下僕の夢
中世ヨーロッパ風の異世界で、早世した国王の後を継ぐ女王となる8歳の少女がいた。彼女の唯一の仲間は、気まぐれで傲慢な猫、ニコラである。ニコラは女王にだけ心を開き、他の者には距離を置く。
しかし、ニコラは普通の猫ではない。彼はケットシーであり、魔法を使いこなすことができる。だが、彼の協力は女王が直面する魔物の脅威に限られ、他の人間には決して手を貸さない。
女王の側近の一人、シルヴィアはニコラを溺愛しているが、彼女の執着はニコラにとってはうっとうしいものだった。しかしシルヴィアは二コラのことを最も大事にしている人間のうちの一人で、二コラの力を利用しようとする周囲の人々を牽制している。実際、王都に巨大なドラゴンが接近した際も見事に騎士や魔法使いを組織し、二コラの力に頼る様子はない。
平和な日常が続いていたが、再び魔物が襲来する。今度は魔物が暴走したスタンピードと呼ばれる現象だった。万を超える数の魔物が一斉に列をなしている。魔物たちは目につく生物をすべて食べつくすかのごとき勢いで、人々を恐怖に陥れる。シルヴィアは幼い女王の代わりとして対策にあたる。魔物が暴走しているのは魔力だまりができているためである。この魔力だまりによって次々と魔物が出現し、群れをなしているのだ。
魔力だまりは巨大な力を持つ魔物が原因とされている。というのもそういった魔物は存在だけで周囲の空間の魔力のバランスを崩すためである。
この偏った魔力のバランスをもとに戻せれば新しい魔物は生まれず、弱った魔物は消滅する。
一般に、大量の魔石に魔力を吸収させてしまえば、魔石から魔力がもれだすことはなくスタンピードは沈められる。
そのためシルヴィアはもともとスタンピードのために備えられていた物資を活用し、魔力だまりの解消と魔物の排除を目指すことにした。魔法使い軍が魔石を起動し、残りの者たちで魔物への攻撃を開始しようとした瞬間、兵たちの目の前にいた魔物がすべてふきとんだ。
どういうわけか気まぐれがいい方向に働き、王城の窓から顔をだしたニコラが一撃で魔物を打ち砕いたのだ。兵たちは二コラの強大な力にあっけにとられつつ、これまで大変な努力で作戦を指揮したシルヴィアに同情する。シルヴィアが緊急事態に二コラに頼ることがないように、何年も前から備えをしていたことを知っていたからだ。しかし当の彼女はニコラの力を見るだけで満足し、自分の仕事が全て徒労におわったことなど気にも留めなかった。
ニコラはすぐに興味を失い、女王のベッドに戻る。二コラは今しがた倒した魔物たちの残滓を吸収することで忙しいのだ。しばらくして、廊下から騒々しい足音が近づいてくる。二コラはすぐに感づき、すぐそばで静かに本を読んでいた女王の腕の中にもぐりこんだ。どどどとうるさい足音は部屋の前でぴたっと止まり、それからドアがノックされた。
騎士の恰好をしたシルヴィアは興奮さめやらぬ様子で、恭しく女王に挨拶を述べた後に、二コラへと深く頭を下げた。
大きな声ではきはきと感謝を述べるさまは美しく、凛々しく、若いながらも国を支える力強さと覚悟を感じさせた。
その頭を二コラがパンチした。
シュッと伸びた柔らかなふわふわの右前足はシルヴィアの頭に一切のダメージも与えることなくひっこめられる。
今まで二コラに触れることすら叶わなかったシルヴィアにとって、まるで天からの贈り物かと思うようだった。シルヴィアは彼の下僕としてこれ以上の幸福はないと語り、涙を流した。そんなシルヴィアを尻目に、ニコラは女王の腕の中で静かに眠りについた。