ここが噂の社交場ですの?
「食材は、まず揃えませんといけませんわね」
アパートを出たエレナは、地図アプリとにらめっこしながら歩いていましたわ。
紙の地図ではなく、画面が光る小さな板。
これだけで、すでに文明の進歩を感じますの。
目的地は
「激安スーパー ヤマダ」。
「……激安、ですの?」
名前からして、少々荒々しい響きですわね。
自動ドアが開いた瞬間、
ひんやりとした空気と、独特の匂いが鼻をくすぐりました。
「まあ……」
棚、棚、棚。
見渡す限りの商品。
そして――
すべてに、値札が付いている。
「全部……お値段が書いてありますの……」
エレナは、軽くめまいを覚えましたわ。
九条院家では、欲しいものに値段は存在しませんでした。
あるのは「必要か否か」だけ。
「では……こちらから」
最初に手に取ったのは、りんご。
「一玉……百五十円?」
エレナは首をかしげました。
「安いのか、高いのか……判断が難しいですわね」
隣には、三玉で三百円の袋。
「……まとめ買いがお得、ですの?」
袋を持ち上げ、再び計算。
「三百円……」
この時点で、エレナは“百円単位”の世界に、まだ慣れていませんでしたわ。
次に向かったのは、野菜コーナー。
そこで、運命の出会いがありました。
「……もやし?」
袋に詰められた、白く細い何か。
値札には、堂々と書かれています。
「一袋 三十八円」
「……」
エレナは、二度見しました。
「……三十八円?」
隣にあったキャベツは、二百円。
「この差は……身分制度ですの?」
思わず、もやしを手に取り、しげしげと眺めます。
「あなた、ずいぶんと謙虚ですわね」
そのとき。
「いらっしゃいませー。もやし、今日は安いですよー」
声をかけてきたのは、エプロン姿の店員、山田さんでした。
「まあ。こちら、そんなにお安いのですの?」
「ええ、節約の味方です」
「節約……!」
その言葉に、エレナの瞳がきらりと輝きましたわ。
「では、三つほどいただきますわ」
「……三つ?」
「いえ、五つにしておきましょうか」
「え、使い切れます?」
「分かりませんわ」
即答でした。
カゴの中に、もやしが増えていきます。
次に現れたのは、黄色い札。
「半額」
「……?」
エレナは、棚の前で立ち止まりました。
「半分……?」
山田さんが説明します。
「元の値段の半分です」
「まあ」
「賞味期限が近いんですけどね」
エレナは、深く頷きました。
「なるほど。つまり、急いで食べなさいということですわね」
「そうです」
「貴族の晩餐でも、鮮度は命ですわ」
まったく違う文化のはずなのに、なぜか会話が成立していました。
そして、店内に響く声。
「半額シール、貼りまーす!」
空気が変わりました。
人々が、静かに、しかし確実に集まり始めます。
「……これは?」
「戦いです」
山田さんは真顔でした。
「戦い……」
エレナは、胸に手を当てました。
「承知しましたわ」
気品を保ったまま、
エレナはその戦場へ、足を踏み入れたのでした。




