完全なる悪意
天乃は二回程、瞬きをした。
そして…。
「笠原に投与された薬品は2つ。」
天乃は拳を強く握り締める。
「1つは多量の【覚醒剤】だ…。」
と言った。
「そんなことって…。」
神木は俯きながら震えている。
「覚醒剤には神経を興奮させる作用がある…。」
天乃は煙草に火を点ける。深く息を吸い天に煙を浴びせた。
「意識障害、幻覚、妄想の症状が現れ、時には、精神異常をきたし、錯乱状態に陥る。結果、人に暴行を加え殺害に至る事もあるんだよ…。捜査を撹乱する為の目的だったのなら、まだマシなんだがな…。」
天乃は煙草を親指で跳ねさせ、灰を地面へ落とす。
「もう1つは多量の【メタノール】だ…。しかも致死量の10倍程のな…。」
「エタノール?お酒の主成分の?」
「違う。【メタノール】だよ。」
天乃は言葉を並べる。
「【メタノール】はアルコールの中で最も単純な分子構造を持っている。引火の危険性の高い液体で、エタノールを混合していない【メタノール】は医薬用外劇物で指定されているんだよ。購入する為には毒劇物譲受書への署名捺印をしなければならない…。つまり、簡単に買えるモノではないって事だ。」
天乃は、言葉を並べると1呼吸した。唇から漏れる息は白く輝く。
「【メタノール】の毒性は、蟻酸による代謝性アシドーシスとニューロンにおける毒性だ。」
天乃の声が荒くなる。
「代謝性アシドーシスとは【血液の酸塩基平衡を酸性側にしようとする状態】。ニューロンとは【神経系を構成する情報処理と情報伝達に特化した細胞】。つまり呼吸障害と意識障害。」
天乃の声は怒りに震えている。
「【メタノール】つまり【メチルアルコール】とは、【眼散る】アルコールと云われる程、眼に対し回復不能な障害を与え【失明】させる。ホルムアルデヒドがスコトプシンと結合してしまう事によって、桿体細胞を破損する。または、蟻酸がミトコンドリアの電子伝達系に関わるシトクロムオキシダーゼを阻害する為に視神経毒性が現れるとする意見もある。」
風が吹く。
「いずれにせよ。メタノールは【失明】へと導く薬品なんだよ…。』
「【失明】…。」
神木は言葉を失っていた。
「笠原は女子高生を殺害した後、自ら眼を潰した。それは警察の捜査で立証されている。」
天乃は悲痛な表情で続ける。
「その後、覚醒剤を多量に投与された事により死亡した。そして死亡した直後にメチルアルコールを投与されている。これも捜査で立証されたんだ。」
神木に視線を向けると、天乃は瞳に涙を浮かべながら言葉を放る。
「幽霊に怯え錯乱し、幽霊を殺害した後、自ら眼を潰した笠原に、【意識障害】と【失明】の症状が出る薬品を投与したんだぞ…。これが偶然じゃないのなら…。」
天乃は唇を噛み締め…。
「ある1つの結論が導き出される…。【幽霊に怯えて錯乱し、幽霊を殺害した後に自らの眼を潰す】事を擬えた…。」
と云い…。
「完全なる悪意そのモノだ…。」
と続けた。




