第三十ニ章 サイラスの経緯
エレニア西地区の酒場。
日はとっぷりと暮れて、仕事帰りの道化師たちで賑わい始める。
ファビアたちは、奥の部屋に移り、小さなテーブルを囲んで語り合う。
サイラスが口火をきって、今までの経緯を話す。
時は、エレニア崩壊の日に遡る。
草原の戦いで、サイラスは敵を薙ぎ倒しながら、すり鉢の底に辿り着いた。周りに帝国軍の姿はいない。
「勝ったのか……?」
そう思った瞬間、坂の上から猛烈な勢いで、新たな軍勢が現れ、エレニア軍に襲いかかる!
たちまち敵兵に取り囲まれ、槍が体中に突き刺さる。
しかし、そこで記憶は途切れている。
……
「う……うう……」
気が付くと、周りは闇、夜になっている。
体中血だらけで、全身が鋭く痛む。しかし、どの傷も運良く致命傷ではなかったようだ。
草原のすり鉢の底。折り重なる死体。味方と敵の区別さえつかない。
手足は少しだけ動く。
這うようにすり鉢の丘を登っていく。
何度も足を滑らせ、落ちそうになる。
その度に愛する妻ニコルと息子ニコラスの顔が浮かぶ。
こんな所で死ねるか!
帰るんだ、家に……家に!
ようやくすり鉢から這い出る。
足を引きずりながら、エレニアの町にようやくたどり着く。
その様子を見て愕然とする。
燃え盛る城下町、炎がすべてを飲み込んでいる。もちろんサイラスの家も。
道端に転がる死体。
「ニコル……ニコル……ニコラス……」
うわごとのように呟きながら徘徊する。
行く手を炎に阻まれ、町を出てサイラスは当てもなくさまよう。
目覚めたのが深夜だったのが幸いだった。シャフタル兵の姿もなく、誰にも知られる事なく、何のあてもなく、ただ目の前の道をゆく。
サイラスはその後、辺境の小さな村に辿り着き、その体躯を活かして、ガラの悪い酒場の用心棒などその日暮らしの生活を続ける。
最初の一年は、家族を探してあらゆる所を巡ったが、何の手がかりもなく、やがて地方に足を向けることもなくなった。
生きる目的も失い、酒に溺れる日々。
エレニアの家は燃え尽き、家族の行方も知れない。
忠誠を誓った女王ビアンカ、全てを教わった将軍ファルカン。すべてなくなってしまった!
しかしある日、酒場にいた旅人から思わぬ話を聞く。
「お前、エレニアの出身だろ?知ってるか?首都アルテリアのどこかに、エレニアのプリンセスが囚われてるらしいぞ。」
酔って朦朧とする中、怪しい旅人のその言葉がなぜか胸に突き刺さる。
エレニアのプリンセス!
それは、自分が自分であるための、か細い糸のように思えた。すべてを失っても、エレニア王国への忠誠は、失わない。それが、自分の、唯一の生きる道かも知れない。
「アルテリアへ……プリンセスを……探すんだ……」
ふらつく足で、首都へと歩を進める。
アルテリアに辿り着いたサイラス。
生きる意味、というのは、こんなに人を変えるか。
酒は相変わらず飲むが、生活を立て直し、まっとうな仕事に精を出す。本来の明るさも戻り、精力的に動く。
そして、アルテリアに流れ着いてから、2年の時が流れる。
2年間、帝国の目から逃れ(勝手に思い込んでる)、姫を探し続ける日々。
……そんなに探してるのに。
……2年も探してるのに!
ベルモント城の事すら知らないとは!
……やっぱり、ちょっぴり、バカなのかも……