渡世の掟
権六の手下が弥二郎探しのために慌ただしく街道を駆け回っていた、頭巾の渡世人なんて世の中に弥二郎一人だけなので見つけ出すのは容易かった。
鹿沼から1里ほどいった茶屋にいると突き止めた権六の手下達は飛んで帰ると土間から大声で叫んだ
「親分!!!野郎みつけやしたぜ!」
奥の部屋からのそりと咥えキセルで現れた権六は「でかした!」の一言を言うとすぐさま子分に集合をかけた
慌ただしい権六達を訝しげにみてる客人の男がいた、権六の一家に草鞋を脱いだ旅人の「土岐の松五郎」である。
「権六のダンナ、いってぇなんの騒ぎだね」
「おお、松五郎さん!いやね、弥二郎とかいう旅ガラスが俺の商売の邪魔しようってんでとっちめてやろうとおもいましてね」
「弥二郎ってぇと・・・その野郎頭巾を被ってないかい?」
「ええ、よくご存知で・・・お知り合いで?」
「知り合いもなにもその野郎は頭巾の弥二郎といって俺の兄弟分を叩き切った野郎だぃ!一宿一飯の恩義もあるし手貸すぜ」
「そいつぁありがてぇ!わたりに船とはこのことでぇ、おめぇら!客人が手ぇ貸してくださるとおっしゃってるんだからはえぇとこ野郎しょっぴいてきな!」
ドスをひっさげたヤクザ達が大勢茶屋に向かって駆けていくと毛氈の上に腰掛けた頭巾を被った旅人がいた、頭巾の弥二郎に間違いない
権六一家の代貸が腰を落として手を差し出して形式上の仁義を切った。
「おひけぇなすって、頭巾の弥二郎さんとお見受けしましたがよろしゅうござんすか?」
「へぇ、左様でござんす」
「手前は権六一家の代貸を務める若いもんにござんす、ちょいと顔貸しておくんなさい・・・」
「へぇ、よござんす承知しました・・・オヤジ、茶代ここに置いとくぜ」
そういうと毛氈の上に100文置いて権六一家の後をついて弥二郎はまた鹿沼宿に戻っていった。
権六一家に到着すると鬼のような顔をした権六と松五郎が仁王立ちしていた
「おう、てめぇが頭巾の弥二郎かい」
「へぇ、そちらさんは権六親分さんとお見受けしましたがあっしになんの御用で?」
「おめぇ・・・さくらの身請け料払ったんだってな?」
そういって権六は弥二郎の頭巾の奥を覗き込んだ
「へぇ、左様でござんす」
「足らねぇんだよ」
「と、申しますと?」
「利子があと100両、それとこれまでの生活費だの合わせて100両、200両ばかし足らねぇ」
法外にも程がある、ここぞとばかりに足元をみてさくらを開放する気がない事を弥二郎は見抜いた
「親分さん、それはあんまりじゃござんせんか?あっしはこの通り証文も持ってるし女将さんの言う通り100両収めたのに親分さんにそう混ぜっ返されたら困りやすぜ」
瞬間湯沸かし器のように一気に顔がまっかになって怒筋をこめかみに立てて権六はまくし立てた
「言わせておけばてめぇ!おぅ!俺には俺の言い分ってもんがあるんだ!鹿沼を仕切ってるこの鹿沼の権六が足らねぇといえば足らねぇんでぇ!!!」
「それじゃあ足りない分をお納めすればさくらさんを自由にするとお約束してくれるんで?」
「へっへっへ・・・そいつぁ約束できねぇなぁ?」
怒ったと思ったらこんどはニヤニヤ笑っている権六には誠意のかけらもない、渡世人の風上にもおけないこの男を信用できるわけもない・・・弥二郎は悩んだ
すると今まで黙っていた松五郎が弥二郎に詰め寄った
