第五十三話 眠れぬ一夜
ファーゴ村の拠点。日が完全に落ちて、辺境の村は闇に包まれる。シリウスは、小屋の入り口に立って、じっと目をこらす。
ファビアたちがまだ帰ってないのだ!
クレア姫はたまらず小屋を飛び出し、シリウスの横に並んで、アルテリアに通じる道を、じっと祈るような目で見つめる。
「ファビア……おそいよっ!……どこで道草くってるのよ……」
春先とは言え、ここは北の果て。夜は冷え込み、クレア姫は小刻みに体を震わせる。
バサッ
その時、シリウスは、クレア姫に自分の来ていた羽織りを着せ、照れ隠しのように視線を遠くに向ける。
……
「大丈夫だよ、あいつらは……」
……
……
長い沈黙。話したい事はたくさんあるのに、なぜか言葉が出てこない。
……
……
「……ごめんね。」
クレア姫がぼそっとつぶやく。
「……?」
「……わたし、いちばん言わなきゃいけない事、言ってなかった!」
クレア姫はシリウスの眼を見つめて、言葉に思いを乗せる。
「……ありがとう。助けてくれて、ありがとう!」
シリウスは少し驚いた表情で、クレア姫の眼をちらりと見る。一瞬視線が交わった後、すぐに二人とも顔を背ける。
「……お……おう、みんなの、おかげだな!」
シリウス、しどろもどろに答える。ありがとう、そのすごくシンプルな言葉で、全ての努力が、報われる。
あとは、仲間の帰りを待つのみ……!
さらに夜が深くなる。
クレア姫は膝を抱えてしゃがみ込み、うとうとしている。
「クレア姫、小屋に戻って寝たほうが……」
「う……ううん……やだ、ここで……待つの!……むにゃ、むにゃ……」
(もはや寝言にしか聞こえない……)
グルル……グルル
その時、何か低いうめき声が暗闇の向こうから迫ってくる。そして、闇の中に光る二つの瞳。
「クレア!起きろ!」
「う……ううん……」
姫の前に立って身構えるシリウス。
暗闇から、獣がゆっくり姿をあらわす。純白の虎、ティグレ!シリウスが叫ぶ。
「ティグレだ!ティグレ!」
クレア姫も驚きの表情。こんな所で会うなんて!
ザッ、ザッ、ザッ
ティグレを追うように、無数の地面を踏みしめる音が近づく。
「シリウス!!戻ったぞ!」
ルビオの背中越しに届く、ファビアの声。
「ファビア!サイラス!大丈夫か!」
シリウスが叫びながら、馬の元へ駆け寄る。
「ファビア!ファビア!うわああん!よかったあっ!すっごい、すっごい心配した!」
クレア姫も、涙声で叫びながら駆け寄る。
「すごいやばかった!……死ぬかと思った!でも戻ってきたぞ!」
ファビアも目に涙をにじませながら応える。
倒れ込むように馬からおりるファビアの体を、シリウスががちっと受け止める。そして、その体固く抱きしめて語り掛ける。
「よく戻った!すげえぞファビア!」
「全員だ……全員で戻ったぞ!…」
「最高だ!ほんと最高の結果だ!」
「……奇跡だよ、奇跡……みんなで起こした……」
「絶対!ぜったい……戻ってくるって思ってた!」
「当たり前だろ……!」
涙で、その先の言葉が飲み込まれる。
肩を震わせて、生還をかみしめる。
「おおおっ、サイラス!よく戻った!」
「カリオス!ザガット!無事か!」
「しっかりして!もう大丈夫よ!」
騒ぎを聞きつけて、皆飛び起き、歓声を上げて一行を出迎える。肩口に大きな傷を負ったサイラスは、馬から崩れ落ちそうになる所を、セリーナ姫が受け止めて支える。
「早く!手当てを!」
クレア姫やセリーナ姫、従者たち総出で看病に当たる。ファビアもシリウスの肩に寄りかかりながら、馬を降りて小屋に向かう。
シリウスがファビアに声をかける。
「珍しく、俺の命令守ったな!」
「いや、いや、まじ、ほんと、もうダメだと思ったよ……!」
「面白い話なら後で聞くぞ!とりあえず休め!」
「ぜんっぜん、面白くねえよっ……!」
負傷者は皆小屋に運び込まれ、夜を徹して、手当てをする。特にエルゲンの軍勢と死闘を繰り広げたサイラス、カリオス達は深い傷を負っている。
クレア姫たちは必死の看病を続ける。夜が明け、空が白み始める頃……
落ち着いたエレニア兵たち、徐々に眠りに落ちる。
「ふが……ふが……エルゲン!……こんど会ったら、ぶっ飛ばしてやる!……ふごふご……」
一番傷が深いはずのサイラスは、いつまでも、なんかうるさかった…。




