第一話 聖女召喚の儀式
ドラコニア王国。
ここは竜に守られた平和な国だった。そう、だったのだ。
ある日その竜が死に、制御を失った魔力は王国全土に広がり過剰な魔力は毒でしかなく土地が死んでいっていた。
野菜なども育たずどんどん民が死んでいった。それを憂いた王は聖女を呼び出し国を救ってほしいと契約を交わし、聖女は今の都市を完全に浄化し王もそれを命を懸けて支え、そうして国を守ったという。
だが残念ながら、聖女の力といえども全ての土地を浄化することはできず魔力を封印することしかできず力尽きてしまった。王は命を懸けた行為に感謝し、封印を定期的に張り直しいつか自分達のみで完全に国を浄化するすべを見つけようとこれからは自分たちの世界は自分たちで守らねばと誓ったのだった。
この国はそういうおとぎ話があり、今では悪い子には竜がやってくると最初の信仰はどこへやらといったものとなった。
ちなみにこれはおとぎ話ではなく事実であるがもうこれは王族に近い者で一部の者しか知らない事実で世間で知られているのは歪曲もされたおとぎ話なのだが、あのバカ王子はバカのくせに事実の方を覚えていたらしい。
「何をしているんですか、王子!」
「あぁ、ユカリか。君も見ると良い。この私が行う歴史的な瞬間を!」
若い神官が多く神殿にひしめきあっている。
俺がここに来たのは神官長が神殿に王子が訪れ、若い神官と共に占拠しだしたので婚約者である俺に何とかしてほしいと言ってきたからだ。
前から、神殿に入り浸っていて昔の文献をあさったりしていたのでまさかとは思っていたがこんな愚行を起こすなんてと頭痛をしたものだ。
聖女召喚の儀式。おとぎ話で王が行っていた儀式だ。
多くの神官の魔力と何日も神官たちで清めた王家の者の血を使うことで別の世界からその血と相性の合う聖女を召喚する者である。
ずっと世界を完全に救うためだ、このままでは焼け石に水だとご立派な事を喚いていたが、本音は男となんて結婚したくない、だろう。あいつは根っからの女好きだからな。
この世界は魔力があり、それにも相性がある。その相性による結婚が推奨されているのだ。
特に王族はその結婚が絶対で、相性の良い二人から生まれる子も優秀になることが多いからだ。まぁ、そんな二人から生まれた優秀であろう王子は魔力は優秀になってもお頭までは優秀にならないんだなぁ。
ちなみにあのおとぎ話には続きがあって王は聖女と結婚したらしく、魔力の相性の良い二人の結婚が絶対の王族からして呼び出される女は相性が良いから別に世界が救われなくても女と結婚できるなら良いと思っているのだろう。
まぁそんな完全だと思っている王子にも一つ穴があることに気が付いていないのだが…。
あきれて呆然としているとその間にもう儀式も終盤にかかっていた。やばい、頭を空っぽにしている暇なんてない!
「おいっ!それをやめさせろ!!」
「もう遅い!これは世界の為なのだ!誰も止める権利などありはしない!」
儀式を止めようと一歩前を出るが神官たちに取り押さえられ動けない。
それを良いことに高笑いしながら分かりやすく調子づいているのには軽く殺意がわいたが、そんなことは関係なく儀式は無事に終わりを告げた。
「よし、まずはその可愛らしい顔を見せておくれ…。大丈夫、必ず私が守るから。」
嘘つけ!お前はそれだけが目当てだろう。
俺も聖女の正体によっては王子に都合の良い展開になってしまうとこちらまで違う意味でドキドキしてしまった。
突然の事でどうしてよいか分からなかったのだろう。そのせいで俯いていた顔は王子に優しく声をかけたことでやっと顔をあげた。
「は?」
顔を見たことで王子は素っ頓狂な声を出す。
それもそうだろう。召喚された聖女は 男 だったのだから。
これが王子の計画にあった穴である。聖女というのは女であるとは限らないのだ。
おとぎ話の聖女が女だったからそう呼ばれていただけで魔力の相性が最重要だからだ。浄化する力はこちらに来る際に付与される能力であるから関係ない。
男なだけでもショックなのに、しかも外見が王子好みではないからさらにショックを受けたようで口をパクパクと金魚のように開けていた。
ボサボサであまり手入れされていないような黒髪に三白眼でちょっと目つきの悪い黒目。不健康そうな細い体で聖女としても頼りなさそうに見え、協力していた神官たちも勝手に残念といった顔をしていた。
王子はその外見でもうやる気をなくしたのだろう。優し気に見せていた顔は一気に興味なさげな無表情となり、周りの神官に腐っても聖女だ、それなりの対応でもてなしこれからのことを指示せよと命令だけくだして去っていった。
言われた神官も若く、他に指示を出すなどしたことがないのだろう。動揺して何をしたらいいのかあわあわと辺りを見回していた。
「ねぇ、そこの君。この方、僕が預かってもいいかな?」
「へ?」
王子と同じよう、素っ頓狂な声で情けない顔をする神官は預けたらいいものを無駄に真面目らしかった。
「い、いけません!私は王子から聖女様のおもてなしをと言われました。それに聖女様は神殿預かりが筋ではありませんか?ま、まぁ本当に聖女か分かりませんが…。」
最後、ぼそりと小声でつぶやく。
そういうのも魔力の相性の良い二人は少なからず好意を持つからだ。そのはずなのに一切興味を持たなかったからだろう。
それに最初の聖女様は美しく聡明な女性だったらしいからはなれている外見に信じていいのか二の足を踏んでいる神官だったが俺の次の言葉で大慌てだ。
「ふぅん…でもさぁ、この儀式って王に内緒で執り行われたものだよね。でも、こうして聖女を本当に召喚してしまったのだから王への報告は必須だ。でも、信仰も薄れ権威が落ちた教会で責任がとりきれるのかな?自分たちで抱えるよりは僕に預けてしまった方が良いと思うけど…。」
「うぐっそ、それは……わ、分かりました。王子もいない今、婚約者である貴方様にこのお方を預けます。…聖女様をよろしくお願いいたします。」
言われなくても。
外面では渋っていたが、もう真実はどうであれもう厄介者となった聖女様を押し付けたかったのだろう。
こうして俺の預かりとなった聖女様だが、話が付いていけずポカンとしていた。
うん、その顔も可愛い。心の中で俺は思わずつぶやく。
可愛い、めっちゃ可愛い。さっきは第三者的な感想を外見にいったが正直めちゃくちゃ好みなのだ。
青白い透き通るような肌で骨ばった体はか弱そうでふわふわの柔らかそうな黒髪から見える目は大きいが黒目が小さく目つきが悪そうに見えるがそれがまた猫のように見えとても可愛かった。
これに興味なしと捨て置く王子が信じられない。
俺は目一杯、王子より優しく穏やかに微笑み聖女様に話しかける。
「置いてけぼりにしてしまって申し訳ありません、僕はユカリ。先ほどの男の婚約者です。あの者のことは気にしないでください。」
「は、はひ!ってこ、婚約者さん?あの、その…。」
「男同士なのに?」
「え、ええっと…。」
同性同士の婚約ということに驚いているのだろう。もしかしたら、そういうのが無い世界から来たのかもしれない。
これは説明なども一から説明するべきだろう。
「色々言いたいことや聞きたいこともあるでしょう。ですが、とりあえず今は休みましょう。」
聖女様に手を差し伸べる。
色々困惑しているだろうに俺の目をジッと見て覚悟したように差し伸べた手をとってくれたのだった。