優雅に倒れることは出来ませんの
その日は、朝から空気が薄い気がしましたわ。
「……おはようございますわ……」
声が、教室に届いたかどうかも分かりません。
席に座った瞬間、
背中に、どっと重みがのしかかります。
「……立って、座って、また立って……」
自分でも何を考えているのか、少し曖昧でした。
一時間目。
黒板の文字が、二重に見えます。
「……文字が……踊っておりますわ……」
二時間目。
ノートを取ろうとして、
手が止まりました。
「……?」
ペンが、動きません。
三時間目。
先生の声が、遠くなります。
「九条院さん?」
名前を呼ばれた気がしました。
「はい……」
立ち上がろうとして――
世界が、傾きました。
「……あ」
それが、最後の記憶ですわ。
「……大丈夫?」
目を開けると、白い天井。
「……ここは……」
「保健室よ」
保健の先生の声。
「授業中に、ふらっと倒れたの」
「……失礼……いたしましたわ……」
声が、情けないほど小さい。
「最近、ちゃんと食べてる?」
「……もやしは……」
「もやし以外」
「……」
沈黙が、すべてを語りました。
そこへ、クラスメイトが覗きます。
「九条院さん……」
「……ご心配……おかけしましたわ……」
「無理しすぎだよ」
その言葉に、
胸の奥が、少しだけ痛みました。
放課後。
スーパー。
本当は、出勤日でした。
スマートフォンを見る。
山田さんからの着信。
折り返すと、すぐに繋がりました。
「九条院さん?」
「……本日……」
言葉を探します。
「……申し訳ありませんわ……」
「学校?」
「……はい……」
一瞬の沈黙。
「今日は、休んで」
「……ですが……」
「いいから」
はっきりした声でした。
「倒れるまでやるの、仕事じゃない」
電話を切ったあと。
エレナは、ベッドに座りました。
「……わたくし……」
胸に、手を当てます。
「……欲張りすぎましたわね……」
お金。
学校。
自立。
全部、手放したくなかった。
「……でも……」
窓の外は、夕焼けでした。
「……一人で抱えるものでは……ありませんのね……」
そう呟いたとき。
少しだけ、肩の力が抜けました。




