子犬の恩返し 【前編】
「小僧、俺の目の前で盗みを働くとはいい度胸だな?」
「うっせぇ、ジジィ!」
がるがると子供が唸っている。
7~8歳くらいか?痩せた体に見える所にいくつもの傷がある。分かりやすく孤児院のガキか。
「このままだとお前がいる孤児院にも迷惑がかかるぞ」
「!」
そこは分かっているんだな。
それにしても根性があるガキだ。俺に睨まれたらチンピラ共も震え上がるのに、コイツは睨み返してきやがる。面白い。
「おい、アベル。幼児虐待をしているのは本当だったのか?」
俺より怖い顔プラス圧強目のオッサンが来た。
坊主がさすがにビビっている。
「エミディオさん、なんでここにいるんですか」
というか虐待って何だ。これでも憲兵なのに。
「こんにちは、アベルさん。二人で歩いていたんですよ。そしたら町の人が、「子供が狂犬に連れて行かれた!」って騒いでいて。面白……心配で見に来たんです」
コイツ……面白いって言いやがったな。
モニカとエミディオさんの大切なお姫様は案外といたずら好きのやんちゃ者だ。
「……オバサン」
勇気ある少年よ、使いどころを間違ってるぞ。
「こら、女性にオバサンは禁句よ?多少歳がいっててもお姉さんと言っておきなさい。上手くすればお小遣いとかお菓子が貰えるわよ」
さすがに子供には優しいようだ。
それに上手い叱り方だな。こういう擦れた子供は正論なんか言っても、苦労知らずの貴族だと馬鹿にして言うことなんか聞かない。こういう所が貴族らしくなくてアリーチェさんのいい所なのだろう。
「……オネエサン」
「うん、なに?」
「もしかしてシスターの家族?」
「……あなたがいる孤児院のシスター?なぜそう思ったの?」
「顔が似てるから。なぁ、家族ならシスターを助けて!このままじゃ死んじまう!」
なるほどな。世話になってるシスターが病気か何かだから盗みを働いたのか。
「そう、私と似ているの。私に似てるなら考えも似てるかしら。
……なら助ける前に教えてあげる。もし、私が病気で死にそうな時にエミディオ様が悪事を働いて薬を手に入れて来たとしても絶対にそんな物は飲まないわ」
「どうして?!」
「体だけ生きていてどうするの?私のせいで愛する人が犯罪者になるなんて心が死ぬ。今すぐにでも返してきて土下座して来い!ってお尻を蹴っ飛ばしてやるわよ。分かった?」
「だって、俺は犯罪者になっても死なない!シスターに死んで欲しくないって思ったら駄目なの?!」
「だって。あなたがその罪で捕まってしまったら、生きる望みを失ってぽっくり逝くんじゃないかな。自分が半端に生き延びてるから犯罪に手を染めるんでしょう?私なら……死にたくなる」
相変わらず潔い姫さんだ。
「おーい、気持ちは分かるけど虐め過ぎじゃないか?坊主の方が死にそうだぞ」
あんなに生意気だったのに涙目だ。
「いいの。悪い事をしたときはちゃんとその時に叱らなきゃ。
あのね、犯罪を犯す勇気があるならこっちにいらっしゃいよ。『領主様!シスターを助けて!』って勇気を出して言いにおいで。そうしたら必ず助けに行くから」
「……本当に?」
「ええ、病を完全に治せるかは分からない。でも、絶対に助けに行くわ」
「……ごめんなさい、お願いです、シスターを助けて……」
「もちろんよ!って違うわ。私は領主じゃなかった!エミディオ様助けてあげてください!」
「もちろんだ。病気で間違いないか?」
「はい。一度だけ医者に診てもらったから。ちゃんと薬を飲んで栄養のある物を食べて安静にしてれば治るって言われたけど……出来なくて。どんどん弱ってくから……」
「そうか。見ているだけなのは辛かったな。よく頑張った」
そう言って優しく頭を撫でるからとうとう泣いてしまった。ずっと我慢していたのだろう。頼りになる御夫妻だな。坊主は運がいい。
「お前、名前は?」
「……テオ」
「俺はアベルだ。孤児院は何処の地区だ?すぐに向かった方がいい」
「ありがとうございます!」
すっかり素直になった少年は立派な馬車に乗せられてガチガチに固まっている。
「でも変ね。サント地区に孤児院なんかあったかしら。領内の教会や孤児院に慰問に行ってるけれど、サント地区は覚えがないわ」
「たぶん、正式な孤児院ではないのだろう」
なぜか俺まで馬車に乗せられてしまった。一人で馬に乗ってる方が落ち着くのに。この夫婦はやたらと友達扱いしてくるから調子が狂う。
「……だから資金が足りないの?」
「あの!シスターは悪くないんだ!俺達が孤児院で虐められて逃げ出したのを保護してくれただけで!」
「そうか。では、後でその孤児院のことも教えてもらおう。どうやら悪い奴がいるみたいだからな」
だから!圧が強い!微笑んでいるのに退治してやるぞオーラが出てるから!
「テオ。エミディオ様に任せておけば大丈夫よ。悪者は退治してくれるし、シスターも裁かれたりはしないから」
「うん!凄いね、領主様強いんだね!」
「そうよ、悪者なんて一撃でやっつけちゃうのよ」
そう。本当に強いんだよ。たまに剣や組手に付き合わされるけど、気を抜くと殺られそうなくらい強いんだよな。本気を出せて楽しいとか喜ぶのを止めてほしい。仕事のストレス発散らしいが、お陰様で俺の腕も上がってありがたいようなすごく迷惑なような。
「あ、もうすぐ着きます!ここを左です!」
たどり着いた場所は普通の一軒家だった。小さな庭もある。
「ここには何人いるんだ?」
「シスターと俺を入れて子供が3人です」
「テオが一番大きいの?」
「えっと、一番上が12歳のニルデ姉ちゃんで、次が7歳の俺。あとは5歳のヴィートだよ。
シスターは……たまに子供を拾ってきちゃうんだ。昔、自分が子供を捨てちゃったからって」
子を捨てた贖罪か。何ともいえないな。
「もしかして本当のシスターではないのか?」
「分かりません。でもずっと前からそういう事をしてるみたいで、近所の人もシスターって呼んでるよ?」
ここでは本当に大切にされているのだろう。馬車を降りるなり走って行ってしまう。
「姉ちゃん!領主様がお医者さん連れて来てくれた!シスター助かるよ!」
そんな大声を出したらシスターが驚かないか?
「お二人はここで待たれた方が良いのでは?」
「なぜ?何か手伝える事があるかもしれないし。こう見えて料理洗濯掃除なんでも出来るわよ?」
「いえ、伝染る病気だといけないので診察が終わるまではここにいてください。大丈夫なら呼びますから」
アリーチェさんは少し不満そうだったけど、伯爵夫人としての自覚はあるようだ。エミディオさんと二人馬車で待機してもらう。
しかし、家事が出来る伯爵夫人か。まぁ、モニカも元は貴族だけど何でも出来るし、そういうこともあるのか?まぁ、いいか。
しばらくすると医師が出てきて、伝染性の病では無いと診察結果を教えてくれた。少しなら話をしても問題ないと言われ、夫妻と共にシスターの元に向かう。
「体調が悪い所に大勢で押し掛けて申し訳ありません。少しだけお話を伺ってもよろしいですか?」
エミディオさんが丁寧に挨拶をする。
だが、シスターの視線はエミディオさんでは無く隣に立っているアリーチェさんに向いていた。
「……フローラ?」
そして、知らない女性の名前を呟いた。




