第十三話 進退極まる
翌朝、幸い天気は晴れ。
日の出とともに、エレニアの旅団、山越えに挑む。
気象学の心得もあるシリウスは、空を眺める。
晴れ渡っているが、東に黒い雲が張り出している。
この辺りの天気は、東から西へと移ろう。
一瞬不安がよぎるが、雲の位置ははるか東の果て。
あの雲が来るまでに、山を越えられるはず。
隊列を崩さないように、声を掛け合いながら慎重に山を登る。奇跡的に、このルートには険しい崖などの難所はない。慎重に、着実に進むのみ。
昼過ぎに、旅団は遂に山の峰に立つ。
ファビアたちは、眼下に広がる絶景に息を飲む。
眼をこらして、地形を観察する。
その時、ファビアは一瞬、立ち昇る煙のようなものを目にする。
シリウスたちを呼び寄せる。
間違いない、煙だ!人がいる!
シリウスはすぐさま隊列を組み、煙の見えた方角目指して進み始める。
しかし、稜線を越えた瞬間、天気が急変する。
想像をはるかに超えるスピードで、東から進んできた黒い雲が、空を覆いつくす。
しんしんと降り始めた雪は、やがて吹雪となる。
一気に視界が狭くなる。
「隊列を崩すな!絶対に離れるな!」
シリウスが絶叫する。
旅団はみな、グループ単位で更に固まり、少しずつ前進する。
6人のグループが5つ。
ファビアは吹雪の中、眼を凝らして数を確かめながら進む。
状況はさらに悪化。グループの真ん中、ニコルのグループが遅れ始める。
ニコルのグループは、ニコラスなど子供、女性が多い。
そのため、彼女たちを守るように隊列の真ん中に配置していたが……
「シリウス!このままでは隊列が二つに分かれる!」
ファビアが大声で叫ぶ。
「止まれ!止まれ!前列、いったん止まれ!」
吹雪は、ごうごうと音を立てて、旅団に容赦なく襲いかかる。
離れかけた、後ろの集団。
ニコルが絶叫している。
「ニコラス!ニコラス!」
寒さにじっと耐えながら歩いていたニコラス。
しかし、雪の中ついに倒れ込み、その体は小刻みに震えている。
小さな子供の体、真っ先に低体温症の危機が迫る。
他にも、数名の女性が動けずにうずくまる。
ファビアは、吹雪の中後列まで辿り着き、状況の悪さに絶句する。
すぐさま、待機する前列に戻り、二つの命令を出す。
「シリウス!隊列を組み直すぞ!後列は今、動けない。後退して合流し、ニコルの隊列を取り囲め!」
「全員、後退!」
視界が狭まるなか、わずかに動く人影めがけて、旅団が再び一つに結集する。
離れたら、終わりだ。
「サルバドール!どこだ!」
「ここにいるぞ!」
「野営だ!雪を掘れ!動ける者は雪を掘れ!」
幸い、道沿いにはなだらかな丘か連なっている。
「横から掘れば、人が入れるくらいの雪洞は作れるぞ!急げ!」
サルバドールは大声で指示を出す。
そして、隊列中央、ニコラスたちを取り囲む集団は、少しずつ雪洞に向かって進む。
さすがに全員入る事はできないが、歩けない者すべて、雪の中にかくまう。
雪の中は、意外と温度が保たれる。
風も防げるため、外にいるより遥かに安全だ。
しかし、絶望的な状況に変わりはない。
この吹雪がいつまで続くかわからない。
少なくとも、全員がここで持ちこたえることはできないだろう。
ファビアはここで、さらにもう一つの決断を下す。
ここにきて初めて、旅団を二つに割る!
ファビア、シリウス、ヤザン、ルバート、サルバドール。
体力に余裕のあるこの5人で、煙の立った場所へ向かう
のだ。そこに何があるか、わからない。
しかし、ファビアには確信があった。水没した拠点、かぼちゃの種、立ち昇る煙……
何かの運命に、導かれている気がしてならない。
ファビアは、吹雪の中、徹底的に周りの景色と方角を頭に叩き込んでいた。おおよその方角はわかる。
この時、サルバドールが声を上げる。
「俺は行かない。ここに残る。」
根拠のない行軍に、嫌がる者を連れて行く分けにはいかない。残る4人で、先に進む事にする。
この時、サルバドールにその理由を聞かなかった事に、ファビアは心底、後悔する事になる。