子犬の恩返し 【中編】
「……フローラは私の母です。貴方は誰ですか?」
「ああ、神様っ!申し訳ありません、なぜ私にこの様な……どうか私の事などお見捨て下さい。ご領主夫妻にお救いいただける人間ではありません!」
突然大声を出したせいだろう。その後激しく咳き込み始め、医師から安静の為にと部屋から出されてしまった。
「アリーチェ、大丈夫か?」
「うん、ありがとうエミディオ様」
そう言ってエミディオさんにくっついている所を見るとあまり大丈夫では無いようだ。
「お姉さん、シスターがごめんなさい。せっかく助けてくれたのに。普段はすごく優しいんだ!ちょっと体調が悪いからなだけで!」
「テ~オ、大丈夫だ。アリーチェさんは怒ってないよ。たぶん……本当に親族なんだろ?」
「しんぞく……家族のこと?」
「まぁそんなもんだ」
「そっか。シスターは本当の家族がいたんだね。ひとりぼっちじゃなかったんだ。……よかった」
テオが少し寂しそうに笑う。この家は身寄りの無い人間が集まって疑似家族になっていたのだろう。
「なんでだよ。テオはシスターの家族だろう?だからひとりぼっちじゃないじゃないか」
「……俺はちょっと拾われただけで家族なんかじゃ」
「生意気言うのはこの口か?あ?」
テオの肉付きの悪いほっぺたを引っ張る。
「イタタッ、痛いよアベルの馬鹿!」
「馬鹿はお前だ、何変な顔で笑ってるんだよ。シスターが拾ったなら家族としてだ。お前がそんなことを言ったらきっと悲しむぞ。人間いつ何が起こるか分からないんだ。変な意地を張らないで素直な気持ちを伝えろ。
……シスターはここ。胸がだいぶ悪いらしい」
「治らないの?」
「もう、だいぶおばあちゃんだからな。いつどうなるかは分からない。だから素直になれよ。後悔しないようにな」
「……うん」
グリグリと頭を撫でる。こんな小さい子供に人の死を教えるのは可哀想だとは思う。けど、いつか来る別れの時に後悔しないで欲しいから。
「……どうしてエミディオさんが俺の頭を撫でるんですか」
「ん?いい奴だなと思ったから」
「そうね、言い難いことを言ってあげて偉いわ。私も撫でていい?」
「絶対に止めてください。で?アリーチェさんはシスターのことが誰か分かったんですか?」
少し落ち着いたようなので質問する。会話に混ざってきたということは話す気があるのだろう。
「……たぶん、お祖母様だと思う。母方の」
「平民なのにか?」
「お祖母様はお母様を産んだ3年後、流産したせいで子供が産めなくなってしまった為に離縁されたそうなの。実家でも受け入れてもらえなくて、修道院に行かれたと聞いたわ」
げ、貴族の嫌な話だ。要するに4年くらいの間に産んだのが女児だけだからおはらい箱か。せめて男児なら離縁にはならなかったかもしれないが……シスターは子供を二人失ってしまったんだな。
「最低だな」
「うん。だから私はお会いしたことがないの。お祖母様は大人になったお母様を見かけたことがお有りなのかしら」
「えっと、お姉さんのおばあちゃんがシスター?」
「かも。ね」
「じゃあ何でシスターはサヨナラするのさ」
「テオと一緒で素直になれなかっただけじゃないか?」
「……アベルの意地悪」
「似た者同士のテオならシスターを素直に出来るだろ?」
こんな可愛い子供の願いをシスターは無視出来ないだろう。きっと孫として可愛がっていただろうし。
「そっか、アベルすごいな!俺頑張る!行ってくる!」
「えっ」
言うが早いか、ダッシュで寝室に向かってしまった。
「アベル……まだ私の心の準備が出来ていなかったのに……」
「テオは凄いな。狂犬アベルに懐いている」
「絶対にエミディオさんにだけは言われたくないですね」
どこまで狂犬を引っ張るんだ。眉間のシワを無くしてから言いやがれ!
「お姉さん、シスターが会いたいって!」
「凄いな、テオ」
「へへっ、俺凄い?」
「おう、カッコイイぞ」
「やたっ!アベルも一緒に行こうよ!」
うん、本当に懐いたな。くそ可愛い。
「いや、大勢で行くとまたシスターが恥ずかしがるといけないから、テオは俺と外で遊ぼうぜ」
「ほんと?何して遊ぶ?」
「ん~、ボールとかあるか?」
「あるよ、とってくる!」
ボールを取りに行く子犬みたいだな。
「というわけで、邪魔者は外で遊んでるからしっかり話して来て下さい。テオが嬉しそうだからゆっくりめでよろしく」
「……ありがとう、アベル」
「アベル、ボールあった!」
「よし、行くか」
「うん!」
なんだかブンブン振ってる尻尾が見えそうだな。
ヴィート君(5歳)も誘ったけど、俺の顔を見て逃げた。少し悲しかった。
「なぁ、テオは俺のこと怖くないのか?」
「なんで?」
キャッチボールをしながら聞いてみる。ヴィートみたいな反応の方が普通だから。
「俺やエミディオさんはよく怖がられるからな」
ここは絶対にエミディオさんを仲間にしておく。俺よりあの人の方が怖いはずだからな。
「えー、どっちかっていうとカッコイイ!」
「へ?」
「領主様はなんだか悪の親玉って感じですっげえ強そう!」
「ぶはっ!そ、それで?」
やばい!領主なのに悪の親玉!絶対に帰ったらモニカに教えよう!
「アベルは目の上の傷が強そう!」
そうか。怖いじゃなくて強そうに見えるのか。男の子だな。基本阿呆で可愛い。
「でも優しいから好きだ。俺を子供だからって馬鹿にしないし、孤児だからって乱暴にしないもん。
……ありがと」
へへっ、と恥ずかしそうに笑う姿が凄く……愛しいと思った。
同じ孤児だから?懐いたのが可愛いから?
やばいなぁ。……モニカに……この気持ちを話してもいいだろうか。
「アベル疲れた?オッサンだから俺にはついてこれない?」
クソ生意気なワンコロめ、覚悟しろよ!




