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後編

 穏やかに夏が過ぎ、稲は順調に育ち続け、ついに収穫の時を迎えた。


 トラ様が言っていた通り、緑色だった稲は私の髪と同じような色になり、重たげに穂を垂らして少し涼しくなった秋風に揺れてる。 

 まるで黄金の絨毯がいくつも広げられているような美しい光景に、私は胸を躍らせた。


 私は竜神様に感謝の祈りを捧げつつ、巫女の修行の傍ら米や野菜の収穫を手伝ったりして、楽しく有意義に過ごしていた。

 

 トラ様は相変わらず忙しいようだが、そんな中でも私に時間を割いてくれる。

 優しい笑顔を向けら甘やかされるれるたびに、どんどんトラ様のことが好きになってしまう。


 きっと私のそんな気持ちは、トラ様にも伝わっていると思うが、今のところトラ様は私になにも言わない。 

 私が天女と呼ばれる存在だからなのかもしれないが、この国の習慣を完全には理解していない私には、判然としない。

 かといって、こちらから尋ねる勇気もないので、現状維持が続いている。


 そんな私だが、一番気になるのはトラ様と私のことではない。 

 間近に迫るカナメとタクミの祝言だ。


 結婚すると巫女は卒業なのだそうで、カナメが舞うのはカナメ本人の祝言が最後になる。

 少し寂しい気もするが、カナメはとても幸せそうで、タクミのことでからかわれると頬を赤くして恥じらうのが可愛らしい。


 二の明るい未来を願い、心を込めて祝福の舞を舞うために、私は毎日練習を重ねた。

 

 竜神様。

 今年は米も野菜も果物も、大豊作なのだそうです。

 皆が竜神様に深く感謝しています。

 本当に、ありがとうございます。


 豊かに実った稲は全て刈り取られ、脱穀などの段階を経て無事に蔵へと収められた。

 私がこの国に来たときはほぼ空だった蔵に、今は米がいっぱいに詰まった袋が積み上げられている。


 カナメとタクミの祝言も、もうすぐです。

 祝言に参加するのは初めてなので、とても楽しみです。

 収穫を祝うお祭りと同時に行われることになったので、とてもおめでたいと皆が言っています。

 私も舞いを奉納することになっています。

 精一杯舞いますので、どうか見守っていてくださいね。


 最近は、嬉しいことも竜神様に報告するようになった。

 なんとなくだが、竜神様もそれを喜んでくださっている気がする。


 お祈りが終わると、トラ様と二人で雨宿りをして、手を繋いで城へと続く道を下る。

 近頃のトラ様は忙しく、一緒にいられるのはこの時だけなので、私にとってはとても大切な時間だ。

 繋いだ手を離すのが名残惜しくて、いつもこの道がもっと長ければいいのにと思う。 


 もうすぐ城に着いてしまう。

 また明日の朝まで会えないのかな。


 寂しい気持ちを堪えて歩いていると、なにやら城が騒がしいことに気がついた。


「兄上様!」


 なにやら緊迫した表情のカナメがこちらに駆けて来るのが見えて、トラ様の表情はぐっと険しいものになった。


「エリ、今日は大巫女殿のところに行くのは中止だ。

 果菜芽から決して離れないように」


「は、はい、わかりました」


 トラはそう言うと、私と果菜芽を残して走り去った。


「エリ、落ち着いて聞いてね。

 東にある佐岐という国が、攻め込んで来たの」


「え……それって」


「肥賀と佐岐の間で戦が起きた、ということよ」


 私はさぁっと血の気が引くのを感じた。


 そういえば、隣の国も干ばつにより不作続きだと以前に聞いた。

 きっと、豊作に恵まれた肥賀の食料を狙っての戦なのだろう。

 

「さあ、呆けている時間はないわ。

 私たちも行くわよ!」


 青ざめて立ち尽くすだけの私と違い、兄とよく似たカナメの瞳には強い光が灯っている。


 私はカナメに手を引かれ、トラ様が向かったのとは別の方向に駆けだした。

 私は全く知らなかったが、トラ様たちはこうなることを予想してたらしい。


 東の国境近くにある集落からは女性や子供は予め避難させてあり、収穫したばかりの食料も手元には最低限だけ残して、大部分は城に預けられている。

 佐岐が攻め込んできたら、集落の男衆は抵抗せずに逃げた後、トラたちと合流して一気に叩くという手筈になっているのだそうだ。


「城の近くの集落の女性と子供は、城に避難してくることになっているの。

 いざとなったら、ここで籠城することになるわ」


 私はカナメに教えられながら、トラ様がいつも着ているような袴を穿き、襷で小袖の袖を抑えた。

 これでかなり動きやすくなった。


「エリ様!姫様!

