停止する世界
沈黙が訪れた。彼女は何事も無かったかの様に緩くなったビールを飲み干し、冷めた鳥の唐揚げを栗鼠の様に頬張っている。
食事を終えると満足そうな表情を浮かべ、結局は自分が決める事だ。と言った。
瞳を閉じる。視界は暗闇に包まれる。思考を巡らす。
【この世界が総て脳が魅せる幻だとしても誰も気付きはしないのだろう…。】
瞳を開けた。まだ、暗闇に包まれている感覚があった。眩暈に似た感覚だった。
『大丈夫。大丈夫。』と自分自身に言い聞かせる。心とは裏腹に不安が膨らみ、恐怖へと変貌した。
視線を、窓の外へ向ける。自殺した女は手の届きそうな位置に居た。其奴は小刻みに動きながら虚ろな眼で僕を見て、ニヤニヤと嗤い、ダラァっと血が混じった涎を垂らしている。
《パキン》と…。
頭の中で音が響いた気がした。
『何を信じれば良いんだ?』
聞き慣れた声が耳に届く。
「おい、笠原。思い詰めるな。お前は疲れているんだ。」
でも、その言葉で正しいのか?聴覚も脳が判断する筈だ。耳に届いた言葉と認識した言葉は同じなのか?自分自身の都合の良い様に解釈しているのではないか?彼女は、こう言ったのではないか?
【おい、笠原。思い込むんだ。お前は憑かれているんだ。】と…。
眩暈が心と肉体を蝕んだ。眼を閉じた時だけに広がる暗闇が、僕だけの世界を覆い隠し、時間は停止した。