名もなき怪物
夜空に浮かぶのは…。
死んだ女の貌。貌。貌。貌。其れは幾重にも重なり、此方を視ている。紛れもなく自殺した女。紛れもなく僕が殺した女。
涎と血液を撒き散らし、パクパクと唇が流動している。何かを訴える様な動きだった…。体温が数度下がった感覚に陥る。
『うわぁぁぁぁぁあぁ…。』
『厭だ。何で?何でだよ?』
『見たくない。』
『視たくないんだよ。』
『殺したはずだろ?』
『何で見えるんだよ?』
見たくない。視たくない。
『そうか…。眼があるから…。』
『見えてしまうんだ…。』
眼鏡を乱雑に地面に叩きつけ、左右の指を自らの眼球へ誘う。【 グチャ。 】
薄れゆく意識の中…。自ら潰した眼ではなく、脳が記憶している【あの女】の映像が浮かび上がる。魚の様な虚ろな眼。金魚の様にパクパクと動く唇。隆起した肉瘤。
僕を見てヘラヘラと嘲嗤う…。
あの女の【幽霊】を…。
視界が完全に無くなった。その時…。僕は…。漸く理解した気がした。見ない様に…。見なくてすむ様に…。そう思っていた筈なのに…。
ソレは間違いだったんだ…。
見惚れている自分が怖かったのだ…。
僕の心に存在する本性が怖かったのだ…。
あの肉瘤に…。
グロテスクな光景に…。
異様な迄に…。
エロティシズムを感じたからだ。
その証拠に…。僕の脳内で再生されているのは…。あの蘭鋳の様な肉瘤に塗れた…。青白く幸の薄そうな綺麗な女子高生の貌なのだから…。
嫌だ。厭だ。イヤだ。
見たくない。視たくない。観たくない。
こんな僕に巣食う【怪物】を…。