第二十五章 ベルモント城の仕入れ
さらに翌日の朝早く、シリウスは拠点を出て、ベルモントの市場に向かう。今日は一日、バカ息子として過ごす日だ。
店の前で店主と合流し、ベルモント城に向かう。その道中でも、怪しまれない程度に質問を重ねる。
「エレニアの物産……誰か作ってるのか知ってる?」
「細かい事はわからないけど、噂ではエレニアとの戦争で捕えられた囚人が作ってる、とか言われてる。」
「仕入れの時は作った人と会えるのか?商品の特徴とか知っときたいし…」
「仕入れの場には城の兵士しかいないぞ。取引も、城の兵士が行う。噂通り囚人が作ってるなら、会えるわけないだろう。」
「それもそうだな。」
よく考えると当り前だが……シリウスは落胆する。
「いや、でも一瞬見た事あるぞ。」
店主は思い出したようにつぶやく。
「!!本当か?いつ?」
「仕入れは、城の端にある小屋で行う。朝、名物のパイがすぐ品切れになってね…その時、大急ぎで追加のパイを持ってきたのが、若い女性だったんだ。」
「!!」
シリウスの目が鋭く光る。
商品の補充は、もしかして……
彼はとある策を練り、ポケットの中の銀貨を確かめる。
女王様の銀貨、今度こそ有効に使わせて頂きます!
しばらく歩いて、店主とシリウスは裏門のとなりにある小さな通用口から、厳重なボディチェックを受けたのち、中に入る。
「!!」
裏門を入ってすぐ、異様な光景を目にする。
人の倍ほどの高さに、一本の柱が横に通され、そこから真新しいロープが5本ほど垂れさがり、その先は丸い輪っかになっている。
絞首台だ!
シリウスの顔が青ざめるが、すぐに我に帰り、必死で平静を装って店主の後を追う。
二人は警備の兵士に睨まれながら、裏手の一角にある小屋に入る。
その光景にも、シリウスは目を奪われる。
甘い匂いが漂うパイ、かぼちゃのスープ、かぼちゃをくり抜いて作った工芸品……エレニア王国の祭りで露店に並んでいた、懐かしい品物が……小さなテーブルの上に所狭しと並んでいる!
死ととなり合わせの過酷な環境で、姫たちは、エレニアの伝統を守り続けている!
シリウスは涙を必死に堪えて、とある計画を実行に移す。
仕入れの業者は数人ほど。確かに、かつての敵国エレニアの商品に対して、それほど需要は多くないだろう。
奥のカウンターに立っている兵士に注文を伝えて、料金を支払うシステムのようだ。
店主はそそくさと、不足分の仕入れを済ませている。
シリウスはカウンターに近寄り、銀貨を並べて兵士に注文を伝える。
「パイが欲しい。ここにある分、全部。それから、追加で30個だ……!」
兵士も、店主も目を丸くする。
「商売はじめるなら、最初はドーンと行かないとね!」
シリウスは、バカ息子を演じる。
店主はあきれて言葉も出ないが、おかげで怪しまれる事はなさそうだ。
兵士はパイを全部箱に詰めてシリウスに渡す。
「これで全部だ。残りのパイは、焼き上がるまで20分
かかるぞ。」
「ああ、構わないよ。待ってる。」
「全然商売をわかっとらん!後は勝手にしろ!」
店主はぶつぶつ言いながら先に帰ってしまった。
他の業者も仕入れを済ませて、そそくさと去っていく。人が少ない方が都合がいい。
小屋に残るのは、カウンターの兵士と、見張りの兵士、シリウスの3人。
20分。
奥から、ガラガラとカートを引く音が、甘い香りとともに近づく。
!!
カートが部屋に入ってくる。押している女性……!
金髪の、美しい髪……
クレア姫!まさか、本当に会えるとは!
部屋の入り口で、カートを兵士に引き渡し、きびすを返して戻ろうとする、その時!
もう少し、もう少し顔を、見せてくれ!
「すみません!」
思わず大声が出る。しまった!
女性と兵士がぎょっとして、こちらを見る。
クレア姫……ファビアと一緒に、何度も遊んだ。あれから四年。クレア姫の横顔は、ずいぶん大人びて見える。
そして、果てしなく美しい……
「あ……あの……この……パイ、やきたて……ですか?」
女性は一瞬、驚いた表情を見せ、その後……にこりと微笑んだ……ように見える。
そして、すぐにその女性は、奥へと去っていく。
兵士が怒鳴りながら、パイを詰め始める。
「当たり前だろう!」
シリウスは、両手に持ち切れないほどのパイを抱えて、よろよろと拠点に戻る。
「なんで、……なんで、もっと気の利いたセリフが、出なかったんだよっ!」
シリウスは、半泣きで帰路につく。