お嬢様は、お嬢様ですわ
朝、鏡の前でエレナは制服の襟を整えていました。
動作はいつもどおり、背筋も伸びている。
それでも、鏡に映る自分に、どこか違和感を覚えます。
「……少し、庶民に寄りすぎましたかしら」
節約。
バイト。
まかない。
それらは確かに生活を助けてくれました。
けれど同時に、
「合わせよう」としている自分がいたのも事実です。
学校の廊下で、数人の生徒がひそひそと話す声が聞こえました。
「相変わらず、あの子の喋り方すごいよね」
「キャラ作ってるのかな」
エレナは足を止めませんでした。
聞こえないふりも、言い返しもしない。
「……事実ですもの」
教室に入り、席につくと、
隣の生徒が少し困った顔をします。
「その……やっぱ、その喋り方、直さないの?」
エレナは首を傾げました。
「なぜ、直す必要がありますの?」
「いや、なんか……浮くっていうか」
エレナは一瞬考えてから、穏やかに答えました。
「浮くことと、間違っていることは、別ですわ」
相手は言葉を失います。
「わたくしは、無理をして庶民になるつもりはありませんの」
それは、初めて口にした宣言でした。
放課後。
まんぷく亭でのこと。
エレナは、無意識に言葉を崩しかけている自分に気づき、
一度、息を整えました。
「……ご注文、承りますわ」
山田さんが、にやりと笑います。
「戻ったね」
「戻る、とは?」
「エレナちゃんらしさ」
エレナは、少しだけ胸を張りました。
「わたくしは、わたくしですもの」
常連のおじさまが頷きます。
「嬢ちゃん、その調子だ。
無理して変わる必要なんかない」
「ありがとうございますわ」
その言葉は、素直に受け取れました。
夜。
アパートの部屋。
エレナは、ノートを開き、今日の出来事を振り返ります。
節約はする。
働くこともする。
庶民の知恵も学ぶ。
けれど。
「品まで削る必要は、ありませんわ」
そう書き添えて、ペンを置きました。
「ですわ、という言葉は……」
少し考えて、微笑みます。
「わたくしの背骨ですわね」
誰かに合わせるためではなく、
自分を支えるためにあるもの。
灯りを消す前、
エレナはもう一度、鏡を見ました。
「お嬢様は、お嬢様ですわ」
静かにそう言って、
満足そうに頷いたのでした。