 御屋形様たちが出立なさいますよ」


 またカナメに手を引かれて城の前に行くと、そこにはトラ様と見たことがないほど大人数の男衆がいた。


 全員、胴体を覆う鎧と脚絆や籠手などの戦装束で身を固めている。

 トラ様はそれに加えて、下が広がった形をした兜を被っており、鎧も他よりは立派な造りになっているのが私にもわかった。


 事前にしっかり準備をしてあったから、これだけ短時間で出立できるのだろう。


「エリ」


 ピリピリとした空気を纏い引き締まった顔をしていたトラ様の表情が、私を見るとふと和らいだ。


「肥賀の男は強い。

 必ず帰るから、きみは果菜芽と待っていてくれ」


「トラ様……」


 涙が溢れ、トラ様の凛々しい顔がはっきり見えない。


「天女様。皆に声をかけてくれないか」


 見ると、男衆だけでなく、その場にいる全員が期待をこめて私を見ていた。


 そうだ。私は竜神様に遣わされた天女なのだ。

 今の私の役目は、竜神様の威を借りて彼らを勇気づけることだ。

 

「どうか、誰一人欠けることなく、無事にお戻りください。

 竜神様にお力添えをくださいますよう、私は祈りを捧げます。

 皆さま、どうか御武運を!」


 私がそう声を張り上げると、晴れている空からぱらぱらと雨粒が落ちてきた。


「竜神様の祝福だ!これで我らが負けることはない!」


 トラ様がよく通る声を張り上げると、わぁっと歓声が上がった。


「ありがとう、エリ。これで百人力だ」


 そう言うと、トラ様はひらりと馬に跨った。


「果菜芽!エリを頼む!後は任せたぞ!」


「はい、兄上様!

 安心して暴れてきてください!」


 トラ様の周囲に、さきほどよりも明るい顔をした男衆がさっと集まった。


「出立!」


 トラ様の後にはタクミを含む十名ほどが騎馬で従い、その後ろから百名ほどの男衆が駆け足でついていく。 

 城に残る私たちは、それを手を振りながら見送った。


 涙が止まらない私の肩を、 カナメがぽんと叩いた。


「エリ。泣いてはいけないわ」


 カナメは青ざめてはいるが、私のように泣いてはいない。

 カナメだって、トラ様やタクミが心配だろうに。


「私は国主の妹で、エリは天女様なのよ。

 私たちが動揺したら、皆にそれに伝わってしまうわ」

  

 カナメの言う通りだ。

 実際、皆が私たちに注目している。


 私が涙を拭って頷くと、カナメはにっこりと笑って皆を振り返った。


「さあ、籠城の準備を!

 兄上様たちが戻るまで、私たちで城を守るのよ!」


『はい!』

 

 女衆も、元気にカナメに応えた。 


 肥賀は男だけでなく、女も強い。

 私も負けてはいられない。


「私は、御神木のところに行くわ。

 竜神様に祈らなくては」


 それが、今の私がすべきことだ。

 竜神様に祈りを捧げ、トラ様たちの無事を願わなければ。


「それなら、私がお供いたしましょう」


 そう声を上げたのは、大巫女様だった。

 大巫女様は近隣諸国随一の巫女なのだ。


 私は大巫女様のことを、トラ様やカナメと同じくらい信頼している。

 大巫女様が一緒なら、とても心強い。

 

 私と大巫女様はカナメたちと別れ、二人で御神木までの道を登った。

 途中で城に残った年配の男衆が、鉈をふるって竹を切っているのが見えた。


「あれは、竹槍にしますのじゃ。

 いざとなったら、あれで女たちも戦います」


 それはつまり、トラ様たちが敗れて佐岐の兵がこの城まで到達してしまった場合の話だ。


 そうなったら、カナメも友達になった巫女たちも、迷わず竹槍を手に戦うのだろう。 


 そんな光景を想像してしまい、心臓にヒヤリと冷たいものが触れたような気がした。


 トラ様もカナメも、その他の人たちも、誰にも傷ついてほしくない。

 私は御神木の前に跪き、祈りをささげた。

 

 竜神様、お願いです。

 トラ様たちをお守りください。

 皆、優しい人たちなのです。

 どうか、どうか、お守りくださいますよう––––––

 

 私は時も忘れて一心に祈った。


 雨がしとしと降り、髪も小袖もすっかり濡れてしまったのも気にならないくらい、ひたすらに祈りを捧げ続けた。


◇◇◇◇◇


 俺たちが東の集落の男衆と合流したのは、陽がすっかり落ちてからだった。

 

