星月 天乃
あの日以来、僕は家から出なくなった。大学に通うことすら出来なくなっていた。疲れている筈なのに、とても眠りたい筈なのに、瞳を閉じると目蓋の裏側のスクリーンに記憶が映し出される錯覚に陥るから、眠る事が怖くなった。
意識を失う様に眠っても、変わった夢を見る様になったから、夢の中すらも安寧は無かった…。あの女は相も変わらず視界に潜んでいるのだから、起きていようが寝ていようが変わりはない。
食糧として保存してあったインスタント食品は、もうすぐ底を尽きる。外に買い物に行かなければ餓死するのでは…。と思案していたタイミングで友人から強引に食事に誘われたのだ。
そうして向かった先の居酒屋の事。
「笠原。何、言っちゃってんの?お前、気でも触れたのか?」
そう言いながら星月天乃は、僕の頭を左右に揺さぶった。あの日…。自殺の瞬間を目撃した日に、逢う約束をしていた友人だ。大学の先輩だった人で、主席で卒業をし、今は大学院に通っている。
彼女を言葉で表現するのなら頭脳明晰、容姿端麗なのだが…。彼女を指し示す言葉は【善悪の区別すら解らない純粋な子供】なのだ。身長も。顔も。声も。心も。何もかもが【子供】。何よりも【空気が読めない】そして、 誰よりも【周りを気にしない。】
相談をしている僕が愚かなのだ。だが、友人の少ない僕としては貴重な相談相手は彼女しかいなかった。
天乃は僕を睨んでいる。そんな彼女の姿と云えば、精巧な球体人形の様な可愛らしい少女である。艶やかな黒髪は肩にかかるか、かからないかのラインで緩やかな形を描き、項から耳にかけて少しずつ長くなっていて、前髪は眉のラインで切り揃えている。その髪型がこの少女を一層と精巧な球体人形に見せていた。
「いや……真剣なんです。」
僕が真面目に答えると、彼女は不機嫌そうに僕を、また睨み、ふぅ。と溜め息を漏らして、面倒臭いなぁ。とブツブツ呟いている。
『矢っ張りね…。この人はただ面倒臭いだけなんだ。』
「で?何だっけ?」
呆れた顔して彼女は僕に問い掛けた。
「だから…。何度も言っているじゃないですか、【幽霊は存在するのか?】って。」
暫くの間、彼女はその大きな瞳を閉じた。唐突に瞳を開くと、また僕を睨む。
それから彼女は、お前は矢っ張り面倒臭い奴だ。と毒を吐いた。