犠(いけにえ)
挨拶も終わり、部室の内へと通されると思われたのだが、其の隣の倉庫へと案内された。この学園には部室の隣にその部員が使える倉庫が存在しているとの事だった。
倉庫へと入ると、視界に映るのは整理整頓された本棚だった。三方の殆どが数多の書籍で隙間なく埋め尽くされている。
漆黒の本棚。黒革のソファー。紅い絨毯。倉庫である事を忘れてしまう程の空間だった。そして、空間には古本・古書が放つ独特な香りが満ちていた。
紙、インク、装丁で使用された化学物質。製本された時代の化学物質。湿気や光等で分解された揮発性有機化合物の香り。
甘い香り。アーモンドの香り。フローラルな香り。バニラの香り。それはエチルベンゼンの香り。ベンズアルデビドの香り。エチルヘキサノールの香り。バニリンの香り。そう云った香りは、天乃の心にノスタルジックな感傷を与えた。
天乃は、その空気を肺に満たす。それから1呼吸して、辺りを見渡す。
『本格的だな。滅多に見ることの出来ない本もあるようだ。』
天乃が色々と想いを巡らせていると折原が声を発した。
「学園では禁止になってるけど、星月くんの頼みだったから今回は特別。」
「何で禁止になったのですか?」
天乃は問い掛けた。
「えっと…。それは…。」
折原が言いにくそうに七瀬の方へ視線を送ると、横に立っていた七瀬が言葉を述べ…。 私の親友だった人が【生贄様】に取り憑かれてしまったからです。と云った。
「証拠もあります。」
七瀬はスマホを開き此方へ画面を向けると…。紗希?良いの?と折原が訊いた…。
「この動画も拡散されているし、隠しても無駄でしょ?此れを観たら【生贄様】が、実在すると理解してもらえるし…。」
七瀬の手にあるスマホの画面には…。
獣の様に涎を垂れ流し唸り声を上げ、暴れている水瀬の姿があった。
「あの…。」
天乃は声を発した。その声は微かに震えている。伶音はソレが演技である事に気付いた様子で、訝しく義姉を視ていた。
「先程、親友だった。って言ってましたよね?その人は…。」
天乃を除いた3人は…。
喫驚の面持ちになり、互いを見合わせている…。
その後、七瀬は意を決した様な表情を見せて…。【生贄様】に殺されました。と俯きながら、そう言った。
暫くは沈黙があった。その沈黙を破ったのは七瀬だった。
「星月さんだよね。貴女も親友を失ったんでしょ?【生贄様】に頼めば、その子と話せるかも…。さぁ。はじめましょう。」