「佐岐のやつらは、俺たちが残してきた飯を食うのに忙しいようです。

 家が焼かれている様子はありません。

 あいつら、気の毒なくらい痩せてましたよ」


 まとめ役の男は、俺にそう報告した。


 速やかに逃げたので、幸いにも怪我人は一人もでなかったそうだ。


 佐岐の側も、俺たちが戦を仕掛けられることを予想し、その対策をとることぐらいわかっていただろう。

 食料を集落に少しだけ残したのは、足止めをして俺たちが到着するまでの時間を稼ぐためだ。

 飢えている佐岐の兵が、目の前の食料より侵攻を優先することはないと踏んだのだ。


 そこに毒を混ぜては、という意見もあったが、それは却下した。

 竜神様の恵みにより得られた食料を毒で穢すなど、罰があたってしまう。


 それに、隣国との間で禍根を残すようなことは、できる限り避けたい。

 

「佐岐の国主はいたか?」


「国主かどうかはわかりませんが、一人だけ立派な鎧を着て馬に乗ってるのがいました」


 おそらくだが、それが国主本人だ。


 佐岐の現国主には、俺も何度か会ったことがある。

 俺より十歳ほど年上の、生真面目で責任感の強い男だ。


 あの男なら、兵だけ送り出して自分は安全な城で待つようなことはしないだろう。

 悪いやつではない。むしろ、いいやつだと思っている。

 だからこそ、支援のために野菜を送ったりしたのだ。


 そんな男を、討ち取らなければならないのかと思うと、俺はなんとも苦い気持ちになった。


 夜に奇襲をかけて殲滅するという手もあるが、暗い中での乱戦は双方に多大な被害が出可能性がある。

 焼き討ちをすると、今度は集落の復興に長い時間と手間がかかる。


 あちらも今夜はもう動けないだろうし、日が昇ってから正々堂々とぶつかってやろうではないか。

 

「ご苦労だった。

 明日は合戦になる。

 今のうちに休んでおけ」


 男を下がらせると、俺の横に控えていた巧がニヤッと笑った。


「俺たちの読み通りの動きですね」


「そうだな。今のところ首尾は上々だ」


 追い詰められている佐岐に選択肢などないから、読みやすい。


 だからこそ、胸の奥がどうしようもない焦燥で焼かれている。


 佐岐は食料だけでなく、『稲穂色の天女様』も狙っているのだ。


 もし万が一エリが奪われたらと思うと、それだけで頭に血が上ってしまいそうになる。


 なんとしてでも、エリを守らなくては。

 そう思うと、闘志が湧いてくる。


「明日の合戦で決着をつけるぞ」


「はい。大将首を挙げてみせましょう」


 その一方で、巧は俺とは少し違う意味でやる気に満ちている。


 巧にとってこの戦は、果菜芽との祝言の前に武功を挙げる絶好の機会なのだ。


 俺としては、戦を早く終わらせるためにも、巧には是非とも頑張ってほしいと思っている。


 佐岐の男は、本来は俺たちに負けないくらい頑健なのだが、飢えて痩せ細っているようでは発揮する力も失われていることだろう。

 そういう意味では俺たちが有利だが、油断は禁物だ。

 どれだけ弱っていても命を捨てる覚悟を決めた死兵は手強いものだと、多くの兵法書に書いてあるのだから。


「無茶はするなよ。

 おまえが死んだら果菜芽が泣く」


「死なない程度の無茶に留めておきますよ」 


 そんなことを言いつつも、思い切り無茶をするつもりという顔をしている。


 とはいえ、巧が手練れだということは俺もよく知っているから、あまり心配はしていない。 


 巧よりも、エリが泣いてないかということの方がよほど心配だ。


 出立前に見た泣き顔が頭から離れない。

 早く帰って、この胸に抱きしめたい。 


 俺は陽が落ちて暗くなった天を仰ぎ、愛しい面影を瞼の裏に描いた。



 翌朝。

 斥候に出していた男が息を切らして戻ってきた。


「御屋形様!佐岐のやつらが動き出しました!