「頭巾の弥二郎さんよぉ・・・おめぇさん、神戸の吉五郎って覚えてるかい?」
「いいえ、存じ上げません」
それを聞いた松五郎もまた顔を真赤にして怒り狂った、その手にはドスが握られていた
「存じ上げねぇだ!?この野郎ぬけぬけと・・・おぅ!!!てめぇが下総で叩き切ったのが神戸の吉五郎って俺の兄弟分なんでぃ!!!兄弟の仇・・・打たせてもらうぜ!」
ドスをつきたてようとした松五郎を権六が静止した、弥二郎はだまってそれを見ているしかなかった
「まあまあ松五郎さん・・・ここはあっしに任せてくんな、おぅ、弥二郎、てめぇ・・・単刀直入にいってあといくらもってるんだ?命が惜しかったら有り金全部置いていきな?100両ぽんとだせるおめぇのこった、まだ金はあらぁな」
どこまでもゲスなやつだった、だが弥二郎にはもう大した金は残ってい
「親分さん・・・なにか勘違いなさってるようですがあっしはこの通りもう金なんかいくらもござんせんぜ、胴巻きでも財布でも改めておくんなさい」
「よぅし・・・それじゃあ改めてやろうか・・・野郎ども!まずこのうっとおしい頭巾からはいじまえ!」
権六の手下の手が弥二郎の頭巾にかかろうとしたその瞬間、バシッ!バシッ!と弥二郎の長脇差の鞘が子分の手を打った
「ギャーーーーー!!!」
鉄環のついた鞘で手をひっぱたかれた子分は簡単に折れてしまった。激痛で子分は叫び折れた手をかばいながらもんどり打った
「親分さん・・・あっしは財布と胴巻きといったんですぜ?頭巾を改めさせるなんて言った覚えはねぇ!」
しゃがれてくぐもった声には怒気をはらんでいた、威勢の良い啖呵を切ることはできないが確かに弥二郎の怒りが現れていた
弥二郎の思わぬ反撃をうけたヤクザたちはドスを抜いて弥二郎を取り囲んだ
「この野郎・・・構わねぇからやっちまえ!!!」
権六の合図で弥二郎に斬り掛かった子分たち、多勢に無勢だが修羅場をくぐり抜けた弥二郎にはこのくらいではやられはしない
迫りくるドスをかいくぐり拳と鞘で応戦したがドスの先端が頭巾にかかり頭巾がハラリと落ちた・・・
「て、てめぇ・・・なんだその顔は!!!!」
思わずその場にいた皆が恐れおののいた、髪は抜け落ち鼻も口も耳も岩のようにゴツゴツとあちこちが隆起してとても人の顔のそれじゃなかった・・・化け物だ。
「恐れ入ったか、これが頭巾の弥二郎の正体よ・・・これ以上あっしに手向かいしないでおくんなさいよ、これ以上手向かいするてぇと・・・あっしもコイツを抜きやすぜ?」
そういって弥二郎は刀の鯉口を切り、六曜紋の入ったはばきがキラリと光り
弥二郎の異型の顔に面食らったヤクザ達はドスを握り直し弥二郎に再び向き直ると、松五郎がドスぬいて叫んだ
「おいみんな!構うことねぇ!この化物畳んじまえ!!!」
弥二郎の胸めがけてドスを突き立てた松五郎は弥二郎の脇を走り抜けてそのまま木戸を飛び出して地面に倒れた、倒れた松五郎の腹の辺りから大量血が流れ地面に染み込んでいった。
目にも止まらぬ速さで抜いた弥二郎の長脇差が松五郎の胴を切り裂いていたのだ
「いわねぇこっちゃねぇ・・・親分さん、さくらさんをどうでも自由にしてやれねぇというんならあっしにも考えがございます・・・ごめんなすって」
そういって道中合羽を翻してその場を後にした弥二郎をヤクザたちは黙って見過ごした、弥二郎がでていったあと皆腰が抜けてしまった。