第十九話 アルテリアの異変
春の大祭を終えて、夏が近づく。
シャフタル帝国には緊張が走っていた。
エレニア地方を手に入れたため、東の大国と国境を接し、直接対峙する事となる。
それはルーサー王が望んだ事でもあったが……何という事だろう!東の大国は、一切の国交を断ち、完全に鎖国しているのだ。そして、国の名前すら、誰も知らない。
謎に包まれた大国。国境は固く閉ざされ、何人も寄せ付けない。
かつては、エレニア王国が間にあったため、特に気にならなかった存在。しかし、国境を接し、さらに大陸統一の野心を隠そうとしないルーサー王の元、シャフタル帝国は決戦に向けて準備を始める。
その事自体は、正直言うと、エレニアの姫たちとは全く関係ない事なのだが……
一方、東の大国との決戦に備えて準備を重ねるエルゲン将軍はいらだちを募らせていた。
どんなに策を巡らせても、一向に敵の姿がつかめない。
慎重に、周到な戦術で勝利を重ねてきた彼にとって、それは得体の知れない恐怖であった。
ある日の謁見室、ルーサー王はエルゲン将軍に問いかける。
「エルゲン将軍、未だに敵の全容は見えぬのか。」
「は……幾度となく送り込んだ使者、一人として戻りませぬ。かくなる上は、周到に準備を重ね、挙国一致で戦争に備えるしかありません。」
「その通りだ。しかし、いつまでも準備していては、世は臆病者の謗りを受けるぞ。期限を決めるべきだ。」
「仰る通りでございます。……一年、でいかがでしょうか。」
「よかろう!今ちょうど大祭を終えた所だ。来年の大祭にて、世は高らかに進軍を宣言する!大祭の高揚感を持って、決戦の火蓋を切るのだ!」
「ははっ!」
こうして、一年後に向けて急速に体制が整えられる。
かつての従者ルドルフは、その有能さで順当に出世を重ね、アルテリアの市長に就任していた。
エルゲン将軍の命令はアルテリアの長であるルドルフにも届き、彼は対応に追われる。あらゆる無駄を切り捨て、軍備の増強に当てる。
その動きに、ルドルフは一抹の不安を覚える。
そう、エレニアの姫たちが囚われている古城だ。
辺境にあるとはいえ、首都の後方を固める大事な拠点だ。
そもそもエルゲン将軍は、草原の戦いで4万もの兵を失っており、エレニア王国に深い怨みを抱いている。
来年の大祭で、全軍進撃の命が下る。
エルゲン将軍が、エレニア王国の残党を処刑し、辺境の城を軍の新たな拠点とする事は明らかだ。
今度は、小手先の技は通用しない。
最悪、自らの手で彼女たちを処刑する日が来るかもしれない……
そう、エレニアの姫たちの、絶望へのカウントダウンが、静かに始まっていたのだ。
困難を乗り越える事を信じて、日々を耐えぬくプリンセスたち。しかし、その想いとは裏腹に、取り巻く状況は悪化していきます。
その一方で、ファビアたちはこの年月で、着実に北の大地で礎を築いていきます。
これから、分かれたエレニアの民、その運命が再び交わります。そのお話をするために、舞台は再び北の大地へ……