 こちらに向かっています!」


 そろそろ頃合いだと思っていた。

 

 俺たちが陣を構えているのは、佐岐に明け渡した集落からほど近い丘の上だ。

 この丘を通る道を通らなければ、肥賀の城にはたどり着けない。


 佐岐の兵がぞろぞろと姿を現した。

 兵数は俺たちと同じくらいのようだが、遠目に見ても痩せているのがわかる。

 集落に残されていた僅かな食料では、全員の腹を満たすには足りなかったはずだ。

 今もまだ飢えに苦しんでいることだろう。


 馬に乗った男の一人が纏う鎧が、陽の光を反射して輝いた。

 どうやら、あれが佐岐の国主のようだ。


「よし、覚悟はいいな。心してかかれ!」


 俺の声に皆が『応!』と応え、それが鬨の声となった。

 佐岐の軍からも鬨の声が上がり、続いてこちらに向けて突撃をしてきた。


 俺と巧を含む、弓の心得のある男たちが横並びになり、弓に矢を番えた。

 もうすぐ、先頭を走る佐岐の兵が射程範囲内に入る。


 ギリギリと弓を引き絞り、『放て!』と号令をかけようとした時のことだった。


 ドンッという轟音が響き、空から降ってきた閃光が佐岐の兵の少し前の地面を貫いたかと思うと、十人ほどの佐岐の兵がバタバタと倒れた。


 肥賀のものは、これに似た光景を見たことがある。


 俺たちも驚いたが、至近距離にいた佐岐の兵たちは腰を抜かすほど驚いたようだ。


 それでも流石は一国の国主というべきか、佐岐の国主はすぐに気を持ち直し、また突撃するよう兵たちに発破をかけた。

 それに従った兵たちの前に、今度は三条の閃光が轟音と共に連続で降ってきて、佐岐の兵の半分ほどが地に倒れ伏してしまった。

 

「竜神様だ……」


 誰かが呟いたのが聞こえた。


 竜神様。それから、エリ。


 エリの祈りを聞き届けた竜神様が、俺たちを守護してくださっているのだ。


「巧、ついてこい」


 俺は巧だけを連れ、馬を進めて佐岐の陣に近づいた。


 倒れている兵たちは、どうやら気絶しているだけで幸いにも死んではいないようだ。

 命までは取らないようにと、優しいエリが竜神様に頼んだと思う。

 

「俺は肥賀の国の国主、肥賀虎雅だ」


 完全に戦意を喪失している佐岐の国主と兵たちに向けて、俺は声を張り上げた。


「肥賀は竜神様に守護されている。

 我らに仇成すものは、竜神様の怒りに触れると心得よ。

 命が惜しくば、刃を捨てて跪け」


 地上を這いまわる人間がどれだけ刃を振り回したところで、天上の竜神様に届くわけがないのだ。

 さっさと諦めて投降しろ、という呼びかけに最初に応じたのは、一際立派な鎧を纏った男だった。


 馬から降りて兜をとったところで、やはり佐岐の国主だということがわかった。

 男はそのまま俺の前に真っすぐ歩み出て、躊躇いなく地面に膝をつき深く首を垂れた。


 それを見た佐岐の兵たちも、国主に倣い次々と膝をついていった。


 こうして、刃を交えることすらできず、佐岐は肥賀に全面降伏したのだった。


◇◇◇◇◇


「天女様、どうかお情けを……」


 私の前で、酷い顔色の痩せた中年男性が地面にめり込みそうなほどひれ伏して懇願している。


 トラ様たちが捕虜として城に連れ帰ってきた、隣国佐岐の国主様だ。


「どうか、佐岐にも恵みの雨を降らせてくださいますよう、お願い申し上げます。

 このままでは、我が国は躯の山を築くことになってしまいます。

 お望みとあらば、私の首でもなんでも差し上げます。

 どうか、お情けを……」


 この人の首なんかもらっても、私にはどうしようもないのに。


 隣に立つトラ様を見上げると、優しく微笑んで頷いてくれた。

 私に処遇を任せてくれたのだ。


 それなら、どうするかもう決まっている。


「この方を御神木のところにお連れします」


 トラ様たちが出立した後、私は御神木に向かい祈りを捧げた。


 誰も命を落とさないように、皆が無事に帰ってくるようにと寝食を忘れて祈り続け、気がついたら私は意識だけ空の高いところを漂って、地上を見下ろしていた。

 

 ––––––トラ様。


 愛しい名を呼ぶと、すうっと風に流されるように雲の間を移動して、丘の上で陣を構えている肥賀の軍が眼下に見えるようになった。


 弓矢を手にしたトラ様がいる。


 凛々しい瞳が睨みつける先には、トラ様たちに向かって刃を振り上げ走ってくる男たちがいた。


 あれが佐岐の兵なのだろう。


 とても痩せているが、その瞳はギラギラとした殺気に満ちている。

 あの刃が、もしトラ様に届いたら……



 ––––––やめて!


