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憂鬱な天国 Ⅰ 幽霊  作者: 倉木英知
幽霊解体新書
61/106

幽霊を解体する。 産み堕とされた


 「其れだけなら、こんな悲劇は起こらなかった…。」


 天乃はゆっくりと目蓋を閉じる。微かな涙が頬を撫でた。


 「自殺を目撃した事で心的外傷を受けた。PTSDって聞いた事ないか?心的外傷後ストレス障害の事だ。お前は自殺を目撃して1ヶ月未満だったから、ASDと呼ばれる急性ストレス障害が正しいけどな…。」


 天乃は先程と同じ場所に座り込み膝を抱え。トラウマってやつだ。そして1つの症状が出た。と続けた。


 天乃は、また煙草に火を点ける。そして吸い込み、天に向かい吐き出す。ユラユラと、また煙は立ち上がる。


 「このユラユラとした煙を見て【視覚に何かがいる事に気付いた】。と言ったよな?」


 答えはある筈が無い。


 天乃はもう一度煙を吐き出して…。ユラユラとした煙の中で黒い蚊の様なモノが蠢いている事に気付いた、お前の【脳】に反復的かつ侵入的苦痛が想起された。と言った。


 「反復的かつ侵入的苦痛の想起。所謂いわゆる、【フラッシュバック】だ。心的外傷により、後になって記憶が突発的に非常に鮮明に思い出されたり、同様に夢に見たりする現象を指す。」


 肌寒い風が天乃を包み込む。


 「お前の場合、自殺を目撃した記憶が無意識に思い出され、現実に起こっているかの様な錯覚を脳が見せたんだ。しかも瞬きをする度に、より鮮明になりながら…。」


 ユラユラとした煙。

 黒い蚊の様な陰。

 鮮やかに蘇る記憶。

 その総てが偶発的に1致した時に…。


 「幽霊は産み堕とされた。」


 ポト…。火を点けた儘だった煙草の灰が大地に吸い込まれていくのだった。


 「そして、ASDのもう一つの症状が出る。お前の繊細な心は過度の覚醒状態となる。過度の覚醒とは睡眠障害、集中困難、怒りの爆発、混乱、過度の警戒心や驚愕反応を引き起こすんだ。そして、お前は普段は気にもとめなかった飛蚊症の症状に常時、幽霊の幻覚を重ねた…。」


 類い希なるケースだよ…。そう云うと、また煙草を携帯灰皿に押し込む。天乃はユルリと立ち上がり墓石を儚げな表情で見つめ…。だから、幽霊を見続けたんだ…。と諭し、時計の秒針が1周する程の時間、天乃はうつむいた。


 「幽霊を見続け、過度の覚醒により恐怖は増殖していく。許容を遥かに超えた恐怖で混乱状態に陥った。そんな状態のお前を知らずに…。あたしは…。」


 足下に水滴が、1滴落ちた。


 「幽霊が殺せるとしたらと…。言ってしまった…。」


 天乃は泣き崩れるのを堪えている。そして言葉を紡いだ。


 「混乱状態に陥り、理性を失いかけた、お前の脳は無意識に【普段通りに振る舞う】と云う最悪の選択を選んでしまった…。お前は誰よりも優しいから…。あたしに心が粉々に砕けた事を悟らせなかった。」

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