第二話 クレア姫の決意
ビアンカ村から西に少し歩いた所に、美しい湖がある。それは、村の生活に欠かせない水を供給する。
ファビアたちは、その湖をグラティア湖と名付け、その恵みに感謝を表する。湖の東には広大な農地が築かれ、ビアンカ村の食を支える。
さらに、美しい湖畔の周りには遊歩道が整備され、ビアンカ村の若者たちのデートスポットになってるらしい。
そして、遊歩道の中央には、大きな白樺の木が一本、ポツンと佇んで、独特の景観を作り上げる。
そんなある日の早朝、湖畔の南に広がる草原に、軍装を身にまとった、総勢30名ほどの集団が現れる。
そう、今日は記念すべきエレニア軍、復活の日!
集まった人たちに向かって、サイラスが号令をかける。
「全員、整列!順番は適当でいいぞ!」
ファビア、サイラスを中心に、2列に並ぶ。
エレニア民の他に、冬枯れの旅団からも多くの若者が参加する。彼らもまた、女王ビアンカの恩義に報いたい、という強い決意を持って草原に集う。
……おや?
後ろの列の、すみっこにちょこんと佇むのは……クレア姫!
隣には、キャシーがつきそう。
キャシーは、元ビアンカ女王お付きの剣士。
サイラスも目を丸くする。
(キャシーが参加するのは聞いていたが‥)
シリウスがあわてて駆け寄る。
「クレア姫!どうしてここに?」
クレア姫は決意に満ちた表情で訴える。
「私も、たたかえるようになりたい!」
「ファビアや、シリウスみたいに、みんなを助けたり、守ったりしたい!」
一同ざわめく。
シリウスは、ベルモントでの厳しい訓練、そして凄惨な戦いを回想する。
(必死で奪還した、敬愛なるプリンセス。彼女にあんな事をさせるのか!)
直ちに戦場に行くわけではないが……それでも、サイラスの訓練は実践的で、本物だ。参加するだけでも危険だ。
シリウスは思わず声を張り上げる。
「だめだ!何言ってんだ!そんなの無理に決まってんだろ!」
思わず強い口調になってしまう。
「そんな事ない!」
……
「……そんな事ない……そんなこと……」
否定する、クレア姫の口調、弱々しくなる。
ファビアの強い口調、クレア姫への強い思いが、とんでもない暴言に……
「ぜったいだめだ!おとなしく、パイでも焼いてろよ!」
ファビア、さすがにあわてて制する。
「ちょっ!何言ってんだよ!言い過ぎだっ!」
絶望的に女心のわからない男シリウス!
「うわああん!」
クレア姫は泣きだして、村の方へ駆けていく。
「クレア姫!」キャシーがあわてて追いかける。
…………
「おれは……いつも、な……なんて……ダメなんだ……」
思わず発した言葉に、シリウスは激しい後悔に襲われる。目を真っ赤にしてうつむくシリウスに、サイラスが肩をポンと叩いて語りかける。
「正直言うと、俺も反対だ。これは遊びじゃない。しかし……あの言い方はないぞ。後でちゃんと謝れよ。」
涙目のシリウス、無言でうなずく。
サイラスが気を取り直して、隊列に号令をかける。
「みんな、よく集まってくれた!いつ、いかなる時でも、我々全員、ビアンカ村を守る!」
「おおおっ!」
「そして、いつか、故郷を取り返そう。」
サイラスは、その一言を、最後にそっと添える。
両大国の戦力差は絶望的で、現実的な目標ではない。そして、多数を占める冬枯れの旅団出身者にそれを強いる事もできない。
サイラスなりの心配り。現実的に、そして何より重要な、「この村を守る」という目的を第一に掲げて、この集団を一つにまとめる。




