第三十章 有能すぎる市長
首都アルテリアのとある酒場。
有能すぎる市長、ルドルフ。
彼は今日も、庶民の様子を視察するため、市場の酒場に繰り出す。そこで、風変わりな男が酔ってるのを目にする。
「ヒック!うう……俺は、ダメな男だ……」
大柄でがっしりした体型の中年男が、一人で飲みながらくだをまいている。
やたら、声がでかい。
ひどく酔ってるのか、大声で泣きながら独り言を繰り返している。
「ヒック、おれは〜草原の戦いを生き延び!命からがら……生き延び、ヒック、首都アルテリアに命がけで潜伏してるのだ……」
周りの客は、絡まれないように彼を避ける。
「それがどうだ!姫の場所すらわからない!……ヒック、俺は……ううう……」
勝手に、一人で泣き崩れる。
有能なるルドルフ、彼の発した「姫」という言葉が妙に気になった。酔っぱらいの一人言、と言えばそれまでだが……
ルドルフは彼のテーブルにツカツカと近寄り、隣のイスに座って、酒を注文する。
そして、親しげに話しかける。
「おやじさん、すごく酔ってるね。」
「ヒック、だれだ?……とりあえず、かんぱいだ!」
酒の満ちたグラスがカチンと鳴る。
「さっき姫の場所が……とか言ってたな。誰か探してるのか?」
「そうだ!……今は亡きエレニア王国の姫、クレア姫。おれは、……草原の戦いを辛くも生き延び……、極秘でアルテリアに忍び込み、密かに助け出そうと、、して、ふんとうしてるのだ!」
……
店中に響くほどの大声で、何かものすごくぶっちゃけてるんだけど……!
ルドルフは目を丸くする。
いやいや、計算なのか?周りの人達は、酔っ払いのたわごと、誰も信じてないようだ。
ルドルフは尋ねる。
「さっきの話、本当か?お前は何者だ?」
「おれは、元エレニアの副将、サイラス!」
「!!……草原の戦闘で戦死したはずでは?」
「その通り!俺は一度しんだ……!でも命からがら生き延び、アルテリアで潜伏、してるのだ!、ヒック」
ルドルフは驚きを隠せない。
エレニアの名将ファルカン、その右翼を務める副将サイラス!生きていたのか!
……そして、こんなに酒癖が悪いのか……
「なのに!……なのに、手がかりさえつかめない!なんて俺は……無能なんだ……ヒック、、」
さらに酔っぱらいの一人言は続く。
「おい!お前!、聞いてるのか!」
「あ……ああ」
さすがのルドルフもなんか、圧倒されている。
「いいか!よく聞けよ!……これは、極秘任務なんだ!……ぜーったい、帝国に知られてはいけないんだ……!」
帝国軍幹部、アルテリアの市長ルドルフ。もはや黙ってうなずくしかない……
サイラスがひとしきり語り終えて、落ち着いた所で、ルドルフは席を立つ。
去り際に、そっと耳打ちする。
「……西地区の、道化師たちが住む路地裏、そこの酒場に行け。」
「……!」
サイラスの目に、一瞬鋭さが挿す。
有能すぎる市長ルドルフ。彼はすべて見抜いている。
彼もまた、密かに推しの女王ビアンカのために、あえて見逃す。
酒場から城に戻る帰り道。サイラスに付き合わされて、珍しくほろ酔いのルドルフ、独り言をつぶやく。
「エレニアの戦争はとっくに終わってるんだ。今さら彼女たちを処刑してどうするんだ……ヒック」
千鳥足で、大通りをよたよた進む。
「奴らも、これで準備ができるはず。観光書に見立てた地図まで作った。大祭まで、姫たちの処刑はなんとか食い止める……ヒック」
そして、真剣な顔つきで空に向かって叫ぶ。
「俺ができるのは、そこまでだ。あとは頼むぞ、ファビア!」
そして、いきなり登場した、伝説の副将サイラス!
情報を引き出すための、一世一代の名演技!……なのか、ただ酒癖の悪いおやじなのか、よくわかんないけど……
そして、この出会いとルドルフの計らいは、ファビアたちの計画、最後のピースとなる。