頼られる側になる日ですわ
朝、エレナはいつもより少しだけ余裕をもって家を出ました。
時計を見て、きちんと間に合うと分かっている朝は、それだけで心が軽くなります。
「……時間とは、余裕があるだけで品格が上がりますのね」
自分で言って、自分で納得しました。
学校では、席に着くなり隣の生徒がそわそわしています。
消しゴムを落とし、ノートを見失い、明らかに落ち着きがありません。
「どうなさいましたの?」
思わず声をかけると、相手はびくっとしました。
「え、あ、その……今日の提出物……」
「数学ですわね?」
「う、うん……」
エレナは自分の鞄から、きれいに揃えられたノートを取り出しました。
「こちら、途中まででしたら写して構いませんわ」
「いいの!?」
「期限を守る方が大切ですもの」
相手は半信半疑ながらも、必死にノートを書き写し始めました。
その横顔を見ながら、エレナは少し不思議な気持ちになります。
――わたくしが、助ける側。
その感覚は、どこか落ち着かず、けれど悪くありませんでした。
授業後。
「ありがとう! 助かった!」
そう言われて、エレナは一瞬、返事に困ります。
「……どういたしましてですわ」
胸の奥が、少しだけ温かくなりました。
放課後、まんぷく亭。
今日は山田さんが忙しそうで、店内は少し混乱気味でした。
「ご飯足りてるー? あ、そっち一人前まだ!」
エレナは周囲を見渡し、自然と動いていました。
「こちら、配膳が遅れておりますわ」
「え、あ、お願い!」
言われてから動くのではなく、
必要そうなところに、自分から手を伸ばす。
気づけば、常連のおじさまに声をかけられていました。
「嬢ちゃん、今日も丁寧だねぇ」
「当然ですわ。食事は心ですもの」
その言葉に、なぜか笑いが起きます。
「相変わらずだなぁ」
山田さんが苦笑しながら言いました。
「でも助かってる」
その一言に、エレナの背筋がすっと伸びました。
「……お役に立てて、光栄ですわ」
夜、アパートへ戻ると、廊下で大家さんが郵便物を整理していました。
「おかえり。今日はどうだった?」
「……少しだけ」
エレナは言葉を選びます。
「少しだけ、誰かの役に立ちましたの」
「へぇ」
「不思議ですわね。
助けられるのも大切ですが……」
エレナは、胸に手を当てました。
「頼られるのも、こんな気持ちになるとは」
大家さんは、にこりと笑います。
「それが、生活ってやつかもね」
部屋に戻り、エレナは今日のことをノートに書き留めました。
助けること。
助けられること。
どちらか一方ではなく、
行き来できること。
「……わたくし、少しずつですが」
ペンを止めて、静かに呟きます。
「ちゃんと、この生活の中におりますわ」
そうして灯りを消した部屋は、
昨夜よりも、ほんの少しだけあたたかく感じられました。




