頭巾の渡世人
その昔・・・東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の五街道に頭巾を被った渡世人が度々目撃された。
くたびれた道中合羽と三度笠、腰には切り詰めた黒蝋色塗鞘を鉄輪で固め、分厚い丸の鉄板鐔に革の柄糸が巻かれた柄の道中差しがあり、頭巾で顔を覆い目だけが不気味にぎらりと光っていたという。
その男、通称「頭巾の弥二郎」といい一本独鈷の旅ガラスで渡世人の間では名のしれた人物だそうな。
寡黙な男でめっぽう強い、ヤクザが10人20人束になってかかったところで相手にならないという、そんな弥二郎の腕を借りたい親分衆が弥二郎をほうっておく訳もなくなんとか身内にしようと画策するも
弥二郎は風のように現れて風のように去っていくのでまだ誰の身内にもならなず一本独鈷で旅を続けているというわけだ。
しかし、そんな弥二郎の素顔を見たものは殆どいない、ある者は美青年だといい、ある者は壮年の侍だといい、ある者は化け物だったという・・・・弥二郎がなぜ顔を頑なに隠しているのか誰もその理由を知らない、何処の誰とも知らない無宿人の旅ガラスの素性を探ろうという奇特な人もいないのだ。
謎の渡世人弥二郎の名が知れ渡ったのは上州大笹宿、吾妻川の喧嘩と言われている。
その日、メクラの娘が不良旗本の倅にぶつかったというそれだけの理由で無礼討ちにされそうなところに弥二郎が割って入り
「どうかその娘さんを切らねぇでおくんなせぇ・・・」
平身低頭、頭巾を地面に擦り付けて許しを請うたのに
「いいや許さん!邪魔立てすると貴様も斬る!」
とにべもなく断られそれでも弥二郎は再度懇願したが
「ヤクザ風情が人に物を頼むのに頭巾をとらずに懇願するとはなにごとか!」
そう返され訳あって頭巾をどうしても取れないと申し上げてもその旗本の倅は顔を真赤にして怒り狂った
「ならば貴様も叩き切ってくれる、表にでろ!」
頭を擦り付けて謝ってどう許しを請うても許されない、覚悟を決めた弥二郎は「よござんす」の一言でたった一人で吾妻川の辺まで歩き旗本の倅とその取り巻き、合計5人の侍をあっという間に叩き切ったという。
メクラの娘は無事に助かってよくよくお礼を言って帰っていったが大変なのは弥二郎である、渡世人が旗本の倅を切ったとなればただでは済まない、しかしこの事はお家の恥ということで内々に処理され渡世人に殺されたなどという不名誉な死に方をしたものはなかったことになったのだ。
元々不良だったとうこともあり家内でも疎まれていた存在だったらしく弥二郎には願ってもないことだったが、弥二郎はその事を知らず草笛を鳴らしながら翌日には上州から姿を消していたという・・・。
弥二郎が侠客と呼ばれ多くの渡世人から一目を置かれるようになったこの喧嘩、何故メクラの娘を関わり合いのない弥二郎が助けようとしたのかは定かではないが義侠心あふれるその行いは人々の心を熱くした。
頭巾の弥二郎という渡世人は素顔こそ知らぬがその心はとても侠気に溢れる渡世人の鏡として五街道中に広まったそうな。