 私が叫ぶと、すぐ近くで大きく温かな気配が動くのを感じた。


 目には見えなくとも、それが竜神様なのだと直観でわかった。


 私の叫びに呼応するように、轟音と共に雷が地上に落ち、さっきまで走っていた男たちが倒れた。


 それから続けざまの雷で半数以上の佐岐の兵が倒れたところで、降伏を呼びかけたトラ様に佐岐の兵たちが全員その場で膝をついた。


 ––––––よかった。


 トラ様も皆も、無事だ。


 倒れている佐岐の兵たちも、死んではいないはず。

 竜神様、ありがとうございます……!


 私は心から感謝の祈りを捧げ……

 

 はっと気がつくと、私は御神木の前に跪いていた。


「エリ様。戻って来なさったか」

 

 声をかけられて振り向くと、心配そうな顔をした大巫女様がいた。


「丸一日身じろぎもしないから、心配していたんだよ」


 ほんの短い間だとしか感じなかったのに、と思いながら立ち上がろうとして、ギシギシと痛む関節に顔を顰めた。

 その痛みで、本当に一日たっているのだと実感した。


 痛みを我慢してなんとか立ち上がり、私は晴れやかな気分で満面の笑みをうかべた。


「大巫女様。戦は終わりました。

 竜神様のおかげで、トラ様たちは全員無事です!」


「おお……!なんと……!」


 大巫女様は涙を流し、私のつられて泣きながら二人で抱き合って喜びを分かち合ったのだった。



「これを見てください」


 私がトラ様と佐岐の国主様たちに指さして見せたのは、真っ二つに裂けて倒れたままの御神木の根本だった。


 そこには、二本の小さな木の芽がぴょこんと地面から顔を出してる。

 枯れてしまったかに見えた御神木は、まだ生きていたのだ。


「一本はこのままこの地で成長し、御神木となります。

 もう一本は、佐岐の人々が望むなら、守護の証として佐岐の地に授けると竜神様は仰っています」


 あれから私は、竜神様の存在を以前よりもはっきりと感じることができるようになった。

 竜神様がなにを望んでいるのかも、私の心に伝わってくる。


「その代わり、佐岐の人々にも竜神様を崇めてもらいます。

 そうすれば、慈悲深い竜神様は肥賀の地に攻め入ったことを水に流し、佐岐にも恵みを与えて下さるのだそうです。どうなさいますか?」


「是非とも!お願いいたします!」


 佐岐の国主様は、再び地面に平伏した。


「我らは子々孫々に渡り、竜神様を崇め奉ると誓います!

 ですから、どうか恵みをお与えくださいますよう!」


 血を吐くような声に、胸が痛くなった。

 国主様ですらこれだけ痩せているのだから、佐岐の国は本当に苦しいのだろう。


「わかりました。では、私と共に祈りを捧げましょう。

 竜神様に、国主様の声を届けるのです」


 私が御神木に向かって跪くと、佐岐の国主様だけでなくトラ様たちも跪いた。 


 佐岐の国主様も、竜神様を崇めると約束してくださいました。

 どうか、佐岐にも恵みの雨を降らせてくださいますよう、お願い申し上げます。

 佐岐に住む人々を、お助け下さい……


 私たちの上に、ぱらぱらと小雨が降り注いだ。 

 同時に、遥かな天上で竜神様が東の空へと飛んでいくのを感じた。

 佐岐に慈雨を降らせにいってくれたのだ。


「竜神様が、祈りを聞き届けてくださいました。

 間もなく佐岐には雨が降り注ぎ、稲妻が輝くことになるでしょう」


 私がそう伝えると、佐岐の国主様は再び地面にひれ伏して声を上げて泣いた。

 よかった。これで、佐岐の人たちも助かることだろう。


「エリ、ありがとう。きみのおかげで、誰も死なずに済んだ」


 トラ様の大きな手が私の頬に触れた。


 もしかしたらこの温もりが永遠に失われてしまっていたのかもしれないと思うと、涙が溢れた。 


 トラ様が無事で、本当によかった……


「エリ。俺は、きみを心から愛している」


 私を映す黒い瞳には深い愛情の光があり、私の頬は先ほどまでとは違い意味の涙で濡れた。


「嫁においで」


 私の答えは、もう決まっている。


 嬉しくて言葉がでてこない私を、トラ様はそっと抱きしめてくれた。

 柔らかな雨に打たれながら、私たちは幸せに包まれた。


 東の空からは、私たちを祝福するように雷鳴が響いていた。


これにて完結です!

最後まで読んでくださってありがとうございました!


面白かったけど、感想を書くのは苦手……という方がいらっしゃいましたら、


o(*^▽^*)o ←この顔文字だけ感想を書くところにコピペして送信してください。


作者が泣いて喜んで、次作に気合いを入れるという効果があります♪

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