幽霊に生贄を捧げる。⑤
「九年前。笠原慎二と云う人間の人生を変えてしまう出来事があった。」
天乃は言葉を並べ出した。
「唐突に何?何の話?そんな話、私には関係無いでしょ?」
いいから黙って聞いとけよ。
と天乃は云う。
「笠原は父親と兄の3人でドライブをしていたそうだ。夕方…。その車両は事故を起こした。運転操作のミスって事で処理はされてしまった…。まぁ。実際そうみたいなんだがな…。ハンドルを切った先には電信柱があったみたいでな。父親と兄は打ち所が悪くて亡くなった。後部座席に座っていた笠原慎二は奇跡的に無傷で助かったらしいんだよ…。其れで笠原は心に深い傷を負った…。」
「だから何なのよ…。」
「笠原慎二は一部始終を目撃していた様でな…。事故に遭った原因は車道に急に飛び出してきた親猫と仔猫を避けたからだそうだ…。親猫は仔猫を庇う様に死んでしまったみたいなんだがな…。仔猫は足を怪我しただけで助かったんだよ…。」
七瀬は少し眼を見開いた。
「笠原は助けを呼ぼうと懸命に頑張っていた。その時、とある女の子が視界に入ったのだが…。その女の子は車には目も向けずに仔猫を拾い、何処かへと去っていってしまったのだそうだ…。」
七瀬は頭を左右の手で抑え込み、違う…。違う…。と幾度と呟いている。
「その女の子は笠原よりも幼かったのだから、仕方無いと云えば仕方無い…。大の大人でさえ視て視ぬ振りをする事もあるからな。笠原も【そう思っていた】みたいだ。その後、笠原は近所の人に助けられたんだよ。」
違う…。私は…。悪く無い…。と幾度と無く七瀬は繰り返す。
「笠原は翌日には退院出来たらしくてな。其の日以降、仔猫を搜したそうなんだよ。【父親と兄】が命を掛けてまで護ったと思っていたんだろうな…。だから…。その仔猫を自分が責任をもって育てようとしたみたいなんだ。だから仔猫を拾っていった女の子を搜していた…。搜して搜してやっと見つける事が出来た…。だけど…。」
天乃は、また1步踏み出した。
「仔猫を助けた女の子は…。」
違う…。違う…。
「助けようとして拾ったのでは無く…。」
違う…。違う…。違う…。
「衰弱していく様を観察する為に拾った事を…。笠原は知ってしまったんだよ。」
違う…。違う…。違う…。違う…。
「だって…。お前…。その時の仔猫の様子を動画で撮影してたんだろ?愉しそうな笑顔で…。【早く死なないかな。】と言ってたよな?」
違う…。違う…。違う…。違う…。
私は何も悪く無い。其れは其奴の嘘…。
其奴が嘘を吐いているだけ…。
あっ…。云い忘れてた…。笠原はその時の…。お前の様子を動画で撮影していたんだよ。その動画画像の入ったファイルも現存しているからな。いい加減認めろ。と天乃は吐き捨てたのだった。