幽霊を解体する。 白紙と黒線
天乃は煙草の火を消し、携帯灰皿へ押し込む。スルリと立ち上がると深呼吸をしながら背伸びをした。何も書かれてはいない白い紙をリュックから取り出し…。何が見える?と、そう言いながら墓石の前に差し出した。
「そっちでも眼鏡は必要なのか?」
天乃は涙眼で微笑む。そして、何も存在しない空間に向かって語り始めた。
「先に謝っておくよ。少し、お前の事を調べさせてもらった。あの時、居酒屋で言っていたよな?瞬きする度に、其奴は近付いてきたって…。」
風が凪ぐ。
「お前は繊細で優しい奴だ。人を寄せ付けない様に空気の読めない振りをした、そんなあたしに親身になって色々と世話をしてくれたからな。」
フードから覗く瞳は…。
漆黒に輝いていた。
「そんな、お前だったからこそ…。幽霊に怯えたんだよ…。」
胸に込み上げる感情を抑える。
「白い紙に何が見える?」
そう云うと天乃は黒いペンを取り出し、
白い紙に線を引いた。
「こんな感じだろ?」
天乃は落書きした面を墓石に向ける。その白い紙には、小さな蚊の様な線が引かれていた。その蚊の様な線は白い紙の中心よりもやや右下に位置していた。
「眼科に通っていたんだろ?お前は強度の近視だった。そして…。飛蚊症を患っていた。お前は知っていたよな?飛蚊症とは眼の内部を満たす硝子体が混濁する事で起こる病気だ。」
数を示すかの様に人差し指を立てた。
「分類するのなら…。産まれながらの【生理的飛蚊症】。」
更に中指を立てる。
「老化、強度近視、打撲等による【後部硝子体剥離】。」
続けて親指を立てた。
「網膜裂孔・網膜剥離・硝子体出血等による【病的なモノ】。」
天乃は1呼吸し…。
「お前は【後部硝子体剥離】だった…。」
と続けた。それから今度は眼の前で、人差し指を天に向けて小刻みに動かした。
「症状は…。視界に糸屑や黒い影、蚊の様なモノが見え…。」
その指を上下左右に動かす。
「視点を変えるにつれ、其れが動き回る様に感じ…。」
天を眼を凝らしながら見つめ。
「明るい場所で白いモヤや空を見た時に、ハッキリと見える。」
其処までを言い終わると…。
また1呼吸した。
「あたしの左眼もそうなんだよ。言ったろ?左右で光の加減が違うって…。あたしのは、事故の後遺症だけどな。だから解るんだよ。瞬きをすると一瞬だけ、その線は視覚の中心に現れて見える時がある。」
天乃は…。
儚げな表情で…。
優しく墓石を見つめていた。




