13.懐かしい人 (第一試合 狼vs子犬)
アリーチェを呼ぶ声がして振り向く。
そこにはまだ年若い青年が驚いた表情で立っていた。
「エリアス!」
「本当にアリーチェなのか?急に姿が見えなくなったから心配してたんだぞ!」
どうやらアリーチェの知り合いらしい。
「ごめんなさい、色々あったのよ。
あ、エミディオ様。この子は私の友人のエリアスです。以前話したサルヴォの図書館で勉強を教えてくれていたのが彼なの」
あぁ、確かに以前聞いたな。まさか男性だとは思わなかった。同い年だったか?
金色の髪に緑の瞳。優しげな顔立ちでたぶん女性に人気があるだろう。アリーチェの視線にそういったものが含まれていなくてホッとするが、コイツは……
「妻が大変お世話になったみたいだね、ありがとう。私はエミディオ・バルディ、アリーチェの夫だ」
つい、大人気なく威嚇してしまう。
だがコレは間違いなく敵だろう。
「……夫?あなたが?……アリーチェ、まさかご両親はまた君を」
「止めなさい。君はアリーチェに恥をかかせたいのか?」
しまったな。思ったより子供だったみたいだ。まさかこんな大勢の前で、実の親に金の為に売られたとでも言うつもりなのか!
「エミディオ様、ありがとうございます。
あのね、エリアス。今、私の夫が挨拶をしたはずよ?」
アリーチェはコレを甘やかすつもりはないらしい。そのことに満足する。
「……申し訳ありませんでした。私はエリアス・サルヴォと申します」
「え!?あなたサルヴォ侯爵の御子息だったの?」
「君は知らなかったのか?」
「ええ、友人といってもたまに図書室で会うくらいでしたし、私も平民のフリをしていましたから」
平民のフリ?謎だが、言葉を濁すと言うことはここでは言いづらいことなのだろう。
「そうか。サルヴォ侯爵令息、せっかくお会い出来たのに残念だが、私達はまだマリベル嬢に挨拶が出来ていなくてね。申し訳ないがこれで失礼させてもらおう」
「あ、そうね。あの子がマリベル嬢?すっごい可愛らしいわ!ごめんね、エリアス。また手紙を書くわね。久しぶりに会えて嬉しかったわ」
「……アリーチェ……わたしは、」
……やはりな。アリーチェに気があるらしい。
しかし、こんな場所で感情をだだ漏れにするとは迷惑な。アリーチェに悪い噂が出たらどうしてくれる。
「行こうか」
そう言って手を出せば、彼の気持ちにまったく気付いていないアリーチェは、嬉しそうに私と手を繋いでくる。
小僧など眼中に無いと見せ付けられたか?
「マリベル嬢、誕生日おめでとう」
「ありがと!怖い顔のおじ様」
……私はこの子に怖い顔の人と覚えられている。少しだけ悲しい。
「あらマリベル様、エミディオ様はとっても優しいのですよ?」
「だぁれ?」
「はじめまして。エミディオ様の妻、アリーチェです。お誕生日おめでとうございます」
「つま……花嫁さん?」
「そうよ、仲良くしてくれると嬉しいわ」
「うれしい、アリーチェさん可愛いもの!」
マリベルよ。君は見る目があるな。
そう、アリーチェは可愛い。
どうやらマリベルに気に入られたらしく、楽しそうに話をしている。微笑ましいな。
「おい、なんか顔が怖いからやめろ」
「そうか?気をつけよう。
そういえば、さっきサルヴォ侯爵令息に会った。どういう繋がりだ?」
「ん?ああ、彼というより彼の兄の方が知り合いなんだ。体調を崩したらしく、弟君が代わりに祝いに来てくれたのだよ。で?」
「アリーチェの友人だった」
なるほど。確か次男が文官だったな。
その程度の繋がりなら頻繁に会うこともないか。
「おーい、こわいぞお前」
「……アレがアリーチェに懸想している」
「げ、勇気があるな。お前が隣にいるのに、気付くくらいの態度を取ったのか?若いって素晴らしいなぁ」
「アリーチェに変な噂が立っては困る。
すまんが少し牽制させてもらった。問題はないと思うが……少し子供だな。騒ぎにならない様お前の方でも注意していてほしい」
「分かったよ。とりあえずディーナを紹介する。私達と一緒にいれば問題は起こさないだろう」
さすがに代理で来た人間がここで騒ぎを起こすとは思わないが、警戒するに越したことはない。
「ディーナ、エミディオの奥方だ」
「まぁ!こんなに可愛らしい方なの?強面のエミディオには勿体無いわ。
私はディーナよ。よろしくね」
ディーナはモニカのことを知っているから怒っているのだろう。別れたからといって許されるわけではないが、アリーチェを心配してくれているのだ。後で話をしなくてはな。
「はじめまして、アリーチェと申します。本日はおめでとうごさいます。
マリベル様は本当に可愛らしいですね!先程お友達になっていただきましたの」
「あら、マリベルが?では私も仲間に入れてもらえるかしら?」
「もちろんです、ありがとうございます」
どうやらお互い気に入ったようだな。
「おい、エミディオ。あっち」
コソッとグイドが囁く。
サルヴォ侯爵令息が険しい顔をしながらこちらに向かってくる。
「すまん、アリーチェを頼む」
「分かった」
どうやらアレは思った以上に愚か者のようだ。
「アリーチェ、何か飲み物を取ってくるよ」
「あ、ありがとう」
「ディーナ夫人、少しの間アリーチェの相手をお願いします」
「分かったわ」
さて、馬鹿な子犬を躾けるか。