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第五十七話 追憶のユピテル超え

やがて、エレニアの一行が進む道は、南からエレニアへと続く道と交わり、さらに北へと伸びる。


ファビアとシリウスは、苦難の逃避行に思いを巡らせながら、一行を先導して山道を進む。この先にあるのは……


木が生い茂る山道を少し登った先で、視界が開ける。そこに広がる光景に、一同息を呑む。

セリーナ姫がつぶやく。

「すごい……きれい……」


山あいに広がる、大量の水をたたえた巨大な湖。

湖面は陽の光をあびてキラキラと神秘的な輝きを見せる。


ファビアが語る。

「これは、春の間だけ現れる、不思議な湖。時が経つと、なくなってしまうんだ。」

道の先に、小屋が見える。ファビアがサルバドールに頼んで建てた、見張り小屋。

「そこに小屋がある。少し休もう。」

ファビアは一行を小屋に導く。

野営が続いた一行、久しぶりに小屋で過ごす一日に、安堵の表情を浮かべる。


その晩は、いろりの火を囲んで、ファビアとシリウスが苦難の逃避行について語る。

生活を支えたニコルの話を、サイラスは涙ぐみながらじっと聞いている。


これからの道のりは、希望に満ちた旅であり、同時に追憶の旅でもある。

翌日、一行は再び荷物をまとめて出立する。この先には、最大の難所、ユピテル山脈超えが待っている。


山が深くなり、道が険しくなる。山奥に続く、細い道に分け入った瞬間、思わぬ光景にでくわす。

「すごい…!」

クレア姫、驚きの声をあげる。


細く途切れそうな道の両脇に、黄色いかぼちゃの花が咲き誇る。あまりにも美しい、花の道。

それは、品種改良された特別なかぼちゃ。偉大なる女王ビアンカの計らいで、シモンズたちが蒔いた種が、エレニアの民をユピテル山脈へと導く。


やがて一行は、ユピテル山脈を目の前に望むふもとに辿り着き、野営する。

シリウスは慎重に天候を見極めるが、稜線を越えた後の天候が、全く読めないのが最大の難関だった。そのため、南から北へ抜ける時の難易度はとても高い。


シリウスは過去の反省から、方針を立てる。今回の行軍は、総勢20名強。絶対に遭難させない!


「南側の野営地はそのまま残す。稜線を越えると、天候が急変する事がある。その時は、どこまで進んでいても、すぐ南側に引き返す。」

ファビアたちの表情に緊張が浮かぶ。


二日ほど野営して天候を見極め、アルテリアから帰還したエレニアの民、最後の難関、ユピテル山脈超えに挑む!


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ

一行は整然と山道を進み、順調に稜線に出る。

あの時と同じ、冬枯れの大地を見晴らす壮大な景観が一行を迎える。


その一角から、わずかに狼煙の煙がゆらめく姿が見える。ビアンカ村だ!知らせが届くように、稜線からも狼煙をあげる。


「降りるぞ!」

一行、慎重に山を降り始める。

東から黒い雲が張り出し、パラパラと降る雪が徐々に強まる。

「きゃっ!」「みんな、離れるな!」

風もさらに強まり、突風と吹雪に襲われる。クレア姫たちの列が遅れはじめる。


ファビアが撤退を考えはじめたその時!

一行の目の前に、太い丸太で立派に組まれた山小屋が現れる。

「小屋だ!全員、避難するぞ!」

ファビアが叫び、全員小屋に逃げ込んで難を逃れる。


山小屋で嵐をやり過ごす。シリウスがつぶやく。

「これは……シモンズが建てたのか……嵐に備えて……」

「!!」

ファビアが部屋の奥、その一画に慰霊碑を見つけ、思わず声を上げる。


「シリウス!サイラス!見てくれ!」

この地で果てた仲間たち。

一番危険なこの場所に、シモンズは避難小屋と慰霊碑をこしらえたのだ。ファビアたちが、いつか必ず戻ると信じて。


この地で果てたサルバドールたち、そしてニコル。

「おお……おお……ニコル!ニコル!」

サイラスは巨体を小さく折り曲げて、慰霊碑に寄りかかる。そこに刻まれた最愛の妻、ニコルの文字をさすりながら、呼びかける。


いつまでも、いつまでも。






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