第十七章 アルテリアでの耐える日々
首都アルテリアの外れにある古城。
クレア姫、セリーナ姫たちが囚われの身になってから3回ほど冬を越しただろうか。
終わりのない、労働の日々。
わずかに聞こえる教会の鐘の音だけが、時の移ろいを知らせる。そんな中でも、希望を失わずに、囚われた王室の人々は懸命に生きる。
朝、独房で朝食をとった後、作業場に移動する。
朝から晩まで、仕事をこなす。
お菓子や保存食などの調理品、人形や置物などの工芸品、ちょっとした家具や服。
なんでも作った。
一番長く世話役を務めていたテリムを失ったが、幼少期から共に城で過ごしたタミア、キャシイ、メアリーたち従者は、献身的に姫たちを支える。
彼女たちは、作業のふりをして、姫たちにありとあらゆる技術を教えこんだ。
言葉は交わさずとも、技術を通して、彼女たちは先人の知恵を学び、成長する。
エレニア王国が復活する、その日のためにプリンセスとして、恥じることのない教育を。
その日がいつ来るか知れない、来ないかもしれない。
それでも、従者たちは職務を全うする。
3度目の冬を越して、春が訪れる。教会の鐘は、毎日朝と、昼と、夕方に一回ずつ、カランと鳴る。
カランカランカラン……
しかし、年に一日だけ、春に鐘が鳴り続ける日がある。
そして、その日だけ、アルテリアの辺境にある城にも、賑やかな音楽や歓声が漏れ聞こえる。
一年目はよく分からなかったけど、二年目に、それが大きな祭りの合図だという事に気づく。
そして三年目、祭りがやってくる。
看守を務める兵士たちも、心ここにあらずに見える。
この日は、きっとみんな特別な日。
クレア姫はちょっとしたいたずらを考える。
作業開始と共に、見張りの看守が入ってくる。いつもは数人いる看守が、この日は一人だけになるのだ。その瞬間、クレア姫は彼めがけて走り寄る。
「えいっ!」
勢い余って、看守の胸にぶつかりながらも、頭におっきな花の冠をかぶせる!
こっそり作った、色とりどりの花冠。
「何をする!」
看守が怒鳴ろうとするが、クレア姫が間髪入れずに畳み掛ける。
「今日はお祭りでしょ!兵隊さんも、かわいい格好して、楽しんで来た方がいいよっ!」
あまりに意外な展開に、怒鳴る事すら忘れる。
「う……うむ……」
「そうだよ!あなただけこんな地下で仕事なんて。」
セリーナ姫や従者たちも続ける。
看守もまんざらではないようだ。
「……」
「…………」
「……うむ、そうだな!今日だけ、作業は休み、自由時間だ!ただし、夕方の鐘がなるまでだそ!」
そう言い残して、看守はそそくさと去って行った。
……
……
看守が去り、作業場には仲間だけ!
一瞬の沈黙のあと……
「きゃああああっ!」
「うわあああん!」
地下室に歓声が一斉に響きわたる。
三年ぶりの自由。それは、5時に解ける魔法の時間!
「おねえちゃん!おねえちゃん〜」
いつでも冷静なセリーナ姫も、クレア姫に抱きついて甘え倒す。従者たちも皆抱きあって、思いのたけをぶつけ合う。
みんなで輪になって、語り尽くす。
故郷の事、家族の事、恋人の事、たくさんの思い出、たくさんの悲しみ。泣いて、笑って、そして時はあっという間に過ぎていく。
……ひとしきり語り尽くして、少しの静寂が訪れた瞬間。もうすぐ魔法が切れる。
「う……うう……うあ、うあああん!」
それまで明るく振る舞っていたクレア姫が、さめざめと泣き出す。
「もうだめ、たえらんない!わたし、たえられるほどつよくない!」
「クレア姫!」「おねえちゃん!」
「……わたしも!わたしもたえらんない!」
「もう、しんでしまいたいよお!」
みんなつられて、泣きじゃくる。
夕方の鐘とともに、また自由はその手からするりと抜けていく。その現実に、絶望する。
その時。
歌声が聞こえる。
タミアの歌声。そして、キャシーとメアリーも声を重ねて、ハーモニーを奏でる。
三人の歌声に、みな聴き入る。
彼女たちは、小さいころから教会に通い、クワイアの一員としてエレニアの神を讃える讃美歌を歌ってきた。
あらゆる困難に立ち向かう
すべての苦難を乗り越える
神様はいつもそばにいてあなたを見守る
そんな感じの、単調で古臭い歌。
もっと流行りの歌が好きだった。
でも今は、そのシンプルな歌が、皆に力を与える。
カランカランカラン……
祭りの終わりを知らせる鐘が鳴り、看守たちが靴音を響かせて近づいてくる。
魔法は解けて、苦難の日常が戻ってくる。
でもこの一日は、それを乗り越える確かな力を与える。