第三十三章 淡々と、話す
酒場で身を寄せながら、ファビアたちはサイラスの語りを、固唾を飲んで聞く。
ファビアは恐れていた。サイラスの話が終わり、自分の順番が来る事を。
そう、俺は……知ってるんだよ。サイラス、最愛の妻ニコルは、吹雪の中、冷たくなって……
どう話せばいいんだよ!そんな事!
でも、話さなければいけない。避ける事は許されない。
葛藤の中、カルロスも語り終え、サイラスがついに話しを向ける。
「ファビア、シリウス。お前たちの話も聞かせてくれ」
ファビアはシリウスに軽く目配せして、語り始める。
「エレニア王国崩壊の日、俺たちはビアンカ女王最後の命令を受け、北へ逃れた……」
「お前とシリウス、あと誰がいたんだ?」
サイラスがいきなり核心を突く。
「30人ほどだ。長くなるぞ。」
ヤザン、ルバート、サルバドール……
誰一人として忘れられない、生死を共にした仲間。
淡々と読み上げていく。
人気者のサイラス、ほとんど顔見知りだ。時折、驚いたようなリアクションを取りながら耳を傾ける。
読み上げたリストはあと、残り二人。
……
少しの沈黙を経て、ファビアは意を決する。
「ニコル、それから、ニコラス。以上だ。」
ガタン!イスが倒れる。サイラスは驚きのあまり、立ち上がる。
「ニコル!ニコラス!一緒だったのか!それから、どうなったんだ!?教えてくれ!!」
「順番に話す。とりあえず座って、落ち着いてくれ。」
自分に言い聞かせるように諭す。
心臓が高鳴る。落ち着かないといけないのは、俺の方だ!
淡々と、淡々と事実を話す。それ以上、俺にできる事はないんだ……
水没した拠点、北への移動、山脈超え……
ファビアは丁寧に説明を続ける。
そして、話は運命の分かれ道、吹雪の行進へ……
サイラスは、感情を露わにする男。この話をすれば、彼は俺を殴りつけるだろう。
極めて冷静に、冷静に事実だけを話す。
そうでないと、俺がもたないんだよ。
「ニコルは……雪洞の中で死んだ。ニコラスは、彼女の腕の中、彼女に守られて、生き延びた。」
すべては、俺の判断ミスなんだ!
思わず、顔を伏せる。
…………
…………
長い沈黙。
そして、サイラスは、身を乗り出して、ファビアの肩を強くつかむ。
「お……お……俺は、……ずっと、探してたんだ。ニコルと、ニコラスを。一日も忘れた事はない。いま、見つかったんだ。いま……そして、ニコラスは生きてるんだ!」
目から涙が溢れでる。そして、ファビアを強く抱きしめる。
「ありがとう……!ありがとう……!」
涙声で、ほとんど聞き取れない。
でも、彼はずっと、そう言ってるように聞こえたんだ。