お嬢様の実家という存在ですわ
その手紙は、朝の郵便受けに入っていました。
厚みのある封筒。
上質な紙。
見慣れた家名の封蝋。
エレナは一瞬、指を止めます。
「……実家、ですわね」
開ける前から分かっていました。
これは急ぎではない。
命令でも、叱責でもない。
けれど、軽くもない。
学校へ行く前に読む気にはなれず、
そのまま鞄に入れました。
授業中、内容が気になって集中できない、ということはありませんでした。
むしろ逆です。
「……わたくし、落ち着いておりますわね」
かつてなら、実家からの連絡一つで心が揺れたはずです。
今は、それがない。
放課後。
アパートに戻り、制服を脱いでから、ようやく封筒を開きました。
中身は便箋一枚。
近況を気遣う言葉。
学業はどうか。
生活に困っていないか。
仕送りについての確認。
必要なら、相談するようにと。
どれも丁寧で、冷静で、
そして少し距離がありました。
「……相変わらずですわね」
嫌ではありません。
けれど、甘くもない。
エレナは便箋を机に置いたまま、しばらく考え込みます。
困っているか、と問われれば、答えは「いいえ」。
完璧かと聞かれれば、それも「いいえ」。
「……難しい質問ですわ」
夕方、廊下で大家さんと会いました。
「手紙?」
「実家からですわ」
「ああ」
それ以上、踏み込んだ質問はありません。
「……心配してくださっては、いるのです」
「それは、ありがたいね」
「ですが」
エレナは、少しだけ言葉を探します。
「助けられる前提で生きるのと、
助けがあると知った上で生きるのは、違いますわ」
大家さんは、少し驚いた顔をしてから、頷きました。
「大人みたいなこと言うね」
「事実ですもの」
夜。
エレナは机に向かい、返事を書くために便箋を取り出しました。
長くは書きません。
取り繕いもしません。
生活は続いていること。
学校とバイトを両立していること。
困ったときには、周囲に相談できていること。
そして、最後に一文。
「今は、自分で立っておりますが、
帰れる場所があることに、感謝しておりますわ」
書き終えて、ペンを置きます。
実家は、遠い。
けれど、消えてはいない。
「……背中にある、という感じですわね」
封筒に入れ、宛名を書き、静かに息を吐きました。
守られてきた過去。
今、立っている現在。
そして、まだ決まっていない未来。
そのすべてが、否定されずに、そこにある。
「それで、十分ですわ」
エレナはそう呟いて、灯りを落としました。




