第三十六章 一致団結
特訓が始まって一週間。
皆、疲労困憊だ。それでも夜には皆で酒場に集まり、飲んで疲れを癒す。
「よう!ルビオ!今日はやったな!最後までついてってたぞ!」
「セレシオ!最後足引きずってたぞ!ケガしてないか?」
サイラスは、道化師たちのテーブルをまめに回って、一人一人に声をかける。
そして、サイラスを中心に、ファビアや、道化師たちみんな、思いのたけをぶつけ合う。
「毎日走ってばかりだが、何かこう……もっと、バーン!って敵を倒す!みたいな練習しないのか?」
道化師の一人、生意気ざかりの若者、ルビオが尋ねる。
サイラスは、人差し指を立てて、真剣な顔つきで話す。
「10年だ。10年。」
「?」
「俺がファルカン将軍の部隊に入ってからの10年間、訓練の時間は、ずっと走るだけだった。朝から晩まで、ずーっとだ。」
「まじか?」
「忘れもしない。10年目にようやく本隊の訓練に合流した日。」
サイラスは懐かしそうに回想する。
ファルカン将軍の戦術特訓。彼の号令で、目まぐるしく陣形が変わる。一糸乱れぬ行軍。
若き日のサイラスは圧倒される。
「サイラス、右翼の最後列に入れ!」
将軍の指示を背に受け、あわてて隊列に加わる。
「両翼展開!」
矢のような速さで部隊が左右に分かれ、広がる。
「止まれ」
一瞬間が空き、その間に、隊列の陣形が再び整う。
「全軍、前進!」
テンポ良く指示が飛ぶ。
中央に固まった、仮想敵の部隊に襲いかかる。
訓練でも手抜きなしだ。
激しい模擬戦が始まる。
サイラスも無我夢中で剣を振う。
「走る練習しかしてないのに、いきなりかよ……!」
この時、サイラスは意外な事実に気づく。
やれている!できてる!
ついていけるぞ!
足が羽のように軽い。素早い陣形展開も遅れる事なくついていける。
敵が振り下ろす剣をはねのけ、打ち込む。
どっしり構えた下半身から振り下ろす剣。
一撃で相手がよろめく。
剣の練習など一切してないのに!
サイラスの話に皆、固唾を飲んで聞き入る。
英雄ファルカンが作り上げた精鋭、エレニア軍。
その強さの源は、とてもシンプルだった。
「基礎体力だ。下半身の力は、全身に行き渡る。」
サイラスは立ちあがり、さらに力を込めて、酒場の全員に向かって頭を下げる。
「もう時間がない。下半身を集中して鍛える。訓練は、その一点にかける。みんな、きついだろうが、信じてついてきて欲しい!」
ファビアも席を立って、語りかける。
「ベルモントの、王室のみんな……いつ処刑されるか知れない。その恐怖……計り知れない恐怖。それでも、信じて必死に耐えてるんだ。」
彼の目に涙が滲む。
「それに比べたら、どんなハードな訓練だって耐えられるぞ!サイラス、絶対に、俺たちは、……」
……
一瞬、言葉に,詰まる。
呼吸を整えて、言葉を絞り出す。
「プリンセスを、奪還する!」
「おおおおっ!」
酒場に歓声が上がる。
困難に立ち向かうために、皆が一致団結する。
人を、厳しさや、命令で動かすのではない。
対話を重ね、目的を明確に伝えて、同じ方向に全員で向かっていくのだ。
ファルカン将軍の一番弟子、サイラス。
そのチームビルディングこそが、エレニア王国軍の強さの本質!
偉大なる将軍、ファルカンもまた、死してなおエレニアの民に道を示し続ける。
大祭まで、残り170日……!