まあ」
エレナは、背筋を正します。
「よろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそ」
事務所を出るとき。
山田さんが、ぽつりと言いました。
「……続きそう?」
「ええ」
エレナは、迷いなく答えました。
「十万円では、足りませんもの」
その言葉に、
山田さんは、深く納得しました。
こうして――
超お嬢様は、
ついに“労働”という世界へ、
足を踏み入れたのでした。




